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コネクター  作者: ユエ
2章 異常な日常
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6 理由

 

 

「起こした理由は聞かないのか?」



 コネクターに問われ、流はしばし言葉を失っていたことにようやく気が付く。


「……ちょっと待て」



 流は、落ち着けと自らに言い聞かせるように深呼吸。

 予想はしたはずだ、きっと奴に違いないと。そう啖呵を切ったばかりではないか。だから動揺するな。 

 喧しい心臓を右手で押え、質問を続けた。



「いいぞ、聞かせろ。俺を起こした理由は何だ?」


「やってみたかったからだ」


「……は?」



 時間が跳んだ気がした。


 覚悟していたはずなのに。どんなとんでもない話であろうと受け止めなければならないと、そう決意を新たにしたばかりだというのに。


 心構えのすべてが無に帰した。



「どうした、間の抜けた声を出して。予想外だったか?」


「……いや、だって……。え……?」



 通信機から響く音声が、呆然とする流をせせら笑う。



「まさか人類存続をかけた大事件に巻き込まれたてしまった、とでも思っていたのか? 世界の命運を託されるとでも? そうだな、こういうのはどうだ? 『都市』に未曾有の危機が迫り、AIではとても対処できない。そこで流、お前に白羽の矢が立った。コネクターたちの指揮を取り、未知なる敵と戦って、人類を守り抜いてほしい、みたいな。そんな超展開な話、割と好きだよな、お前」


「黙れ、うるせえ、口を閉じてろ。……ちょっと、待て、待てよおい……っ」



 次第に頭の理解が追い付き、発する声量が力を増す。

 気づけば、流は喉に火がつく勢いで怒声を張り上げていた。



「ああそうだ、そうだよ! 何か起きたんじゃないかってずっと不安だった! どんだけ考えないようにしてたって、泣き出したくなるくらい怖かったんだ! だってそうだろ? 俺だけだ! 『都市』で俺だけ目が覚めるだなんて異常だろ? あり得ない。あっちゃならないことだろ、どう考えたって!」



