8 まやかし
「知らねえよ。分からねえ。そんなことを考えられるほどお利口さんじゃないんでね」
いくら考えようと、やはりよく分からない。と同時に、馬鹿馬鹿しいにも程があった。
十人に聞けば十通りの答えが返ってくる。これはそんな質問だ。
「明確な答えなんてものはない」
それこそが真っ当な回答に成り得る、数ある事例の中のひとつ。
誰かがこうだと決めて、科学的な立証を行ったわけではないのだ。
意識という存在を写真に収めた者はいないが、誰もが存在することを疑わない。
しかし、その知覚を共有できない。その存在を肯定することも、否定することもできない。
誰もが当たり前のように持っていたものを、感覚的に言葉にしただけの、なんとなくで、曖昧なもの。
「そう、現在に至るまで様々な仮説が立てられてきたが、未だ確固たる定義が決定づけられていない」
「さっきから何が言いたいんだ?」と流は顔をしかめ……。
そして、事もなげに続けられた内容に、言葉を失った。
「そんな不確かなものを、まったく別の身体に乗り移らせるなんてことが可能だと、本当に思うのか?」
「……は?」
呆けたのは一瞬だけ。脳内が静まり返ったのも、ほんのわずかな間。
次には、形を持たない思考の津波が押し寄せて、混乱し、コネクターの発言を理解するまで数秒かかった。
「いや、ちょっと待てよお前……。何言って……っ」
「できないんだよ、そんなことは。少なくとも、人工冬眠計画が立案された当時の科学レベルでは、人間の意識なんて曖昧なものを機械の身体に移し替えることは、できなかった」
あまりにも唐突に暴露された真実に、流は握った拳が震えるほど激昂した。
「ふっざけんなよ、何だそれ!」
何を言っているんだ、と繰り返し叫ぶ。
できない、とコネクターははっきりそう告げた。
意識は定義不明の曖昧なもので、その存在を捉えようがなく、だから移し替えるなんてことはできない、と。
まるで意味が分からなかった。
分からないまでも、叫ばずにはいられない。
「それじゃあ、今のこの状況は何だ? 眠っている皆は何だっていうんだよ?」
生身の肉体を眠らせ、意識だけを移し替えて永遠に生き続ける。それが人工冬眠計画の概要のはずだ。
それがそもそも不可能だとするならば、今眠りにつている『都市』の住民は?
アンドロイドの中に宿る美月たちの意識は?
昨日まで当たり前にそこにあった流の日常は、一体何だったというのか。
「意識とはつまり自我だ。自分が自分であるという認識そのもの。それはそいつの記憶や経験、その時々の考え方から成り立つものだ。なら、それらすべてを模倣して作り上げた知能意識を宿した個体は、もとの人物と同じだとは言えないだろうか」
「何、言ってんだ……。そんなもん真っ赤な偽物だろ……?」
「その偽物こそが、コネクターの正体だ」
「……」
流は、ついに言葉を無くした。
呆然としている間、淡々とした声音が右から左へ、風穴を空けられたような脳内を通り抜けていく。
「人工冬眠計画で用いられているコネクターシステムの運用目的は、冬眠者から読み取った過去の記憶や経験、趣味嗜好などのデータをベースとして、冬眠者本人を演じながら取捨選択を行う人工知能を生み出すこと。つまり、人格のコピーを搭載したアンドロイドに、自らの代わりとして人生を歩んでもらうことなんだ」
「でも、それじゃあ……、何のためにこんな……」
それが本当にコネクターの正体ならば、『都市』で行われていたことのすべてだとしたら、人工冬眠計画とは一体何だったのか。
何のために多くの人間をひと所に集め、コネクターなどという偽物を用意して、目覚めることのない眠りに就かせたのか。
「人類が永遠の命を得るためだ」
コネクターは、迷いなくそう答える。
流は、すぐさま反発した。
「けど、お前がさっき言ったことが本当だったなら……。この『都市』で行われていることは、行われてきたことは、全部……」
その先を続けられなくなった流に代わり、コネクターは真実を告げた。
「そう。すべては、まやかしに過ぎない」