第2話 まさかの人外転生
前半は主人公が魂だけなので全て敬語で進めていますが、後半は身体を手に入れているので主人公の直接思っている言葉のみ敬語になります。
あーなるほど、と私が何の捻りもなく反応すると控えていた美少年君がどこから出したのか、すっと紙の束を掲げます。
『こちらが代行リストになります』
…とっても分厚いですね。もはや辞典ですねコレ。
ああでも、世界規模の調査だと考えれば少ない方でしょうか?
美少年君がその分厚い紙をぱらぱらと捲ると、一枚にびっしりと文字が書いてあるのが見えました。
勿論全ては読めませんでしたが、日本語で書かれているのは分かります。
読み取れたいくつかの文章は、こう書かれていました。
◆薬草を採取する
◆薬草からポーションを作る
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◆冒険者ギルドで冒険者登録する
◆冒険者同士で二人以上のパーティーを組む
ーーーー
◆スライムと出会う
◆メイクラウドと出会う
◆コカトリスと出会う
これが簡単なのか難しいのか今の私には判断できません。
メイクラウドは聞いた事がありませんし、コカトリス辺りは危険な感じがしますが…。
それにしてもこの感じ、昔やったゲームデバッグのバイトを思い出します。
一つ一つ項目をクリアしていくのは割と楽しい作業でした。
女神様はリストちらりと見て話を続けます。
『貴方がこのリストを体験達成するたびに、私にその情報が伝わる仕組みよ。それが私にとって進化を調整するための必要な情報と、世界が正常に機能しているかの確認になるわ。あ、変なことは伝わったりしないから安心してね。プライバシーは守るわ』
女神様は説明に疲れたのか、一度紅茶で喉を潤してから再び口を開きました。
『地球から魂を迎えいれるのは貴方で五人目よ。皆それぞれ納得してアレスティアへ行ってもらったわ。基本的に貴方達は魂で来るから、転生という形になるのだけれど…魔力も力も上乗せして平均以上にしてあげるし、容姿とかもある程度の要望は聞くから言って。性別を逆にして転生させてほしい、なんて言った子もいたわね』
色々してくれるんですね、と少し驚いてしまう。
女神様は何でもないように肩を竦めて笑いました。
『リストをこなしてくれるんだから、強さを与えることも性別選択も些細なことよ。それにせっかく私の世界で第二の人生を始めてくれるんだもの。スタートラインくらいは素敵に始めてほしいじゃない』
……女神様、優しいですね。
『はえ!?ち、違うわよ!いい?アレスティアも完全に平和な世界ってわけじゃないんだから!盗賊とか奴隷商人とかもいるし…ていうか最近増えて来たっていうか…っとにかく!そんな不完全な世界に行ってこいって私は言ってるのよ!』
それと、と女神様は少しだけ拗ねたように横を向きました。
『これは強制じゃないわ。地球に魂を戻してあげることはできないけど、代行が嫌なら一番平和な土地に普通の子として生まれさせてあげる…その場合はここでのことや地球での記憶は消えちゃうけど…』
…逆に考えると、代行者としてなら女神様達や地球でのことは忘れないってことですね。
『ええ』
なら、選ぶべくもありません。
私の答えは既に決まっていました。
『…受けてくれるの?』
はい、私で良ければお受けします。
『!ありがとう…!』
私の返事にふわりと笑った女神様は、とても可愛らしく目を細めて喜びました。
見た目は大人でも、どこか無邪気で少女のような人…女神様です。
若い世界を管理している彼女自身も、まだ若い女神様なのかもしれません。
…そこで私は、ある考えが浮かびました。
お聞きしてもかまいませんか、と念じます。
『なに?良いわよ。アレスティアに行っても連絡はし合えるけど、心配な事があったら遠慮せずに言って』
私は少しだけ躊躇して、それを伝えました。
ーーあの子が、私の弟が生きているか知りたいです。そして、もし無事だったなら、私は大丈夫だから自由に生きなさいと…そう伝えていただく事は出来ませんか。
『え?』
女神様は、こう言いました。
神は自分の管理する世界の現に直接関わってはいけない、と。
わざわざ“自分の管理する世界”と、口にしたのです。
なら“管理外の世界”への干渉は“出来ないわけではない”のではないでしょうか。
例えば、弟の安否と、私の言葉を伝える事…可能なのでは…?
