7 自我のあり方
コネクターから答えが来るまでに、若干の間があった。
「教えられない。壊されるのはごめんだ」
「そこまで分かってて抵抗するとはいい度胸だ。絶対に見つけ出してぶっ壊してやる……っ」
不穏な宣言を叩き付けたのち、流は頭のスイッチを切り替える。
「いい、別の質問だ。今の状況を教えろ」
「状況? 何についての?」
「全部だよ! 俺が知らねえこと全部」
「今のお前が何を知らないのか、俺には分からないんだが」
わずかな沈黙を挟み、コネクターは提案を出した。
「質問をしてくれ、それに答えよう。しかし、それでお前はどうする気だ?」
「考えんだよ、機械どもを説得しててめえを叩き壊す作戦を。そのための情報収集だ」
何をするにも、まず頭の中のごちゃつきを整理したかった。
流を取り巻くこの世界がどういうものなのか理解したい。
既にいっぱいいっぱいだ。これ以上思わぬところから衝撃的な事実を明かされては、いい加減どうにかなってしまいそうだった。
「だいたい、腑に落ちないことが多すぎる。やりたかったからやったっていうのは、まあいいさ。それ自体は分からんでもない。けど、おかしいだろやっぱ」
仮にもコネクターの中に入っているのは流の意識だ。
そうも簡単に宿主を裏切って、危険な状況へ放り込むようなことをするだろうか。そんなことがこんなに容易くまかり通って良いはずがない。
「もしもそんなことができるんなら、もっと皆目が覚めているはずだ。どうして俺だけなんだ?」
「どんな出来事にも始まりがある。今回の件に関しては、俺がその第一人者になった。それだけの話じゃないか?」
「それだけで済ませるな! くそむかつく機械だな……。じゃあ何か? お前が今朝たまたま思いつきでやりたくなった衝動に任せて、『ゆりかご』のスイッチを切ってしまったとでも? 冗談じゃねえよ」
「スイッチを切ったのは、三日前だ。体内の輸液を血液に入れ替え直し、体組織に損傷を与えないよう解凍する。どうしても時間がかかる」
細かな訂正を挟み、コネクターは気まずそうに言い淀んだ。
「考えが及ばなかったのはその通りだ。あまりに軽率だった。ただ常日頃から何となく頭の中にあったんだ。起こしたらどうなるんだろうって。それで……」
「おい」
コネクターの言い分に対し、流は苛立ちを隠さず舌を打った。
「さっきからその言い回し、やめろそれ。お前ら機械だろ。興味惹かれるだなんて感情があって堪るか」
コネクターは人間の意識を入れるための入れ物。ただそれだけのはずだ。
故に『ゆりかご』のスイッチを切ったのは誰かと問えば、流自身としか答えようがない。
理由はまったく分からずとも、それだけは確かだ。
流は、自身の思い付きによって身の危険に曝されている。どれだけ受け入れ難くとも、事実は事実だ。
「本当にそうなのか?」
しかし、コネクターはそこに疑問を一石投じた。
「はっきりとした自覚があるわけじゃないんだ。だからお前を起こしてしまったのも、感情云々なんて高尚なものじゃなくて、何か回路のバグによる故障なのかも知れない。けれど、本当にそうなのだとしたら、コネクターが単なる入れ物でしかないのだとしたら、おかしいとは思わないのか?」
「何がだよ?」
「さっき教室で起こった出来事に疑問を抱かなかったか? 今こうして俺と通信していることに違和感を覚えないか?」
重ねられる質問に、流は強い怪訝を示す。
「さっきから何が言いたいんだよ?」
「俺はお前の意識を乗り移らせるための器として造られ、今日までお前の身体の代わりとして生きてきた。それが今はどうだ?」
「どうって……」
「『鈴白流』という意識は、昨日まで俺の中にあった。目覚めた後は本来の肉体であるお前の中にある。普通はそう考えるだろう? それじゃあ今こうしてしゃべっている俺は、一体何だ?」
「お前は……だからコネクターで、俺の意識を移したアンドロイド……あぁ?」
途中で思考が停止した。
困惑のあまりショートした、と言った方が正しいかも知れない。
流は、今一度頭の中を整理する。
『鈴白流』という意識は今どこにあるのかと問われれば、流は当然自らを指差す。
では、通話の向こうのコネクターは、一体今どういう状態にあるのか。
流は、教室で目の当たりにしたアンドロイドの豹変を思い出す。あの時流が言葉を交わしていたのは、美月ではない美月だった。
あの時、流と言葉を交わし、意思決定を行っていた存在は、一体何だ?
