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最後の人狼は代行的日常を綴る  作者: 青犬紳士
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第1話 終了した先

まずは、私の生い立ちから話しましょうか。


私と弟はある冬の日に橋の下で発見された捨て子でした。

大人になり当時の状況を知る人に話を聞いた所、川辺から子供の泣き声が聞こえた事で早期発見へと繋がったようです。

その時にギャン泣きしたのが姉である私…とのこと。

当時推定三歳の私にはその時の記憶は朧げですが、幼いながらに『可愛い弟(推定一歳)共々、こんな所で人生終了してたまるものか』という思いがあった事は覚えています。

そんな私を弟はよく『お人好しで基本的にビビリなのに諦めが悪くて本能的に身体が動く人』と言いました。

その時はそうかな、と首を傾げるだけでしたが。

弟よ、確かにお姉ちゃん、そうだったみたいです。



真っ赤な座席が並ぶ古びた映画館で、それは上映されていました。


『嫌ァア!!』

『逃げろ!!』

『うわぁぁあ!!』


スクリーンに映っているものは沢山の悲鳴をBGMに、大型車が人を巻き込んで私の方へと突っ込んでくる光景。

場所はショッピングモールの駐車場でした。

久しぶりに姉弟で楽しく買い物をしようと訪れた際の、まぁ…事故でしょう。

勿論私も弟も逃げようとしましたが、何という運の悪さか私のヒールの踵がぽっきりと折れその場に膝をついてしまったのです。

そんな私の腕を、弟は見たこともないくらい必死な表情で引こうとしていました。

弟も、もう立派な社会人。

少し無愛想で口が悪いけれど本当は優しくて、料理が苦手だけれど頭がとても良い自慢の弟です。

可愛い可愛い、私の唯一の家族。

私より背が高くなった弟は力も私よりずっと強くなっていました。

……それでも。


『ねえさーー』


間にあわないと分かった私は、渾身の力で弟を突き飛ばしました。

“お人好しで基本的にビビリなのに諦めが悪くて本能的に身体が動く人”ーーうん、やっぱり我が弟は人をよく見ています。

目を見開く弟が駐車場の茂みに隠れる様に消えていく姿を最後に、ドンという重い音で私の人生は終了したのでした。



暗転の後、映像はまるでフィルムを繋ぎ合わせたかのように最初の場面へと戻ります。

これで私が私の最期を見るのは、四十八回目に突入しました。

許されるのなら、もっと楽しい走馬灯を希望したいのですが。

そう、私は死にました…ええ、死んだのでしょう、きっと。

奇妙な状況に困ってはいますが、私はそれを思ったより冷静に受け入れていました。

まぁ流石に私も最初は人並みに人生終了を悲観したり、弟の心配をしたりしましたよ。

けれど此処では、ほんっとーにスクリーンに視線をやる以外にやれる事が無いのです。

何故なら、今の私は頭も指も動かす事が出来ないから。

もっと詳しく言うと、今の私には身体の感覚がありませんでした。

身体を固定されているような窮屈さも、呼吸をしている感覚も無し。

となれば、今現在私は所謂“魂のみ”という状態なのかもしれません。

きっと此処は創作物でよくある天上の国と現世の狭間の世界でしょう。ふふふ。

……なんて、動かせるものが視線以外は思考することしかないもので、答えの無い想像で気を紛らわす事にもいい加減疲れました。

少し前はスクリーンではなく真っ赤な座席の数を数えたりもしていましたが…そもそも私にとって映画館という場所に良い思い出がないため、憂鬱になるばかりです。

私や弟は施設育ちという事もあり、社会勉強と託けて早いうちから色々なバイトをしていました。

その数あるバイト経験の中でも映画館は、なかなかパンチのある現場だった事を覚えています。

詳しい内容は伏せますが所謂ブラック系バイトの苦い記憶が蘇る前に、私は無理矢理思考を切り替えました。

…こんな状態で長々と飽きるほど自分の最期を見せられて、冷静にならざるを得ないでしょう。私だけではないはずです。

それに事故とは言え、結局は自分の判断で人生終了したわけです。そこはもう仕方が無いとも思っていました。

唯一の心残りは弟の安否ですが、確かめる術がない以上どうしようもありません。

車の角度的には弟は巻き込まれずにすんだはず…です。そう信じています。

私自身の死を理解した後は、こうしてただ弟の無事を願っていました。



それでも…それでもまだ!映画は終わりません。あぁ…エンディングプリーズ!

