10 好奇心は猫をも殺す
生れてからずっと言われ続けてきた。これはすごいことなんだ、と。
有史以来、人類が夢見てきた偉業に携わることができる。
この身でそれを体験できる。
死を迎えることなく、永遠に生き続けることができる。
計り知れないほど、栄誉なことだった。
実績など何もなくとも、実感が沸かずとも、自慢げに胸を張っていられるくらい、誇らしかった。
同志たちに囲まれて、この『都市』で生まれて、生きて、ついに念願のその日を迎えた、……はずだった。
「……」
今更何だ、ざけんなよ。
お前のせいだ、何とかしろ。
そう言って、コネクターを怒鳴りつけてやりたいのに、舌の根が凍りついたように言葉が出て来ない。
対して、喉は焼けつくような熱を帯び、後頭部の疼痛は収まる気配がない。
視界が滲み、音が遠ざかる中、淡々とした声はまだ何か話していた。
「お前が記憶の中で、大人になって年老いて、また高校生になってを繰り返しているのは、それだけの時間を同じように繰り返してきたからだ。『都市』の人類が眠りに就いてから、既に千年近い歳月が経った」
「千年……」
流は、眩暈に襲われた。
あまりの途方もなさに、もはや驚愕を返す気力さえ枯渇する。
「お前を起こしたかったから起こした、と話したな。お前なら理解してくれるだろう、とも言った。……なあ、分かるだろ?」
語尾に失笑が混じる。
コネクターに宿る模倣された流の人格は、いい加減うんざりしていた。
始まりと終わりが決められた輪の中で、永遠と走り続けなければならない、この現実に。
彼は思ったのだ、『ゆりかご』で眠る生身の自分を前にして。
もしも今、目を覚ましたら―――。
人間の意識を模倣し続けてきた人工知能は、考え、毎日のように問いを投げかけてきた。
こんな意味のないことを永遠と続けて、一体何の価値があるのだろうかと。
答えを聞きたかった。眠り続ける彼の口から聞いてみたかった。
鈴白流ならば、自分の基となった人格ならば、きっとこの気持ちを理解してくれるに違いない。
そう思ってしまった。
「模倣された人格に精神的限界なんてものがあるのか分からないが……。俺だけじゃないんだよ、流。今この『都市』は、誰もが目を覚ます危険性を孕んでいる」
「……」
流は、緩慢な動きで顔を上げ、町並みに目を移した。
建ち並んだ建物には、数えきれないほどの人間が眠っている。
彼らが一斉に目を覚ましてこの事実を知った時、何が起きるのか。想像に難くない、パニックだ。
引き起こされた大規模な人災が町を襲い、人を襲い、そしてこの『都市』は―――……。
「……コネクター。その危険性とやらを熟知した上で、お前は俺を起こしたのか?」
「そうだ。興味本位で、ほんの軽い気持ちで、軽率にも愚かにも、お前を目覚めさせてしまった。俺が、第一人者になってしまった」
引き金は引かれた。
賽は投げられた。
綻びが生じたダムは、遠からず決壊するだろう。
「もしかしたら、この後『都市』では同じことが多発するかも知れない。それこそ、箍が外れたように」
互いに言葉を無くし、静寂が満ちる。
「どうすんだよ、これ……」
絞り出すような、流の問いかけ。
「すまない、分からない」
答えるコネクターの声はやはり淡々としていて、それだけにより無力に響いた。
「どうしろっていうんだよ……」
絶望を呟く流の声は酷く小さく、揺れて、空々しく吹く風に攫われ、あっという間に消えていった。
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ここまでの読了、ありがとうございます。これにて2章完結です。
全体を通して背景の説明が多くなりましたが、謎めいていた部分はだいたい明かされました。
3章からは VSアンドロイドに向けて、流が動き始めます。引き続き、楽しんでいただけると嬉しいです。