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コネクター  作者: ユエ
2章 異常な日常
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4 無機質な問答

 

 

 慎重を期して、まずは確認する。



「……緊急事態っていうのは俺のことでいいのか? 俺が、こうして生身でいるってことだよな? それ以外にないだろ?」


「その通りです。主人格に無用な混乱が生じるのを避け、あなたの身の安全を確保するため、緊急システムが稼働しました」


「ってことはさ、お前は俺が生身の人間だって分かるんだよな? どうして美月たちには分からなかったんだよ?」


「叶野美月はあなたの姿を正しく認識していました。しかし、昨日までの鈴白流との違いを認知できなかったのです」



 淡々とした返答に対し、流は首を傾げるしかできない。



「どういうことだ?」


「生身である鈴白流と、コネクターである鈴白流との差異を知覚できなかったのです。我々にとって重要なのは、あなたが()()()()()()()()()()()()であるということに尽きます」


「……」



 流は唸るように言葉を詰まらせた。外国語で書かれた数学の教科書を見せつけられている気分だ。


 鬱陶しそうに前髪を掻き上げ、「分かんねえ話はいい」と一度切り捨てる。



「とにかく。理由は分からないけど俺だけ目が覚めたんだ。どうしてそんなことに……。コネクターなら理由が分かるだろ? 手違いってことはないだろうし。たぶん、事故かなんかだと思うんだ」



 いや、この際目覚めた理由なんてどうでも良い。

 流は、矢継ぎ早に要求する。



「もう一度眠らせてくれ。……できる、よな?」


「もちろん可能です。鈴白流、あなたに再度冬眠措置を行います」


「は、そっか……」


 流は、喉につっかえていたものを、短い吐息と一緒に吐き出した。

 鬼が出たか蛇が出たかと身構えたが、果たして相手は話が通じる上に友好的だ。それを認めて、ようやく胸を撫で下ろすことができた。


 何とかなる、何とかなりそうだ、道が開けた。

 心は余裕を取り戻し、頬が俄かに緩む。



「―――しかし、その前に我々はこの件について調査しなくてはなりません」

「え、調査……?」



 束の間、流は眉根を潜めた。が、すぐに「それもそうか」と考え直す。



冬眠装置(ゆりかご)に不具合があるんなら、もう一回寝てもまた目が覚める可能性があるもんな」


「いいえ、装置に不備はありません」


「え?」



 流の予想を裏切って、コネクターは首を横に振った。

 そして、繰り返し告げる。『ゆりかご』に機械的な不備はなかった、と。



「機器のメンテナンスは定期的かつ完璧に行われていました。これまで致命的な欠陥が見つかった事例は存在しません」


「そんなこと言ったって……。何かしら小さいパーツが一つだけ壊れたとか」


「機器の些細な故障によってオペレーターが目覚める可能性は限りなくゼロです。あなたが目覚め、正常に行動していることが何よりの証拠になります」



 もしも本当に『ゆりかご』の故障が原因ならば、中で眠っていた流が何事もなく目覚めるはずはない。

 アンドロイドはそう主張する。



「あなたが目覚めた理由は、現在まったくの不明です。故に、原因を調査しなければ冬眠措置に移行することはできません」


「ちょっと待てよ!」



 流は声を固くし口を挟んでいた。

 とても嫌な予感がする。



「何だ、さっきから調査調査って……。それは長くかかるのか?」


「不明です。現段階で調査期間を決定することはできません」


「不明って……。じゃあその間俺はどうするんだよ。寝られないのか?」


「原因不明のまま鈴白流の冬眠を再開させるわけにはいきません。その間あなたには我々に協力していただきたいと思います」


「協力って?」


「調査です」


「だから、何をだ!」



 淡々と繰り返されるだけの回答。流は、「いい加減にしてくれ!」と業を煮やした。

 装置に問題がないのなら、一体何の調査をするというのか。



「あなたを、です。鈴白流」


「……俺?」



 真っ直ぐに指示してくる手のひらと、無機質な瞳を交互に見て、流は一歩身を引いた。



「俺の、何を調べるって?」 



 少しだけ広がった視野が映し出す、まったく同じ顔をしたアンドロイドたちの姿。

 彼らは皆、声を揃えて口々に主張する。これはおかしい。奇妙な出来事だ。だから、調べなくてはならない、と。



「この『都市』において、あなただけが目を覚ましました」

「『人工冬眠計画』において、あなただけが目を覚ましたのです」

「あなただけが異常です」

「異常は混乱を招きます」

「混乱は防がなくてはなりません」

「そのためには調査が必要です」

「鈴白流を調査する必要があります」



「「「鈴白流。我々に協力していただきたい」」」



 大きく吸い込んだ息が、喉でひゅうっ、と歪な音を立てた。



「ま、待て!」



 流は必死な形相を浮かべて、両手を大きく突き出す。



「違う違う! そうじゃないだろ! 何で俺をっ、俺のせいみたいに! だ、誰かが俺を起こしたんだ! 誰か、『ゆりかご』のスイッチを切った奴がいるんだよ!」



 右手の携帯端末を掲げて訴えかける。嘘ではない、心当たりはある、と。

 流に学校へ行けと命令した人物のことを知れば、きっと誤解を解くことができる。


 引き攣る喉を懸命に震わせ、叫ぶように主張した。



「だから、俺のせいみたいに言うんじゃねえよ!」



 そんなはずはないのだ。

 訳も分からずあらゆるものから取り残されて、切り離されて、たった一人孤独に喘ぐこの状況を作り出した元凶が、自分自身であるはずがない。

 あってはならない。



「あなたが原因ではないというのなら、ならば鈴白流。私たちに協力してください。あなたも事態の早期解決を望んでいるはずです」


「いや、だから、俺を調べる必要はなくて……っ。そんなことしなくていいって言ってんだろ!」



 世界が遠く、狭まっていくのを感じた。

 強張る心臓の鼓動に合わせて呼吸が短く早くなる。手足がしびれたように身動きが取れない。

 

 友好的だなどという勘違いは、とっくに頭の中からすっぽ抜けていた。

 言葉を交わすことができるのに意思疎通が図れない。人の形をしているのに浮かべる表情はどれも不気味でおぞましい。


 このままでは何をされるか分からない。



「来んなよ……っ。こっち来んな!」



 流は身を翻し、教室から逃げ出した。みっともなく悲鳴を上げ、転がりながら震える足で走る。

 そんな彼の姿を、無様だと笑ってくれる者さえいない。


 足音ひとつなくぴったりと背中に張り付いてくるのは、無機質な瞳に灯る不気味な光。

 

 見られている。

 追われている。

 迫ってきている。



「―――っ!!」



 流は、狂った犬畜生のように走り続けた。

 

 


☆  ☆  ☆

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