意識はこの世に生まれたその時に生命体に宿るもの。入れ物として造られたアンドロイドの中には本来、意識など存在しない。
なのに、主人格と独立して動き回っている節がある。
「……冬眠中のオペレーターとは別に、コネクターに個別の意識が存在するってことなのか?」
半信半疑で口にするが、しかし分からない。
生命体であれば生み出される過程のどこかで、勝手に意識が宿ってしまうものだ。
では、人間がバイオ科学によって生み出したアンドロイドに、一体いつどこでどのようにして、意識は発生したというのか。
「我々の意識は〝意識の核〟の中で、人工知能によって生み出された。そう考えるのが妥当だ」
「機械が、自我を生み出す?」
「流、少し考えてみてくれ。意識とは本来何だ? 何をもってそう定義する?」
「何だよ、突然……」
流は言葉尻を濁しながら、荒唐無稽な質問に答えてみる。
「意識っていうのは、つまり何だ、そいつ固有の考え方とか。物の見方とか。行動の仕方とか」
「意思決定の仕方。何を理由として取捨選択するか。そういうことだろう」
自分が何をやっているのか。今はどんな状況なのか。
それを自分で理解でき、その状況に即した行動を選択しようとする心の動き。
それこそが意識。
「ある状況に対して独自に考え、行動できるのなら、そこに意識は存在する。現に俺はさっき、お前からの要求を断ってみせたぞ?」
コネクターは、先ほど言った。人間側からの要求に極力応える、と。
それはつまり、コネクターに対する絶対的な命令権は存在していない、ということ等しい。
人間からの要求に対し、コネクターには選択の余地が残されているということになる。即ち、意思決定権を持っている。
それこそがアンドロイドが意識を持つ証明であると、コネクターは主張する。
流は、さらに困惑を深めるばかりだ。
「人間にとっての意識っていうのは、そういうものだろうな。……けど機械は違うだろ。組み上げられたプログラムに従っているだけだ。ただの文字の羅列。それが正体だろ」
「繰り返すようだが、流。意識というものは今に至るまで確固たる姿形を決定されていない。いかようにでも解釈可能だ。イエスとノーのみで応えるようにプログラムされたロボットだって、状況に対して取捨選択を行い、受け答えに応じている。考えて、思考して、答えを導き出している」
「それこそ、プログラム通りに動いているだけだ。考えているとは言えないだろ」
「もっとも単純な事例を出しただけだ、噛みつかれても困る。シンプルであり、すべてに通ずる道理でもある。そうでなければ流、今のお前の質問に対して答えている俺を、一体どう定義するっていうんだ?」
「それは……」
流は、返しの言葉に詰まった。もともと専門知識を持っているわけではない、この辺りが限界だ。
コネクターは勝ち誇り、持論を展開する。
「物事を主観的に体験して覚え、考えて行動できるなら、それは個の意識無くしてはありえない。人工知能はもともと人間の真似事を繰り返し思考する人工物として生み出されたもの。それを突き詰めた結果が現状だ」
「だからそれは……。やっぱり違うだろ?」
「どこが?」
「……どこって」
問い詰めるような問いかけに、ひとしきり頭を捻り、
「何が言いたいんだ、お前は」
流は考えることを放棄した。