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コネクター  作者: ユエ
1章 人工冬眠
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目覚めてしまった男

初めまして、ユエです。小説を投稿します。

面白ければ、是非評価やブクマしていただけると、嬉しいです。

 

  

 


 訳が分からなかった。一体何が起こってしまったのか。

 胸中に渦巻く激しい困惑のままに、鈴白流(すずしろながれ)はとにかく足を動かした。とてもじっとしていられなかった。


 焦りを表すような細かな歩幅は、やがて駆け足へ。後ろへと流れていく町並みは、いつもと変わらず無機質なほどに整然として、静か。

 あるべき人の営みを放棄して、音という音は最低限に抑えられ、流が吐き出す喘鳴(ぜいめい)ばかりが酷く耳に残る。どれだけ騒々しく足音を響かせ、心臓が壊れるほどにがなり立てようと、何一つ返してはくれない。


 何も答えを得られないまま、流の足はやがて限界を迎え、その速度を緩め始めた。

 駆ける足が鈍く重くなって、苦しげな吐息が口から零れる。額に浮かぶ玉の汗を乱暴に拭い、どこへともなく視線を振る。

 目についたのは、雑居ビルの入り口の横に設置された自動販売機。ガラスケースの向こうに置かれた見本の空き缶を見つめ、一番端の缶コーヒーを選んだ。


 ボタンを押す。下部にある正方形のくぼみが左右に分かれ、奥から缶コーヒーを乗せた盆が迫り出してくる。オレンジと灰色のカラーリングで塗り分けされ、ミルクに見立てた真っ白な文字が商品名を描く。

 流は奪い取る勢いでコーヒー缶を握り、プルタブを開けると一気に煽った。



「……ああっ、はあ、はあ」



 良く冷えた液体が口内を満たし、ほのかな苦みが鼻を抜ける。上唇を軽く舐めれば、独特の味がいつまでも後を引く。冷たいものが胃の腑へ落ちていく鮮明な感覚が確かにある。



「……うまい」



 素直にそう思った。酷く喉が渇いていたし、身体は疲れていた。ひとまず落ち着きを取り戻したかったというのが一番だろう。

 静まっていく心臓の鼓動を感じて、甘みに染まった呼気に、「あり得ない……」という呟きが混じる。



「何が起こったんだ……」



 困惑を引きずったまま、半ば呆然と来た道を振り返った。


 高校への通学にも使うこの道の様子は、いつもの朝と何も変わらない。

 今しがた飲み干したコーヒーの味もそうだ。この販売機を見かける度に喉が渇いたような気がして、つい小さな寄り道をして、このコーヒーを片手に歩道を歩く。何も変わらないはずの日常の一幕が、今日ばかりはまるで違っていた。


 何もかもが違う。

 見慣れた町並みでも、通い慣れた通学路でも、飲み慣れたコーヒーの味でもなく、流自身が決定的に昨日までとは異なっていた。


 道を挟むようにして並び立つオフィスビルに近づき、ガラス張りのカーテンウォールの前に立つ。

 素朴な瞳がこちらを見つめ返していた。頼りのない薄い体躯をびしょ濡れの患者服で包み、右手首には細い腕輪。身に着けているのはそれだけだ。

 町を歩けばどこにでもいそうな、野に放たれて草を食む山羊のように毒気のない目鼻立ち。間違いなく、十七歳の鈴白流だ。


 迷いなくその年齢が頭に思い浮かんだのは、つい昨日まで高校の二年生の教室で授業を受けていた憶えがあるのとは別に、もう一つ理由がある。

 この姿を、自分の顔を、最後に鏡に映したのが十七歳の時だったから。



「……」



 もはや疑いようのない現実を前にして、 流は半開きになっていた唇をきゅっと結び、ごくりと唾を飲み込んだ。

 どこからか吹いたそよ風が、伸びた前髪を揺らして視界を遮る。ひゅう、とビルの谷間を抜ける風音がとても空々しく思えた。

 何をどうすればいいのかまるで分からない。呆然と虚空を見上げ、思うことはたった一つ。



「どうして目が覚めた……?」



 何故生身の人間がここにこうして立っているのか、それに尽きた。

 

 

☆  ☆  ☆

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