最初は私の気持ちの整理が終われば何かしらの変化があるのかと思っていましたが、スクリーンには未だ延々と映像が垂れ流されているだけです。

そろそろ、本気で退屈でした。

どうせ生前の映像を見せてくれるなら、生まれてからこれまでを見せてくれれば良いものを…。

ため息を吐いてしまいそうです…あ、私今身体ありませんでした。

た、ため息も満足できないなんて…。

このままではいつか精神的に疲れてしまうと、私は多少の危機感を覚えました。

神様か死神様か天使か悪魔か存じ上げませんが、そろそろおいで下さいませ!

これが死後の世界の罰的なものでないのなら、切に切にお迎えを希望します!

と、そう心の中でのため息と上映が切り替わるタイミングが重なりました。

四十九回目の走馬灯が終了しーーそこで初めて、ジジ、とざらついた音が鳴ります。

それは周波数を合わせるような音で、それと共にスクリーンがゆっくりと黒に染まっていきました。

突然の変化に、身体があったなら目を見開いていたでしょう。

久しぶりにスクリーンへと集中した私の前で、それはじわりと現れました。

ぼんやりと映るのは…人影?

カメラのピントを合わせるように何度かスクリーンが揺らぎ、やがて鮮明に映し出されたのはーー山羊の面をつけたスレンダーなブロンド女性と、東洋系美少年でした。



………どなた様?と私は二人を凝視します。

古い洋館のリビングに馴染むように、彼女達はいました。

女性は真っ赤なドレスを着て、滑らかな革張りのチェアに腰掛け華奢なカップを持っています。

黒い手袋に包まれた長い指がカップをなぞる様に動くと、斜め後に控えていた美少年がポットを傾けて飴色の液体を注ぎました。

東洋系美少年は給仕役のようで、黒い使用人服を綺麗に着こなしています。

物憂げに軽く伏せられた夕焼け色の目は、女の私から見ても色っぽいと思いました。

それを満足そうに見た後で、女性はサイドテーブルにある…蓄音機のようなものに触れます。

円盤が回り出し、ブツ、ブツ、と何度か低い音の後に流れた音楽は、聞いたことは無いのに何故か懐かしさを感じるレトロな曲でした。

女性はカップの中身…おそらく紅茶を一口飲み、ふぅと息を吐きます。

顔の上部だけを覆う面は女性の両目を隠していましたが、真っ赤な口紅で彩られた口元が微笑んでいることはいやによく見えました。

そうして女性は、その濡れたように艶やかな唇を開きーー。



『ふふ…悠久の園へようこそ。不運なにんぎゃっ』


………。


『に、にんげん、さん、………』


……………ん?

…え、あれ……今、………噛み…。

…このお姉さん、何か凄い格好つけるべきっぽい台詞で噛みました?


『い、いやぁぁ…っ』


そして顔を真っ赤にして蹲っている!?

さっきまで凄い“出来る女感”が出てたのに…え、えぇ…?


『主、客人の前でその様な…失礼ですよ』


悶えるように身を捩る女性へ、美少年君が見た目の幼さよりずっと低い声で話しかけました。

妙に良い声でしたが、無表情と平坦な話し方が整った容姿と相まって…まるでお人形のようです。

そのせいで、女性側の感情がたっぷり込められた少し高めの可愛らしい声がとても際立ちました。

余談ですが私は別に声フェチではありません。

人より少しだけ耳が良いので、昔から人の声質が気になるだけです。


『だから!だからカンペ用意してってお願いしたのに!したのに!スズが大丈夫だって言うからぁ!』

『申し訳ございません主、ですがほら、笑いは取れてますよ、大爆笑ものです』


ほらほら、と美少年君がこちらへ手を向けて来た事に私は少し驚きました。

この状態でもう何が来てもおかしくはありませんが、もしかしてこれは私に問いかけているのでしょうか。

受話器も何もありませんが、テレビ電話的な感じで…?


『ね、お嬢さん』


…そう、らしいです。

美少年は無表情のまま目で訴えかけていますし、山羊面の女性は顔を両手で覆い指の隙間からちらちらと私の様子を見ています。

…突っ込むべき所は多々ありますが、私はそっと心の中で面白かったですよーと念じました。

すると美少年は頷き、女性を見ます。


『ほら面白かったですって。良かったですね』

『べ、別に笑いを取りたかったわけじゃないんだけど!あぁ…最初はミステリアスな大人の女性でいきたかったのに…うぅぅ…』


そんな裏事情を今ここで話しちゃうんですか…えっと、そんなに落ち込まないで…?