…間違っていたらごめんなさい、と思いながら女神様を見ると、予想に反して彼女は笑っていました。
『貴方…頭のよく回る子ね。こんな状況で冷静に…』
『主の与えた待ち時間のせいでもあるでしょうね。ですが、よく先程の主の言い回しで気付きました。素晴らしい』
…褒められてます?これ。
『褒めてるわよ。まぁ…でも、そうね。確かに出来ない事はないけれど、それを叶えるならある程度の代価を貴方から貰わないといけないわ』
!…あげます。必要なだけ全部あげます。
『でも、貴方…』
私が持っているもので足りないなら、先程言っていた女神様が私に与えてくれる上乗せ分の強さとかそういうのから天引きして下さい!
『天引き!?』
『いきなり俗っぽくなりましたね。さすが一時期バイトを五つ掛け持ちしていただけはあります』
何故知っているんですか弟にも内緒にしていたことを…!
『た、確かに人の魂に女神の力で色々と追加するだけだから、女神の代行者としての基本的な恩恵と元々持っている能力は残るけど…、それだと貴方の魂のDNA頼みになるわ。能力値やアビリティやスキルが何なのか、種族も何もかも自分で決められない状態でスタートになるのよ?』
それで構いません。お願いします。
『つ、強い魔法とかいらない?便利よ?二日置きに小指を強打させる魔法とか相手を精神的に喰らう闇の眷属の召喚魔法とか』
そんな色々な意味で厄介な魔法いらんです!
それに、魔法はあちらでも覚える事が出来るのでしょう?
むしろその世界の人達はそうして覚えるはず…なら私も必要に応じて学ぶ事にしますから。
『う…まぁ貴方、素で魔力はそこそこっぽい匂いがするから覚えられるとは思うけど…本当に良いの?今ここで女神の力を受け取った方が無難よ…』
それでも、弟に大丈夫だとしっかり伝わるのなら私はそれで構いません。
勿論代行者としても一生懸命取り組みます。
そうと念じると、女神様はやや間を置いて息を吐きました。
『…仕方がないわね』
!ありがとうございます、女神様。
『…でももう一つ、貴方から“地球での名前”を貰うわよ。その代価として身体がある程度育った状態から転生出来るように計らうわ。多分十二年分…人なら十二歳前後が限界だし、基本レベルは1からのスタートでしょうけど…』
『主、赤ん坊で放り出すよりは安心でしょう。それにスキルや耐性に限っては、彼女の前世の影響で高レベルの可能性が高いです』
『それはそうだけど』
名前…、…それを渡すという事は忘れるという事でしょうか。
多少不安になりましたが、今更願いを撤回する気はありませんでした。
女神が呆れたような、心配そうな、優しい笑みを零します。
あ…何だか、視界が白くなって…。
『時間ね…。安心して、転生が始まっただけよ』
『行ってらっしゃいませ、お嬢さん』
『アレスティアで目を覚ましたら、まず自分のステータスを確認して』
『ステータスと念じればゲームの様に目の前にパネルが現れますよ』
『詳しい事は後で…そうね、メールを送るわ』
随分と地球現代的な方法での連絡手段を…と思いながら私の意識は白く塗り潰されていきます。
後は、微睡みにも似た感覚に身を委ねるだけでした。
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最初に聞こえたザザ、という水音に私は飛び起きた。
目に入ったのは、青く広い海。
晴れた空とのコントラストに美しさを感じながら、数年振りに嗅いだ磯の香りに息を吐く。
「ん…、海の匂いってこんなに強かっ…、…あ」
久しぶりの声、久しぶりの呼吸。
あの映画館と女神様の神域でどれくらいの時間が経ったのか分からなかったが、体感としては久しぶりという言葉がぴったりだった。
それに感動しながら手足を見ていき、その華奢さから本当に十二歳前後の女の子になっていると理解する。
密かに前世と同じ性別である事を感謝して、私は立ち上がった。
「うん、腕も足も問題無し」