 怒りのあまり呂律が狂い、自分でも何を言っているのか分からなくなる。それでも止めようがなかった。



「それが、……何だって? お前がやりたくて俺を起こしたって? 何がやりたいって? 何を……っ、一体何を言ってんだお前は!」


「ああ。つまりだな、」


「うるっせえ! つまりじゃねえんだ、黙ってろ!」



 喉が灼熱する。「げほっ!」と血反吐を吐くように咳き込んだ。それでもなお声を張り続ける。



「何を、冷静に、上からもの見てしゃべってやがる、この野郎……っ。ふざけやがって、よくもこんなふざけたこと……っ」



 眦には涙すら浮かべ、そこにはいないコネクターを激しく睨みつけた。

 叩き付ける勢いで、再度問い質す。



「なんで……、なんで俺を起こしたんだよ!」


「人間を見てみたかったんだ」



 返される答えは先程と変わりない。

 ただ、小馬鹿にしたような調子は鳴りを潜め、語る声には打って変わって神妙さが滲む。

 まるで流の激情に触れ、それに感じ入ったかのように。叱られて、反省したかのように。



「人間が動いて、考えて、行動する様子を、一度でいい、この目で見てみたかったんだ。だから、お前を起こした」


「……何だよ、それ」



 意味が分からない、と流は吐き捨てる。



「そんな子供みたいな……。そんなことできるわけ! 許されることじゃないだろ!」


「そうだ。分かってる。でもやってみたかったんだ、分かるだろ?」


「分かんねえよ!」


「いや、分かるはずなんだ。だって俺たちは同じ意識を持つ『鈴白流(すずしろながれ)』なんだから」


「一緒にすんじゃねえよ!」



 叫ぶだけ叫び、すっかり荒くなった呼吸を整える間だけ、流は彼の言い分について思考を巡らせてみた。

 しかし結局、湧き上がる苛立ちを押え切れず、ガシガシと乱雑に頭を掻き乱す。



「くそ! ああ、くそが! 意味が分かんねえ……っ。一体何なんだよ、この状況は……」


「悪いことをしたとは思っている。予想以上に事が大きくなった。そんなに悲しい思いをさせることになるだなんて、思わなかったんだ」


「知るか、馬鹿野郎! さっさと元に戻せよ!」


「できない」


「何で!」


「教室で聞いたはずだ。この件について調査する、と。それが終わるまでは人工冬眠(コールドスリープ)には入れない」


「そんなもん、てめえが全部正直に言って謝れば丸く収まんだろうが。俺のせいじゃない、俺は何にも悪くない! 俺は正常なんだ。装置にも問題はなかった。だったら!」


「そうじゃない、そうじゃないんだよ」



 とても納得できないと興奮する流に、コネクターは言葉を選ぶような間を取りつつ、話を続けた。



「いいか、調査というのはつまり、鈴白流という人格について調べるという意味だ」


「俺の、人格?」


「仮に、だ。俺がやったことを洗いざらい打ち明けたとして、本当にお前がすぐに眠れるようになると思うか? 思わないはずだ」


「知るか、やってみなけりゃ分かんねえだろうが」


「本心からそう思っていないことくらい分かるんだぞ」


「……ちっ」



 図星を突かれ、流は腹立たしげに舌を打った。

 頭の隅にあった嫌な予感、当たって欲しくなかった予想を、そっくりそのまま告げられる。



「俺がお前を『ゆりかご』に寝かせて、スイッチを押すことはできる。簡単だ。けれどまたすぐに起こされることになるだろう。もしかしたら、眠ろうとした時点で止められてしまうかも知れない」


「なんでそうなる! なんでそうなるんだよ!」


「だから言ったんだ、思っていた以上に事が大きくなってしまったと。本当なら簡単な話だった。……いや、そう思い込んでいただけか。すまない」


「謝ってんじゃねえ! ……くそ」



 いい加減声が掠れてきた。

 流は開いた口から大きく息を吐き出して、吸って、肺の空気を新鮮なものに入れ替える。



「俺が眠れば、それで済むはずだ。なあ、そうだろ?」



 問う声に普段の落ち着きが戻った。

 少し冷静になって考えれば誰にでも分かる。それが一番手っ取り早い解決策だ。


 教室でアンドロイドたちは言っていた。流だけが目を覚ました、と。

 ならばその原因が再び眠りに就くことで、この異常事態は収束する。そのはずだ。



「それでも異常事態が起きたという事実は何も変わらない」



 コネクターは淡々と否定する。口調は砕けているように思えて、しかしその声質はどこまでも機械的だ。



「少しでいい、聞いてくれ。何ていうか、ただ思ったんだ。装置の中で眠り続けるお前を見ていて、動いているところを見てみたいって」


「何だよ、それ。知的好奇心が刺激されたとでも言いたいのか。馬鹿なこと言うな、機械だろお前」


「そう、機械だ。お前の意識を投影したアンドロイドだ」


「俺のせいだとでも言いたいのか?」


「いや、お前は眠っていただけだ。流は悪くない。俺が悪い。お前の意識に従っていたというのは単なる事実でしかないんだ」



 そして、その事実があるからこそ、流を眠らせることはできないという判断が降された。

 流のコネクターが暴走した事実を放置して、流を眠らせることはできない、と。



「判断って……。一体どこのどいつに?」


「コネクターの総意だ」


「何だよ、集まって会議でも開いたってか?」


「集まる必要はない。コネクターは一が全であり全が一。個々の個体のようでありながら、寄り集まった集合体でもある」


「……意味分かんねえよ」


「各機体の意識が相互に横の繋がりを持っているということだ」



『都市』の中央区地下では、巨大なメインコンピューターが稼働している。それを制御しているのが『都市』の全機能の担う人工知能だ。

 流の持つ携帯端末を含め、『都市』に存在する機器類はすべて、常時ネット接続してデータを送り、情報をサーバー内に集積し、また必要な情報を受け取る中継器の役割を担う。


 先のロッカーのように個人認証を行う際、メインコンピューターへ個人情報のデータを要求し、送られてきたデータを受け取って、認証パネルへ出力する。

 同じことがコネクター同士の間でも行われている。



「各機体が取得している情報を〝意識の核(センス・コア)〟で共有し、それを基に状況を分析、適切な取捨選択を行う」


「〝意識の核〟?」


「我々の意識を束ねる人工知能が搭載されたパーツをそう呼ぶ」



 導き出された最適解はコネクターの総意として再転送され、各機体は自らが置かれた状況に応じた行動を取ることが義務付けられている。



「これが緊急事態における、コネクターの対処システムの概要だ」


「ちょっと待てよ……。それじゃあ、お前がやったことはもう既に全部筒抜けだっていうのか?」


「そうだ。ついさっき緊急事態に陥った際、システムが作動し、俺の持つ記録は全機体に共有された」


「じゃあ何で!」


「その上で、我々は判断を降したんだ。『鈴白流について調査する』と。俺の処分については二の次ということになったらしい」


「……何だよ、それは……っ」


「気持ちは分かるが、我々が優先すべきは一個体の不始末じゃない。もっと全体的な―――」


「ああっ、もう意味分かんねえことはいいっ」



 流は途中で説明を遮った。コネクターの仕組みについて勉強したところで、今更何の意味などない。

 コネクターが流を目覚めさせた。そして、何一つお咎めなし。納得できるわけがない。


 流は、低い声で要求した。



「お前の、居場所教えろよ」

 

 

 

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