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コネクター  作者: ユエ
3章 生殺与奪
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3 警官

 


 大通りの交差点を正面から見据える位置に交番があり、警官が一体立っていた。

 制服を模した青のカラーリングパーツを身に着け、制帽を被っている。暇なのか、大きく伸びをしながら大口を開けている。


 彼はあれでも市民の安全を見守っているつもりなのだろうが、仕事になっているかは定かではない。

 声を掛けるのに遠慮はいらなかった。



「おいあんた」


「んあ?」


「自首する。俺を捕まえてくれ。罪状は何でもいい。そんでもう二度と罪を重ねないよう、眠りに就かせてくれ。人工冬眠装置で」


「……はあ?」



 警官が間の抜けた声を上げた。

 同じニュアンスを含んだ音声が、携帯端末から聞こえてきた。



「流、それは少し無謀が過ぎるんじゃないだろうか」


「黙ってろ。お前らが何もしてくれないんならこちらから命令して従わせてやる、くそ機械どもめ」



 流は嫌悪を隠さず、小声でコネクターを叱咤する。


 ワンテンポ挟んで我に返った警官は、憚ることなく吹きだした。



「はっはっは。何だそれは。学生の間で変わった遊びが流行っているのか?」



 流が憮然としたまま無言を返すと、警官は罰が悪そうに制帽を被り直し、スマイルを作った。



「君、悪いことは言わんから本官以外にはやらない方がいいぞ、それ。ジョークが伝わらない奴は本当に君のことを逮捕して―――」



 最後まで聞くことなく、流は警官の横っ面に拳を叩き込んだ。

 ゴッ、という鈍い音が響く。



「固いな、くそ」



 流は軽く手を振りながら悪態をつく。気色悪い感触を突き抜け、人工皮膚の下の薄い鉄板に当たったらしい。



「……あー、んんっ」



 突然の衝撃によろめいた警官は、ゆっくりと姿勢を戻すと自らを鎮めるように咳払いを打つ。



「君、暴力はダメだ」



 眉尻を吊り上げ、言い聞かせるように言った。


 流は素直に頷きを返す。



「そうだな、やっちゃいけないことだ。で?」


「……学校に行かないのなら時間はあるだろ? 話をしよう。何か悩みがあるのなら聞こうじゃないか」



 こちらを牽制するように伸びてきた右手が、流の肩にポンと置かれる。



「結構だ!」


「うわっ! 何をする、やめろ!」



 流はその手を掴むと、ぐっと体重をかけて引っ張り落とした。


 バキン、という破砕音。

 警官の右腕があっさりと引き千切れ、警官は地面に倒れ伏した。



「はっ、なんだよ脆いな」



 流は千切った腕の手首辺りを探り、仕掛けを作動させる。手首から先が引っ込み、テーザーガンの銃身が飛び出した。


 流の狙いは最初から武器(これ)だ。

『都市』内において武器の携帯を義務付けられているのは、警官職のアンドロイドだけ。これさえ手に入れば、何でもできる。


 流は「よし……」と小さく喝采すると、右腕を脇に抱え警官へ向けた。

 片腕を無くし、バランスが取れないらしい。警官は何度か立ち上がろうとしては失敗して無様に転び、死にかけたゴキブリのように地面をのた打ち回る。



「動くな」


「……」



 言った瞬間、警官の動きが完全に停止する。

 それに気を良くした流は、にやりと口角を吊り上げる。



「よおし、そのまま動くなよ……。いいか、お前。今から俺の言う通りに―――」



 脅迫は最後まで続けられなかった。不意に警官が立ち上がったのだ。

 ひとつもバランスを崩すことなく、まるで最初から片腕で生まれてきたかのような器用さで。


 淡々とした声が訴える。



「鈴白流。このようなことはやめて欲しい」


「……何だよ、急に。様子が変わったな」



 聞きながら、しかしすぐに察しがついた。中身の人格が入れ替わったのだ。



「まずはそれを私に返してもらいたい。それはあなたでは扱えない」