そうして視線を徐々に下げていき、ふと肌寒さを感じた私は……次の瞬間石の様に固まった。
「なん、な、なぜ…っどうして布一枚なんですか…!」
驚きで一瞬呼吸が止まるほど、それはそれは見事な真っ裸。
これも願いの代償なのかと若干遠い目になりながら、私は裸の身体にお情けの様に引っかかっている白布を巻き付ける。
周りを見渡して人がいないことを確認した私は、とりあえず女神様の言っていたステータスとやらを見るために近くにある岩陰に移動した。
「と、わっ…私、髪長い…?」
足を擽るように絡んでくる髪に、私は目を見開いて砂の上で飛び跳ねる。
膝下まで到達するほど長いその髪は、青みがかった銀髪だった。
その不思議な色合いに『わぁファンタジー』と他人事の様に考えながら、私は髪を集めて片手に抱える。
集めきれない髪が海からの風でさらさらと揺れ、私は首を傾げた。
(日本人をやっていた頃は典型的な髪色だったのに、こんな色が私から出るなんて不思議…)
女神様曰く、今の私を形作っているものは私の“魂”から賄った、という事だったはず。
なら今の私のこの髪の色は、私の魂の歴史的なものから抽出したわけで。
魂がリサイクル的に何度も世界を巡るものなら私になる前の一人に、同じ髪色をした人物がいたということなのだろうか。
(青みがかった銀。そんな体毛の…人間…、……動物…?)
違いすぎる変化に腑に落ちなさを感じつつも、特に髪色に拘りがあった訳ではないため私はそっと考えを頭の奥に押し込める。
まずはステータスだと、岩場に到着した私はその場にしゃがみこんだ。
「念じればいい…でしたね」
美少年君の言葉通りに心の中でステータス、と言うと目の前にそれは表示された。
大きさはA4コピー用紙を横にした程度。薄く色付いた白いパネルが宙に浮かんでいる様子に、私は改めて異世界に来たのだと実感した。
「レベルが1と、…“リヒト・ガートルード”…?……もしかして、私の名前…?」
最初に見えたのはレベル1の表示と、何とも自分の名前として認識し辛い洋名。
確かリヒトは光、ガートルードは槍という意味があったはず。
どちらも外国でファーストネームに使われるものだが、リヒトが名前でガートルードが苗字だろうか。
地球での私の名前については、予想した通り記憶から消えていた。
靄がかかったように名前だけを思い出せない事に多少の寂しさを感じつつも、今日からこれが私の名前なのだと薄く笑う。
「リヒト・ガートルード…うん…うん、素敵な名前」
名前負けをしないように頑張ろうと思いながら、私は視線を再びパネルに滑らせる。
そうして私の動きは、見慣れない表示に緩やかに止まった。
◆リヒト・ガートルード/Lv.1
◆種族
《マスターウルフ》
◆アビリティ
《最後の人狼》《女神の代行者》《原#/..?##》
◆職業
無し
◆能力値
HP50/50 MP60/60
攻撃力60 防御力50
俊敏80 幸運50
◆物理・魔抗耐性
【毒Lv.9】【苦痛Lv.5】【睡眠Lv.7】【誘惑Lv.5】
◆スキル
【魔眼Lv.1】【魔爪Lv.1】【洗浄Lv.5】【料理Lv.9】【収納Lv.8】【言語理解Lv.6】【自動回復Lv.5】
「………んん?」
見間違いかと思う文字の羅列に、私の思考はうまく動かない。
ふと足元の潮溜まりに視線を映した。そこには白布を羽織っている青みがかった銀髪の女の子が、引き攣ったような顔で笑っている。
風に揺らめく海面に映るそれが自分だと認識した瞬間、私は決定的な“モノ”を見てしまった。
私が“それ”に手を伸ばすと、海面の私も同じ様に動き、そして。
「………………ふわふわ……」
私の頭にあるのは、獣耳だった。
「ますたーうるふ」
うるふ、ウルフ、狼…と私の思考は加速していき、再びパネルを見たあとで私はそっと天を仰ぐ。
「め、女神さまぁぁああああ!!」
ぴこんと可愛らしい音とともに、女神様からメールが届くのは数分後。
かくして、私の異世界生活が始まったのだった。