二十一、旦那様からの告白
「俺はお前に心から愛されたいんだよ。だからこれは、ただの点数稼ぎだな」
旦那様の正直な告白を目の当たりにした私は思わず疑ってしまう。
この人は本当に私のことが好きなの?
私にとっては初対面も同然で、旦那様にとっては恩人。助けた相手だとしても私の記憶に残っていないとなれば過ごした時間は僅かなものだったはず。それなのに私のどこを、何を気に入ってくれたというのか。
「そんなに私が好き、なのですか?」
「大好きだ!」
旦那様いわく、私の眼差しはよほど疑り深く見えたらしい。そのための誤解を吹き飛ばすような回答ぶりだとか。
「初めて会った時から惹かれてた。けど、お前と過ごすうちにもっと好きになってたよ」
「こんな、ごはんばかりで可愛げのない女をですか?」
「可愛いだろ。笑った顔も、ちょっと怒った顔も、美味い物前にして喜んで、たくさん表情を変えてさ。素直に感情を伝えてくるところとか、可愛いと思うぜ。それに、お前の涙は綺麗だな。こんな女が自分のために泣いてくれたら、男冥利に尽きるってもんだろ」
涙って、それキッシュを前にして泣いた時の話ですよね!? 私にとってはただの恥ずかしい過去でしかありません!
「早く俺を好きになってくれよ、奥さん。俺がお前のことを好きな分だけ、お前にも俺を好きになってもらいたいんだ」
「旦那様の頑張り次第ですわねっ!」
この人はどこまで私の心を乱すのか。出会ってからまだ日は短いけれど、最初から心の休まらない人だった。抱きしめられて、結婚することになって、実は私のことが好きだったなんて……旦那様といるとどきどきしてばかりだ。今のところほとんどが恋のときめき的な意味ではなく驚きばかりですけど。
「覚悟してろよ」
私はいつか、この人に同じだけの想いを返す日が来るのかしら……
思案する私の意識を引き戻すように風が吹き抜ける。髪を攫われた私は煽られたことで海の方を振り向いていた。この町は少し高い場所に上がればどこからで海が見える。海で育った私にとって、陸に居ながらも故郷を感じられる様子は嬉しいものだ。
「あ……」
潮風は私に故郷の景色を思い出させる。
そこに暮らす仲間のことを、人間の世界に送り出した娘を心配する家族の姿を思い浮かべてしまう。それはまるで海に、家族に呼ばれているような心地だった。
「エスティ?」
私を呼ぶ声がする。けれど私は海を見つめたまま動けなくなった。
「旦那様……私、まだ帰れません」
「何か忘れたのか?」
「私は、こんなにも良くしてもらっているのです。今日一日で私は、いいえ。初めてお城に招かれた日から、旦那様の優しさをたくさん知ったのです。けれど仲間たちは、まだそのことを知りません。旦那様がこんなにも私たちのために動いていると知らないのです」
それが私にはたまらなく歯痒い。
「旦那様は私たちが思う以上に約束を守ろうとしてくれたって、伝えないと! みんなに、私の旦那様は素晴らしい人間だって。だから私たちもしっかり海を守ろうと……あの、先に帰ってもらっていいですから!」
とっくにお城が見える場所まで来ていたけれど、私は旦那様の静止を振り切って元来た道を走り出す。
「おいエスティ!?」
早く伝えたい。私の旦那様がどれほど素晴らしいくて優し人なのか。でもそれを知っているのは、国のみんなに伝えられるのは私だけしかいない。
旦那様と同じだけのことが私たちに出来るかはわからないけれど、覚悟を持つことは出来る。だから私は一刻も早く伝えたいのだ。
~☆~★~☆~★~☆~★~☆~
イデットさんと出会った洞窟から私は海の国へと戻った。
念のため靴を脱いで飛び込むと、不思議なことに服は消え、かつての人魚としての姿を取り戻した私がいた。
急な里帰りではあったけれど、家族も友人も温かく迎えてくれた。レイシーなんてずっとそばを離れなかったくらいだ。
そこで私は伝えた。私の旦那様がどんな人かを。私たちを守るために何をしてくれているのかを。
仲間たちは真剣に私の話に耳を傾けてくれた。そして私の無事を喜んでくれた。旦那様に対しては、まだ疑っているところもあるみたいだけれど、それはこれから私が伝えていくしかないだろう。
急な訪問となってしまったため、今回は用件だけを伝えてまた洞窟へと戻った。名残惜しくはあるけれど、私の帰る場所はあのお城だ。あまり遅くなって心配を掛けてはいけない。
海から上がると今度は水から弾きだされるような感覚があった。滴っていたはずの水は綺麗に抜け落ち、髪も乾いて何事もなかったように二本の足で洞窟に立っていた。
「まるで魔法ね」
置きっぱなしになていた靴を履き、私は一人で元来た道を戻る。
途中、近くを通った時にはあの占い師の姿がないか探してみた。占いが当たっていたことを報告するためだ。しかし彼女のいたテントは忽然と姿を消していた。そんなところもまた謎めいていて、本当に力のある占い師だったのかと信じてしまいそうになる。
また会えたのなら、今度こそきちんとお礼を伝えたいわね。
そうしてもう一度町を抜け、旦那様と別れた場所まで差しかかった時のこと。淡く訪れていた闇に人影を見つけた。
「……旦那、様?」
旦那様が道端にある大きな石に座っていたのだ。
「どうして……」
唖然と呟く私に旦那様は当然のように告げてくる。
「待ってた」
「どうしてですか!? だってお城はもう目の前で、こんな……何もないところで、まさかずっと……?」
いつ戻って来るかもわからないのに待っていたの?
「俺だけ先に帰ったら喧嘩したみたいだろ」
旦那様は悪戯っぽく言う。でも本当は、そんな理由じゃありませんよね?
「すみませんでした。私、随分と待たせてしまいましたよね」
「なーに、面倒ならとっくに帰ってるって。お前は先に帰れって、ちゃんと言ってくれただろ。それなのに俺が勝手にしたことだ。気にすんな」
「でも……」
「ほら、一緒に帰ろうぜ」
旦那様が手を差し出す。態度は堂々としているけれど、差し出された手は妙に寂しそうで、私は思わずその手を握りしめていた。
「ん?」
旦那様が首を傾けて私を見つめる。
「何か、ありましたか? 何か……心配事でも?」
旦那様は問いかけに躊躇う。言葉に悩み、迷っているようだった。それでも辛抱強く待っていると最後には旦那様もきちんと想いを言葉にしてくれた。
「……そうだよ。お前がちゃんと戻って来るか、心配してた。こんなことを言うのはお前のことを信用していないみたいで悪いんだが、やっぱり不安だったよ。置いて行かれたらどうしようってな」
「置いていくわけ、ないじゃないですか……」
私が不安を抱えていたように、旦那様にも不安はあったのですね。
「心配は無用ですわ。私の帰る場所は、旦那様のところなのですから」
「それ、いいな」
旦那様は嬉しそうに私の手を握った。
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