 警官が一歩近づく。


 流は鋭く牽制を叫んだ。



「動くなよ! こっちの話が先だ、ぶっ壊されてえのか?」


「分かった。要求を聞かせて欲しい」



 流は油断なくテーザーガンの銃口を向けたまま、要求を口にする。



「決まってんだろ、俺を人工冬眠装置で眠らせてくれ」


「それはできない」



 淡々として、付け入る隙のない返答を突き付けられる。



「……なあ、頼むよ」



 流は怪しく口元を歪めた。張り付けたはずの鉄面皮があっさりと崩れ始める。



「悪いのは俺じゃないんだ。俺のコネクターが勝手にやったことなんだ。あ、あいつも悪いことをしたって反省していて。だから!」


「できない」


「……ああっ、くそ、くそぉ! 撃つぞ! 俺は撃つ! いいのか、お前だって壊れたくないんだろ?」


「あなたには撃てない」



 淡々と繰り返される否定を、流は挑発と受け取った。



「舐めんなよ、鉄くずの分際で!」



 怒りに任せ、テーザーガンの引き金を引いた。

 しかし、何も起こらない。留め具が邪魔をして電極が射出されない。



「な……っ、ロックがかかっているのか!」



 流は間髪入れずに携帯端末をテーザーガンに押し付ける。が、それでも何の反応もない。



「学生であるあなたの身分証では警察官が持つ武装の類を扱うことはできない」



 警官が説明したのは、『都市』の住人各々の身分における等級制度のことだ。


 職業、年齢、性別、収入、組織における立ち位置。

 個々人の持つ技量や経歴に沿って、扱える機器類、立ち入ることのできる場所、利用できる店舗まで細かく振り分けられ、段階的に厳しく管理されている。


 学生である流に警官の所持するテーザーガンは扱えないが、例えば通学路に設置された自動販売機から無料で缶コーヒーを手に入れることは可能だ。

 他にも、学生に必要な文具や教科書の類に費用はかからない。

 学生という身分でなくなれば自動的にこれらの特権を失い、職業や家庭の経済状況に応じた新しい特権を取得できるようになる仕組みだ。


『都市』は、生身の身体を眠らせる場所。人間が築き上げた社会とは隔絶された作りであるとはいえ、そこに人が住まう以上決まりごとは必要不可欠。

 人間が人間らしく暮らしていくための法整備は、流が眠りに就く前に既に制定されていた。



「ああ、忘れてたよそんなこと。寝ている間に脳内弄繰り回されていたんでね」


「我々はあなたたち人間にそのようなことはしない」


「ああ、そうかい」



 いじけたように舌を打てば、警官はすぐさま反論する。


 流は肩を竦めて見せ、役に立たない右腕を投げ捨てた。

 近場の清掃ロボットがそれを拾い上げ、背中の収納ボックスへ回収した。嬉々として次の獲物を探しに行くロボットを見送って、流は何も言わないままの警官を見やった。



「で。どうなんだ。銃を奪って、お前を壊して殺そうとした。これは罪になるはずだろ?」


「人間が人間を殺そうとした場合、あなたは罪に問われる。が、私はアンドロイドであり、いくらでも替えは利く。対してあなたは生身の人間であり、対等な立場において起こった出来事とは判断されない」



 この『都市』において、人が人を縛るための法律は形骸化され意味を為さない、と警官は続けた。

 同時に、コネクターを縛り付ける法律は存在しない、と。


 

「何故ならば、我々は間違いを犯すことがないからだ」


「……」



 流は、怒りで頬が引き攣るのを感じた。いや、笑い飛ばしてやりたいのかも知れない。



「間違いを侵さないだって? ふざけた冗談だ」



 その嘲りを確かに聞いたであろうコネクターは、終始無言だった。



「君を不当に拘束することはない。が、こういった行為が今後も継続されるのならば、対策を取らざるを得ない」


「……ああ、分かったよ。くそったれめ」



 脅しを含んだ警告に、流は不承不承ながらも了解を返した。

 


 

 

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