九、侍女との出会い
イデットさんに案内され、お風呂へと向かった私は現在メイド服を着た大勢の人間に囲まれている。みなさんお仕事モードで真剣な表情に腕まくり。あまりにも統率が取れていて少し怖いと感じた。
「よろしくお願いします……」
圧倒されながらも私は彼女たちの指示通り入浴を済ませた。
結果として、ラージェス様が手配してくれた女性たちはとてもいい仕事ぶりを発揮してくれました。
「私の髪、こんなにさらさら!?」
今度は改めて肌に触れてみる。どうやら人魚と人間で劇的に変わることはないらしい。普通は二本の足に感動したりするのでしょうけれど、私にとっては前世振りね~くらいの懐かしさだ。
それよりも……
「私ってこんな顔をしていたのね」
「え?」
鏡も覗いたことがないなんておかしな話だ。仕上げの化粧を施してくれた少女は私の発言に驚いたらしい。
十七年付き合いのある顔とはいえ、しみじみ呟いてしまうのも人魚なら仕方のないことだと思う。何しろ海の世界には鏡がない。髪の色や、水面に映る姿でなんとなくの造形はわかるけれど、詳細に自分と向き合うのならやはり鏡がなければ難しい。
私は十七年越しに対面する自分の容姿に夢中だった。観察するように頭のてっぺんから、今では爪先まである足の先まで確認していく。勢い余ってくるりと回れば、長く伸びていた髪も一緒に踊った。髪の色はさすがに私も知っている。たとえば泳いだり、振り返ったり、動けば自然と付いてくるものだから。
「まあ、似合っているみたいだし?」
これからは鏡を覗くことが当たり前になる。遠い昔に失ったと思ってた当たり前が戻ってきたことは嬉しいものだった。
「よろしくね。新しい私!」
今日から私は人間として生きるのよ。
「あの、奥様?」
あ……この子にしてみればいきなり鏡の前で独り言を呟きだした怖い人よね。
お風呂から出て最終的に私の元に残ったのはイデットさんと、この少女だけだった。イデットさんは相変わらずの無表情だったけれど、女の子は素直に表情を変えてくれるので親しみやすい。
「ごめんなさいね。少し感動していただけなの。こんなに綺麗にしてもらえて嬉しくて!」
「当然のことをしただけですよ?」
「その当然が嬉しかったから、私は遠慮なくありがとうって言わせてもらうわね」
「あ、ありがとうございます! でも本当に、そのような気遣いは不要ですから! 奥様はもう、このお城のもう一人の主様なんですからね!」
私、そういう認識でいいの?
確かにラージェス様の妻にはなった。イデットさんからも、とても丁寧によろしくされている。妻とは一般的に屋敷の女主人として扱われ、夫の留守を守ることが仕事になるわけだけれど……。
「申し遅れました。私は今日から奥様の専属となりましたので、これからよろしくお願いします!」
「専属?」
ぺこぺこと頭を下げる度に少女のおさげにされた赤毛が盛大に揺れた。
「はあ……ニナ、まずは名前を名乗りなさい」
私が困惑していると、呆れた声でイデットさんが助け舟を出してくれる。失態に気付いた少女はさらに速度を上げて頭を下げた。
「すみません、すみません! 私、ニナと言います。よろしくお願いします!」
勢い余った自己紹介が終わるとイデットさんは次はもっと落ち着いて挨拶なさいと注意をしていた。それよりも私は事情が呑みこめていない。
「奥様。本日より専属の侍女としてこのニナをおそばに置くことをお許しいただけませんでしょうか」
「そこまで私に気を遣う必要はないのよ」
「いいえ。奥様に不自由があってはいけません」
そういうものなのかしら? 確かにこれだけ立派なお城ですもの、見栄えというものを大切にしているのかもしれないわね。奥様に一人の侍女も付いていなければ何を言われるかわからないもの。
「ニナ、貴女は旦那様に奥様の準備が整ったことを報告してきなさい」
「かしこまりました!」
そうして彼女が去った部屋には私とイデットさんが取り残された。
「奥様、率直な意見をお聞かせ願いたいのですが、ニナはいかがでしたか? 先ほどはああ申し上げましたが、もしも不安を感じるようであれば世話役を外しても構いません」
「どうして?」
