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Beyond the muddy night

作者: 鼬リンレ
掲載日:2018/05/05

 言理の妖精語りて曰く、

 希望はない。

 太陽は既に燃え尽きた。

 穢された空気は、着々と肺を蝕んでいく。


 漆黒の空と重たい泥、そして一組の男女だけがそこにいた。

 少年少女は、どちらも体中に泥が纏わりつき沸々と湧き出る冷たい汗で髪は濡れきっている。


 少年は一振りの杖を持っていた。木彫りのそれは、この世界唯一の芸術であった。

 少女は、仄かに光を帯びた赤い石を握っていた。弱々しくも凛々しい光だった。


 消耗していた。

 前進するどころか立っているのも絶え絶えといった様子だった。


 しかし、彼らは進む。


 柔かった掌は、たこがつぶれた痕でいっぱいだった。

 手足の指の何本かは、冷えた泥のせいで壊死していた。


 それでも進む。


 ひたすらに。


 彼らには、ここに至るまでに物語があった。

 この影の海を二人きりで旅する大義があった。


 だが、それらはもう関係ない。


 ただ、進む。

 それだけ。


 どちらも、あの曖昧な地平線の先に世界の曙光があると信じていた。

 今の自分の辛苦になにか価値があると願っていた。


 だが、それらももう関係ない


 ただただ進むのだ。






 もう、何フィーテ歩いたことだろうか。

 ふと純粋な胸にそんなことが浮かんだ。



 いまだ日は見えない。

 空には星ひとつ出ておらず、一寸先の光景も目に映らなかった。


 辛い。

 止めたい。

 もう楽になりたい。



 だが傍で藻掻く相棒のうめき声を聞くと、どんなに辛くても前に進めた。


 それだけが前も後ろも真っ黒な世界において、唯一の宗教だった。



 そして、そのときは唐突にやってきた。


 地平線に光が見え、瞬間目の前が白く染まる。


 世界に光が生まれたのだ。


 黎明。


 少年は、少女の顔を見た。

 少女は、少年を見返した。



 変化は眼だけでなく耳にも現れる。


 歌。

 そう、歌が聞こえた。

 それは天使たちの吹く終末のラッパにも、赤子をあやす子守歌にも聞こえる歌だった。


 そして、彼らは到達する。


 夕焼けである朝焼けに。

 日没である日の出に。


 綺麗だった。


 あらゆる営みがこの朝を形作る為に必要不可欠だったのだと思った。


 少年は言った。


「旅は終わった」


 これは人類最後のことばだった。


 少女は暫く間を置いてこれに頷く。


 二人は感動に浸っていたが、そう長い時間は残されていなかった。


 足元に違和感があったので見てみると、足が塵となって消えかけている。

 そこで悟った。

 新しい世界に、古いもの(私達)はいらないのだと。


 まずは、足。

 次に、胴。


 たまらなくなって、二人は接吻を交わした。

 別に、彼らは恋仲ではなかったが、これでしか伝わらないものを伝えるために。


 胸の内で渦巻いている感情は複雑だったが、不思議と哀感や慄然さは無かった。

 もちろん虚無感はあったが、それは補い合える。

 だから、一番強いのは感謝の気持ちだった。


 “ありがとう“と叫びたい。

 もっと、この気持ちを世界に響かせたいのだ。


 しかし時既に遅く。


 最後には頭すらなくなり、二人の想いは風に吹かれて散った。

 残ったのは、木彫りの杖と朱色の石だけ。それらは、まだ世界に必要だからだ。


 原初の朝日は静かに泥を照らす。いつしか泥は乾き、大地となるだろう。


 渇きに伴って吐き出された水蒸気は雲を作る。いつしかそれは、雨を降らして、大海を作るだろう。


 そこに少年少女の影はない


 別に、彼らが居てもいなくても世界は滅んで、新しい子を産んだのだろう。


 なら、あの旅路に意味はなかったのだろうか。


 未だ、誰もいないその世界ではその問いに答えるものはいない。



 しかし、確かにあったのだ。

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