1 病院
ここから3章開幕です。
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それでは、お楽しみください。
目を覚ました時、流はベッドの上だった。
「……あれ。何で……」
寝ぼけた視界に映る真っ白な天井。掛けられていた清潔なシーツを捲って、身体を起こす。
見覚えのないこじんまりとした個室だ。
右には大きな窓。
左にはテレビと机。
それから背の低い収納ボックス。中身は新品の患者服が一着のみ。
部屋の調度品はどれも新品同然に白く輝き、磨かれた床には埃ひとつ落ちていない。
ベッドの下に揃えられていたスニーカーを見つけ、それを履く。
「どこだここは……」
ベッドから立ち上がる頃には、自然と目は冴えていた。
唯一の出入り口である扉を警戒しつつ、周囲の様子を検めたところで声がした。
「起きたか。おはよう」
「……ち、お前か」
聞き覚えのあるその声に、流は顔をしかめて舌打ちをひとつ返す。
右手の携帯端末を見ると、コネクターからの通信。昨日からずっと通話状態のままなのだろう。
「……っ」
屋上での会話を思い起こし、思わず眉間に皺が寄る。
ずきずきと頭の奥が痛み、少々立ちくらみもするが、所詮は精神的なものに過ぎない。深呼吸をしてやり過ごす。
新鮮な空気が送られ、肺が膨らむリアルな感覚に、やはり何もかも悪い夢ではないのだと再確認させられる。
流は、たった一人永い眠りから目覚めてしまった。
否、起こされたのだ。流の意識を模倣したコネクターの手によって。
ふつふつと沸き上がる苛立ちを押え、流はひとまず現状に意識を傾ける。
「ここはどこだ?」
「病院だ」
「病院、だと?」
言われてみれば確かに。ほのかに漂う薬の匂いと白で統一された清潔感は、病院の個室そのものだ。
「……!」
流は一瞬息を呑み、次には大股で扉へ迫った。周りを警戒する余裕も見せず、ずかずかと足音を響かせ、足早に廊下を進む。
「血相変えてどうした?」
「冗談じゃない、こんなところに居たら何されるか……っ」
よりにもよって病院だ。生身の身体を切り開き、隅々まで調べ尽くすための道具が、何から何まで揃っている。
焦る流に、コネクターはやや呆れたように言う。
「そんな扱いされるわけないだろ。我々にとって人間は創造主なんだぞ?」
「その神様に何をしてくれたんだよ、お前は」
突き当りを右へ。道は分からないが、ひとまず階段を下りる。
ちょうど踊り場に設置された案内図を見つけ、素早く現在地と出入り口を確認する。
「何で俺はあそこにいた? お前は全部見ていたんだろ、教えろよ」
流は昨日、高校の屋上にいたはずだ。
いくらショックで呆然としていたとしても、高校から病院まで移動して、適当な病室をホテル代わりにしていたとは考えられない。
一体何があったのか。
携帯端末がずっと通話状態になっていたのなら、コネクターは一部始終を目撃しているはずだ。
「途方に暮れて膝を抱えたお前は、じっと動かずにいる間に眠ってしまった。その後救急の運搬ロボットがタンカーでここまで運んで、ベッドに寝かせた」
「そんなの全然気が付かなかったぞ? どうして俺を起こさなかったんだ?」
「起こす理由がなかった。外で膝を抱えていたら風邪を引くかも知れない。『都市』の気温は一定に保たれているものの、生身の身体は野宿に適していない。流、もう少し慎重に行動した方がいいと思うぞ」
「……うるせえよ」
心底鬱陶しく思った。
ありがたい忠告など踏みつける勢いで、流は人気のない廊下を進む。
その時、
「―――っ!」
すぐ隣、扉の向こうから聞こえてきた声にビクつき、足を止めた。
人の気配はない。代わりにアンドロイドが我が物顔で闊歩している音がする。
一度意識してしまえばもはや無視できないほど耳障りな生活音が、あちこちから溢れ出してくる。
確かにそこにいる。流の敵が、数えきれない程に。
「くそ……っ」
腹の底からせり上がる恐怖は、流の身体に巻きついて、どこか深い場所へ引きずり込もうとするようだ。
震える膝を叩いて幻想を打ち砕き、流は足を動かし続けた。
覚えがなくとも分かる。眠りに落ちる時、願っていたはずだ。目が覚めたら、この悪い夢が終わっていることを。
しかし、現実は脆弱な生身の肉体でたった一人きり、アンドロイドから逃げ隠れしている。
周りを取り囲んでくる理不尽な不穏に対して、悔しさと、激しい怒りを抱いた。