4 冗談じゃない
「流、いったいどういうつもりであんな行動に出たんだ? あれは危険だ、今後は控えて欲しい」
歩道を歩き始めてしばらく、コネクターが訊ねてきた。次いで、警官と同じく警鐘を鳴らす。
流は、せせら笑った。
「何が危険だ? お前ら俺に手出しできないんだろ? お前がそう言っていたし、その通りになったじゃないか」
「もちろん我々は人間の行動を制限するつもりなど一切ないが、」
「じゃあ黙ってろよ」
流は、強気な姿勢を崩さなかった。
もはや怒りは峠を越えて、邪悪な笑いが込み上げるばかり。コネクターがほんの少し言い淀むことにさえ、快感を覚えるほどだ。
しかし、まだだ。こんな程度では意味がない。
受け身になって状況に流されるのはもうたくさんだ。
「自暴自棄になったところで状況打開は望めないぞ? 我々はお前に危害を加えることはできない。その点に関して疑問を抱いていたはずだ。下手を打てば殺されるかも知れないと、そこまで頭にあったはずなのに」
「ああ、そうかもな」
「殺されても構わない、ということか?」
「……それじゃあ聞くがな。このまま生きてて何になる?」
コネクターの言う通りだった。こんな状況に放り出されて自暴自棄になっているのだろう。
曖昧な憶測を頼りに過激な行動を取っていれば、いずれ本当に処分されてしまうかも知れない。
けれど、死ぬ理由もなしに死ぬことはできない。日々を生きる理由に等しく、心は意味もなく死ぬことを認めてくれない。
何もせずにはいられなかった。
現状の流は放し飼い状態だ。首輪をつけられ、小屋を用意され、好きにしても良いと、ごく限られたスペースを与えられたペット同然。
眠らせて欲しい、そうすれば万事解決なんだ、とどれだけ吠え立てようと、飼い主側はまるで耳を貸さない。
平和的な対話を持ちかけるようでありながら、勝手に身の振り方を決めつけられてしまう。
決定権を奪われている。
何よりそれが我慢ならない。
「たった一人きりだ……。俺だけ取り残されて、何もかも取り上げられて、お前らの調査とやらが始まるのを大人しく待ってろって?」
ふざけている。だからこそ必死で足掻く。
いつまで正気を保っていられるか分からない状況で、希望に縋ることを止めてしまえば、それこそ生きる意味など消滅してしまう。
「けど死ぬつもりはないはずだ。今までのように眠りに就きたいんだろう? これまでのような日常に戻りたいんだ」
「戻りたいさ、戻りたかったよ……。けど、あんなふざけた話聞かされて、はいそうですかで眠れるわけねえだろ?」
「その件に関しては問題ないと思う」
「何だよ、記憶をいじって消してくれるってのか?」
「ああ。おそらくそういう措置が取られるはずだ。ひと通りの調査が終わり、異常がないと判断されれば、生身で起きていた時の記憶はむしろ異物だ。消却されるだろう」
「……冗談じゃねえ」
苦り切った笑いが口元を歪める。
コネクターは馬鹿正直にも、流が一番恐れる未来を保証してくれたのだ。その上で平然とのたまう。
「流、あまり無茶をするべきじゃない。大人しく待っていて欲しい。先程の一件で明らかになったはずだ。お前に危害を加えるつもりはないと。調査が終われば、いずれ……」
「いずれっていつだ? 調べられた後はどうなる? もう一度冬眠させてもらえるって保障はあるのか? 何もかもリセットされて、また同じ人生を同じように歩むだけの映像をリピート再生され続けるのか? ふざけんなって言ってんだろ!」
冗談じゃなかった。
仮にすべての処理がスムーズに行われ、明日の夕刻に再び眠りに就けるようになったとしても、それをおいそれと受け入れるわけにはいかなくなった。
流は知ってしまった。『都市』における歪な計画の全容を。
生まれてからこれまで疑うことのなかった不老不死は、嘘偽りと大差ないという事実を。
すべての記憶を上書きされ、明くる朝を迎える頃には何も覚えていないのだとしても、とても辛抱ならない。そんな悪夢を許容できるような心の余裕は、ない。
「けれど、流、」
「いい加減にしろ。俺に口出しできる立場か、お前?」
「それに関しては本当に、」
「ああいい、蒸し返すな。鬱陶しいだけだ」
勝手に熱くなる心に冷や水をぶち撒け、冷静になれと言い聞かせる。これ以上、コネクターの言い訳に付き合ってやるつもりはない。
流が考えるべきは、次にどうするかだ。
どうやって、主導権を奪い取るか。
学校は最初から頭になかった。昨日の様子からして得られるものがあるとは思えない。
では、どこに行けばいい? どこに行けば、流の主張を聞き届けてもらえる?
「この町で一番重要なところっていうと議事堂か。いや、行ったところでアンドロイドがうろついているだけか。ってことは……」
要は信用の問題だ。欲しているのは、心安らぐ信頼。これならば安心できる、任せても問題ないと、安心できる方法を提示してもらうこと。
そのために流が示すべきは、絶対的な優位。揺らぐことのない命令権。
即ち、脅迫材料を手に入れること。
「答えろ、コネクター。お前らにとって最も重要な施設はこの『都市』のどこにある?」
「最も重要……それだと基準が曖昧だ。強いて言うのなら、生産工場だと思うが」
「アンドロイドが作られている工場か。一番でかいところはどこだ?」
「ない」
「は?」
「生産工場はすべて同一規格の部品を用いて、同型のアンドロイドを生産している。工場の規模はすべて等しく、明確な優劣は存在しない」
予想外の返しに、流は素直に困惑する。
「本当に何一つ違いはないのか……? 例えばこう、お前らの核の部分を作っている施設が一つだけあるとか。工場内で行う作業ってのは作るパーツや工程によって変わってくるだろう?」
対して、コネクターはわずかな間黙り込み、
「再度言うが。生産工場はすべて同一規格だ。『都市』内に点在する二十か所の生産工場では、まったく同じアンドロイドをまったく同じ手順で、生産している」
「……」
今度は流が考え込む番だった。
ややあって、代案を出す。
「なら一番近いところだ」
「大通りの移動ボックスを乗り換えていけば五分で到着できる。が、一体何をするつもりなんだ?」
「言う必要があるのか、それ」
「さっきのような危険行為に出るのなら、俺が止めなければならないだろう。暴徒鎮圧のための大型機を出動させて拘束するくらいできるんだぞ?」
それは明らかな脅しの言葉だった。秩序を守る側から秩序を侵そうとする者への牽制。
やはり流は鼻で笑い飛ばした。
「それは俺を起こしたお前にも適用されないのか?」
一分間の空白が生まれる。
「俺の処遇について再度協議を行った。現時点で最優先事項は、『鈴白流』の調査であると結論が出された」
コネクターからの返答を聞き、流の頭の中で一つの疑惑が確信へと変わる。
「やっぱりお前ら、ただの機械だな」
☆ ☆ ☆