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コネクター  作者: ユエ
2章 異常な日常
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9 『コネクター計画』



「まやかしというより擬似的な永遠だ」とコネクターは言い直した。


本来の身体は仮死状態を維持して眠り続け、意識は朽ちることのない機械の身体で、当人の代わりとして、当人に成りすまして、日常を生きて、生きて、生き続ける。



「そして寿命という概念に従い、死を経験する」


「……機械が老化して死ぬっていうのか?」


「そう。人間の人格を模倣して日々を送るからこそ現れる、成長という名の()()だ」



時間の経過によってアンドロイドが朽ちることはなくとも、模倣した人格は別だ。常に時間の概念に縛られる。

 高校生活は三年で終わりを迎え、四年間の大学生活が始まり、就職、結婚、老後という過程を経る。


 その中で、生身の時と同じ生活を送るのであれば、その時々適切な年齢設定を意識せざるを得ない。

 機械の身体と生身の精神の間に生じた齟齬を、寿命という概念を用いて相殺させる必要があった。



「つまり、便宜上の“死”を設定する必要があった」



 模倣された流たちの意識は、時間の概念に従って、それぞれに設定された年齢まで生き、そして擬似的な死を体験する。

 死を迎えたコネクターは一度保管庫の中に収容され、再び状況が整うのを待つことになる。



「状況が整う?」


「流にのみ限定して言うなら、再スタート地点は必ず十七歳の春。朝自宅のリビングで目覚めるところでなければならない。そして、お前は都立高校の二年一組の教室へ向かう」



 その時、その場にいた者たち。

 両親、学校の教師、二年生の教室にいた生徒すべてが死を経験し、そして全員がスタート地点に揃うことで、()()()()()()は再び始まりを迎える。



「それじゃあ、コネクターの中の人格は、まったく変わらない日常を延々繰り返しているっていうのか? 何回も? 何十回も、同じことを?」


「すべてがまったく同じになるかと言えば、必ずしもそうじゃない。毎回記憶をリセットしてから始まるからな」 



 例えば、毎朝立ち寄る自動販売機で、缶コーヒーではなく緑茶を購入したことがあった。


 病気になりようがないにも関わらず、仮病を使って学校を休む日があった。


 卒業後大学に行かず、十八で働き始めたことがあり、就いた仕事が司書ではなかったことがあった。



「どれもこれも、少しは覚えがあるはずだ。俺が見たもの、聞いたもの、体験したことのすべて、日々の記憶は今お前の頭の中にも存在するんだからな」


「……ああ、覚えがある。何なんだこれは。どうして俺は大学に行ったり、仕事をしたり、結婚していたり……。その記憶が、どうして俺の中にあるんだ?」



 

 目が覚めてすぐ、混乱する中でも懸命にヒントを見つけようと自らの記憶を(さかのぼ)り、さらなる困惑に溺れた。

 

 意識の移し替えはできないと、コネクターは言った。にもかかわらず、流の頭の中にはコネクターが見聞きした膨大な量の記憶がある。


 昨日、高校で授業を受けていたこと。

 それより前の、何日にも何か月にも及ぶ日常の出来事も。

 そして、ずっと先の未来のことも。


 流にとってまるで身に覚えがない記憶。他人が書いた日記の一ページのような……。


 では、それを書いたのは? 流に代わり、流の人生を歩んでいたのは、一体誰か。



「コネクターが体験した記憶を、冬眠者(オペレーター)に移し替えている……のか?」



 まさか、と思った。冗談じゃないと全力で否定したかった。

 そんなことがあるはずがない。


 綱渡りをするかのように行われる慎重な問いかけを、しかしコネクターはあまりに素っ気なく「その通りだ」と肯定した。



「実際に行われていたのは、意識の移し替えではなく()()()()()()()だ」



 コネクターが経験した出来事を冬眠者の脳内に記憶として植えつけ、あたかもそれまでの日々を過ごしてきたかのように錯覚させる。


 それこそが、人工冬眠計画よってもたらされる永遠の正体。


 とてもじゃないが、納得できない。流は、当然のように反論を叫ぶ。



「そんなこと、いつどうやってやっているっていうんだ! 眠っている間にやってるとでも言いたいのか?」


「いいや、仮死状態にある脳に記憶を残すことはできない。コネクターが記録したデータは、一度『ゆりかご』に保存され、冬眠者の解凍蘇生を行う間に処理が実行される」



 それは、まるで夢を見ているようなものだ。

 実際に目で見て視覚情報を受け取るのではなく、脳の視覚野に直接電気信号を送り付けられる。


 曖昧で判然とせず、けれどどこかで見た覚えが、聞いた覚えがある、そんな日常の一コマ。

 そのすべてが偽物で、何一つ流のものではなかった。


 そうと知った時、うすら寒いものが背筋を貫いた。



「そうして、お前は夢の中で、あたかも現実を生きてきたかのような錯覚を抱くんだ」


「現実……? ……何が、現実だよ……」



 脳内を駆け巡る記憶が、どこか遠いものに思えた。

 実感が沸かないどころの話ではない、できてたかだか十数時間の思い出。

 おかしな笑いさえ込み上げてくる。

 

 これではまるで、操り人形だ。

 頭の中に植えつけられた真っ赤な偽物に好き勝手振り回されるだけの、哀れな玩具。



「飛び出してきたマンションは分かるか? あそこで一人暮らしを始めたのは、実は『鈴白流』にとって今回が初めてなんだ。人工知能による取捨選択はコピーした人格を基にして行われる。流、お前はどこかで一人暮らしに憧れていたんだ。そういう想いの欠片はすべて、お前の中にあったんだ」


「知らねえよそんなこと……」



 心底どうでも良かった。


 心は鉛にすり替わってしまったかのように、酷く鈍重なものに成り果てる。

 思考は麻痺して考えが及ばず、耳鳴りさえする。もはや苛立つ気力さえ失せていた。


 流はいつの間にか、膝を屈して跪いていた。

 気分が悪い、吐きそうだ。



「人工冬眠計画はその実、『コネクター計画』とも呼ばれている。人格を模倣し、日常をトレースして記憶というデータを集め、ゆくゆくは人間に代わって適切な取捨選択を行う人工知能を生み出すこと。それが本来の目的だ」



 流は乾いた唇を押し広げ、えずくように言葉を吐き出す。



「それが、『都市』のすべてだっていうのか……。そんなもんが、人類の夢だっていうのかよ……」


「そう。これが、人類が作り出した不老不死という幻想の果てだ」

 

 






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