5 事の首謀者
がむしゃらに飛び出した先は屋上だった。
「はあっ、ぜえっ。……ああ、くそ、くそが……っ」
扉を背にしてへたり込み、息を整える合間にも幾度となく悪態をつく。しかし、そんなことをしている場合でないことはすぐに分かった。
屋上は四方をフェンスに囲まれただけの殺風景なスペースで、それなりの広さはあるものの、隠れられるような場所はない。
何故上に逃げてしまったのか。考えなしにもほどがあった。自ら袋小路に飛び込んでしまったのだ。
「……いや、考えようによっちゃあ一斉に襲われる方がよっぽど不利じゃないか、そうだろ……。ここなら出入り口だけ見張っておけばいい……」
腰を落として重心を低く、扉に張り付くような形で、今か今かと追手を待ち構える。
授業開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。流は身を固くしたまま聞き慣れたチャイムを聞き流し、再び訪れる静寂の中で物音に耳を澄ませる。
「……追ってこない、のか?」
いつまで経っても迫り来る足音は一つもなく、扉がぶち破られる気配もない。
「学校の外に逃げたって勘違いしたのか? 何にしても、助かった……のか?」
ふうぅ、という細い安堵の吐息とともに、腕の中から鞄がずり落ちる。
中身は運動靴とジャージだ。あれだけ怖い目に遭って戦利品がこれだけとは何とも虚しいが、とにかく目的の物は手に入った。
流は患者服を脱ぎ捨て、ジャージに着替える。
胡坐をかいて腰を落ち着け、呼吸を整えること数分。拍子抜けするほど辺りは静まり返っていた。
まるで何事もなかったかのように。
「……―――おいっ!」
火がついたような発声が、不気味な静寂を破る。
頭の中を駆け巡っていた思考が煮詰まり、ついに流は腕輪に向かって怒鳴っていた。
「どうせどっかで見てんだろ! 言われた通り教室に行って来たぞ! 何とか言えこら!」
返信はすぐにあった。
「服と靴を欲しがったのはお前だったはずなんだが? まあいい。見ていて楽しかったぞ」
「何がだよ、くそ……」
嘲笑じみた軽口に、隠すことなく悪態を突き返す。
冗談じゃない、と罵る反面、心のどこかでほっとしたような気がして、余計に苛立ちが募る。
「生身の人間を見た時、アンドロイドはどう反応するんだろうって。流、お前はどんな顔をするんだろうって。ずっと見てみたかったんだ。興味深かった、面白かった」
「そんなことはいい!」
くだらない話を一喝して黙らせ、流は低い声で切り出した。
「お前の正体は何となく分かった。……お前、俺のコネクターだな?」
「……」
あれだけ饒舌だった声が、ピタリと止まる。
やはりそうか……、と、流は張り詰めていた息を吐いた。
考えてみれば簡単な話だ。
コネクターは冬眠した人間の肉体の代用品。流の意識が生身の方に宿り、こうして動き回っている今、流のコネクターはどこにいるのか。
「教室にはクラスメイトがいただけだ。二年一組全員が揃っているあの場所に、唯一俺だけがいなかった」
どこかその辺に転がっている可能性も一応考えた。
しかし、
「お前確か言っていたな、『俺も鈴白流』だって。なら、この答えが一番しっくりくる」
「ああ、その通りだ」
即答に近いほど短い時間で、驚くほど呆気なく、流のコネクターは自らの正体を明かした。
「……隠さないんだな?」
「お前が気付いたのなら、もう隠す必要がない。というより、コネクターはもともと人間のサポートロボットだ。人間であるお前からの要望には極力応えるようプログラムされている。問われた以上、隠し事はできない」
「だったらもう一つ聞かせろ」
間髪入れずに要求を挟み、流は問う。
「俺を起こしたのはお前か?」
「そうだ」
これもまた、即答だった。