「あの子は優秀な子です。一般的な侍女の役目もそつなくこなすでしょう。ですが、少々緊張に弱い面があるのです」
「それでも私の専属にしたい理由があるというのね?」
「おっしゃられる通りです。奥様、この城で働く使用人は大きく分けて二通りの人間がいるのですよ」
「二通り?」
「はい。自ら志願し旦那様について来た者と、旦那様がこの地で雇用した者との二者がおります。前者は比較的年長の使用人と捉えていただいて構いません。みな旦那様が幼いことからそばで成長を見守ってまいりました。後者は年若い者がほとんどで、ニナも近隣の村から旦那様が採用されたのです。わたくしはあの子に経験を積ませ、ゆくゆくはわたくしの後継となるべく育てたいと考えております」
「それと私の専属とどういう関係が?」
「奥様はなんと申しますか……上に立つ者の、風格のようなものを感じさせる方です。そしてそれこそが今のニナには足りないものなのです。あの子は、優しいのは良いことですが少々大人し過ぎます。このままでは人の上に立ちつような役目など、とても務まらないでしょう。ですから奥様のそばで学ばせてやってはもらえませんでしょうか」
「期待されても私に教えられるようなことはないと思うわ」
職場では後輩の指導もしたことはあるけれど、イデットさんが求めているのはそういうことではないのよね。
とても自分に教えられることがあるとは思えない。
「奥様。わたくしはこれまで旦那様が何人もの人間を雇用する場面を見てまいりました。ですが旦那様が伴侶を選ばれたのはこれが初めてのこと。あの方が自身を持って選ばれた人であればニナも学ぶことは多いはずです」
「イデットさん……それちっともフォローになってませんよね!? 奥様選ぶのが初めてなのは普通のことですよね!?」
無言で笑顔を貼り付けるの止めてもらっていいですか!?
けれど私は考えを改める。友達の一人もいない場所で暮らすのだから、年の近い女の子がそばにいてくれるのは有り難いことだ。
「あの子、随時と若いようだけれど、年はいくつなのかしら?」
「十五と記憶しております」
これから人間として生きるにあたって私にも足りないことは多い。ならばこれから二人で学び合うのも良いと考えたのだ。
そう答えるとイデットさんは喜んでくれる。ほどなくして戻ったニナに今度こそ私の世話を託し、イデットさんは彼女本来の仕事へと戻っていった。これだけ広い城であれば統括の仕事も大変だろう。最後に先ほどの話は二人だけの秘密だと囁いていく。
「旦那様はもう少しお時間が掛かってしまうそうで……。ですがどうしても奥様とお食事をされたいと熱望されていました! どうかお待ちいただけませんでしょうか!?」
「もちろん構いませんけれど、旦那様はお忙しいのね」
「いつもはここまでではないと思うんですけど……しばらく町を離れていたもので旦那様にしか出来ない仕事がたまっていたるんだと思います」
そうでした。あの人は王子様で、しかも数日前まで行方不明だったのよね。それはそれは戻って忙しいに決まっているわ。
「奥様、食事の部屋まで案内しますね!」
来た来た来たわ! この瞬間! 待ちに待ったていたわよ!
「ええ、お願いするわ……」
私は全神経を集中させ、平静を装いながら告げる。
いきなり食い意地の張った奥様と思われても複雑ですもの! 残念ながら事実なんだけど!
ニナに案内された部屋はすでに食事の支度が整っていた。白いテーブルクロスを敷いた丸テーブルには食器とグラスが用意されている。あとは料理さえ並べば完璧だ。
もうしばらくここで待つようにと告げられたところで派手に部屋の扉が開いた。旦那様だろうかと視線を向ければ、現れたのはまったくの別人だ。
「失礼しまーす!」
扉を押し開いたのは青年、だろうか。声は立派な青年だけれど、見た目が可愛すぎるせいで判断を躊躇わせる。ふわりとした栗色の髪と挑発的な瞳が印象的な人だった。
引き続き、新キャラたちが登場しておらります。
さて、エスティーナさんのごはんは……もうすぐでしょうか。早く食べさせてあげられるように私も頑張って書きますね!
閲覧ありがとうございましす。お気に入りに、評価、嬉しかったです!




