1 一方通行のタイムトラベル
ここから1章開幕です。続きが気になるようでしたら、ブクマ評価などしてもらえると、嬉しいです。
それでは、お楽しみください。
二十二世紀を終える頃、すべての人類は眠りについた。
死んだという意味ではない。高度に発展させた科学文明の英知を結集させ、その生命活動の時間を固定したのだ。
人工冬眠。
液体窒素によって人体冷凍保存。睡眠による仮死状態を保ち、時間経過による老化を防ぐ技術。肉体の状態を保ったまま未来へ向かう一方通行のタイムトラベル。
人類はこの技術を突き詰めた先で、不老不死という夢を、実現可能な計画として世の中に知らしめた。
計画の概要は、至ってシンプル。 本来の肉体を仮死状態のまま保存して、機械の身体に眠った本人の意識を移し替えるというものだった。
科学が進歩するにつれて人間は、自然のままの肉体を金属の部品と取り換える機会が多くなっていった。運動機能的に劣り、病気や事故が絶えずついて回る肉の身体は、もはや永遠の生命への足かせにしかならなかったのだ。
人工の四肢を操り、電子の五感によって朽ちることのない永遠を約束される。
これまでも死を宣告された何百万もの人間が、人工の手足を取り付け、機械の臓器を体内に埋め込んだお陰で、幸福な生活を享受してきた。
こうなれば、行きつく先は一つしかない。人間が完全な機械の身体を求めるのは、当然の帰結と言えた。
精神意識と機械の肉体の間に存在した相容れない対立に解決のメスが入れられた日を皮切りに、人類が培ってきた科学技術は皆一様に同じ方向を目指した。
打ち出されたのは、現存するすべての人間を眠りにつかせるという大規模な計画。
国の内外問わず、気候的地学的に不安が少なく、安住の地となり得る場所を算出し、そこに高度にシステム化された『都市』を築き上げ、冬眠のための居住地とした。
無論、すべての人間がこの計画に夢を託し、永遠の命を願ったわけではない。夢の都市への住居を拒んだ者は、少数だが確かに存在した。
そのような例外を出すのは極めて危険なことだった。野放しにした彼らがそのまま、『都市』への脅威へと成り変わってしまう。
冬眠状態に入った人間は、あまりにも無防備だ。それまでの貯蓄や家財の一切を必要としなくなったとしても、生命そのものが悪戯に脅かされては計画そのものが破綻してしまう。
『都市』はそのために築かれた、いわば巨大な規模の寝室だ。
円を描く堅牢な壁が外界の一切を遮断し、全天候型のドームが天を覆う。加圧送風ファンによって温度と湿度が一定に保たれ、人工灯が降り注ぐ、外界から完全に隔離された空間。
『都市』は人類が眠りに就くためだけの場所として建設され、都市運用機能のすべては人工知能を持つ自律型アンドロイドに一任された。
このアンドロイドが担う主な役割は、冬眠に入った人間の健康状態のチェックと冷却素材の補充、機器の点検。加えてインフラ等の都市機能の維持。
その程度で事足りると結論付けられた。
機械の頭で足りないところは人間の知識で補えば良い。冬眠に入った人間はいなくなるのでも消えてしまうのでもなく、ただ肉体を取り換えるだけなのだから。
人類のための寝室である『都市』は、そのままその後の生活の場となる。計画のすべてが滞りなく進んでいることを幾度も確認した上で、まずは最初の千人が眠りに就いた。
最初の実験体の中に、鈴白流もいた。