『僕は凄く面白かったですよ』


君はもうちょっと主さんをフォローしようね!?

この良い声の美少年君…さっきから言葉の端々に毒が見え隠れしてませんか気のせいですか。


『う…んん、…こほん!』


何とも言えない気持ちで成り行きを見守っていると、女性は気を取り直すようにひとつ咳を落とします。

やりなおし、深呼吸、って小声で聞こえてますよお姉さん…。


『よ、ようこそ不運な人間さん。ここは私、女神ティティアの神域。貴方は事故で死に、その魂は私が地球の神様から譲り受けました』


…そうなんですか。


『……思ったより反応が薄いわね』

『延々と自分の最期だけを鬼リピしてたら二周三周回って冷静になりますよ。主のイメトレが長かったせいですね、待たせ過ぎです』


え…、あの訳がわからないくらい長い待ち時間は女神様のせいなんですか…?と思っていると女性はぴゃっと肩を揺らして両手を胸の前で合わせました。


『ご、ごめんなさい…その、だって、ここに人間さんをお招きするのは五回目で…やっぱりまずは形からいかなきゃって…』


涙目合掌スタイルの女神様。

その姿に最初の大人なお姉さん感はさらに粉々に砕かれましたが、女神様的に大丈夫でしょうか。

あ、でも謝る時だけ急に弱々しくなっちゃうのは可哀想可愛いので、これはこれで素敵だと思います私。


『かっ!かかか可愛いなんて言われてもももうれ嬉しくないんだからね!!』

『主、ツンデレ乙です』

『だ、黙りなさい!もう話が進まないじゃない!貴方も変なこと言わないでよね!』


怒られました…。いえ、個人の嗜好に偏った余談ですので気になさらず。

話を続けて下さいと念じると、えと、女神ティティアさんは格好を正しました。


『…私は“アレスティア”と呼ばれる…貴方から見れば“異世界”を司る女神よ。私が貴方の魂を譲り受けたのは、貴方に私の世界で“代行者”をしてもらいたいから』


代行者…?と私は返します。


『まずは世界について説明するわ。アレスティアは貴方達の世界でいう所の剣と魔法の世界よ。科学や医学などの発展は著しくなく、王族や貴族や教会が一定の権力を持っている。冒険者や魔族が存在する世界…、分かる?』


何となく想像出来たのは、所謂王道ファンタジー的な世界観でした。


『だいたい合ってるわ。それで、私の管理するアレスティアは世界規模から見ればまだまだ“若い”世界なの』


世界って単語がゲシュタルト崩壊しそうな…と思いながら話を促すように聞く私に、女神様は続けました。


『若いって事は未熟ってことよ。私の役目は、世界がより良くなるように無理なく進化を促すこと。たまに聖職者の夢に出たりもするわね』

『ようするにテコ入れです』

『………ま、まぁ、…そうよ…うん』


咄嗟にテレビのディレクター的な仕事を思い浮かべてしまいましたが、まぁそれは置いておきます。

女神様も言葉を詰まらせながらも、美少年君の言葉に頷きました。

…この二人、いつもこんな感じなんでしょうか。女神様けっこうエグい感じに胃とかやられてませんか。


『ごほん!…それで、より良くするためには現世の様々な事情や状況を確認しなければいけないわ。ただ私自身がアレスティアに降り立つ事は出来ない。神は自分の管理する世界の現に直接関わってはいけないのよ。外側から時代や人に沿うように、緩やかに神の力を流すだけ』


人に関われるのは、先程言っていた聖職者への託宣程度って事ですか。


『ええ、そう。勿論外側から見ても世界の情勢くらいは分かるわ。けれどもっと細かい事を知るのは色々と難しいのよ。…まさか託宣の場でフランクに最近どう?なんて聞けないし』


それは聖職者の方々ぽかんとしちゃうでしょうね…個人的には凄く面白いですけど。

美少年君、僕もそう思いますみたいな顔で頷かないで…勧めてませんから。

私が別の何かと戦っていると、女神様はパンと両手を合わせました。


『そこで…貴方よ!』


山羊面の奥から、じっと見つめられているのを感じます。

私は何となく状況を理解しつつありました。

女神様の言う“代行者”の意味も。


『私は地球の神と契約を結んでいるの。契約内容の一つは、数百年に一度強い魂を譲り受けること。私の神域に送られて来たその魂に“女神の代行者”としてアレスティアで世界調査をしてもらうためにね!』


ばぁん!と胸を張るように腰に手を当てて女神様はそう言い放ちました。





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