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4 桜の木の下には頼れる猫が眠っている

 良平と莉乃、それから淳も、昨日と同じ公園にいた。


「淳さん。成仏する方法、わかりましたよ」


「ホントっすか!いやぁ幽霊の体だと色々自由効かないんで困ってたんすよ~」


 淳はいつも通りへらへらしている。


「にしても、自分の未練って、猫にお礼をいってもらうことでしたっけ?全然想像つかなかったっす」


「それがどうやら、違うみたいなんです」


 莉乃は昨日見つけた木の下に歩いていった。木の下にはアイスの棒が刺さっていて

《3がつ13にち サクラのおはか》とマジックで書かれていた。


「サクラ?ハムスターっすかね?金魚っすかね?」


「猫です」


「猫……」


「俺も最初は見えてなかったんです。猫。淳さん、初めて俺と会った時、猫を抱いてたらしいですね」


「そうだったっすかね……」


「幽霊になったら、こっちの物には基本的に触れない筈なので、猫なんか抱くどころか触ることすらできない筈なんです。あくまで俺の考えですけど、淳さんは、猫の幽霊を追いかけて、道路に飛び出したんじゃないですか」


 淳はもうへらへらしていなかった。


「自分が助けようとした猫の名前がサクラで、ここに眠ってるってことっすか……」


「サクラはもともと捨て猫で、ちょうどこの場所で、ダンボールに入れられていたんです。近所の子どもたちがここでこっそり飼ってたみたいです。でもある時、縄張り争いに負けちゃって、この場所で……」


 淳はアイスの棒の前に屈み込んだ。

 すると、木の裏から、一匹の猫が出てきた。サクラである。


「そうか……おまえ、サクラっていうんすね……」


 淳はサクラを抱き上げた。


「淳さんがここにいる理由は、猫にお礼を言ってもらう為じゃなくて、猫がお礼を言う為、つまり、順序が逆だった訳です」


「自分はオマケだったってことっすね」


 表現に違いはあれど、あながち外していないせいで、否定できなかった。


「サクラ……」


「みゃー」


 サクラが鳴いたその刹那、淳とサクラを淡いピンク色の光が包んだ。淳はサクラを抱いて立ち上がると、莉乃と良平に向き直った。


「ありがとうっす。2人のおかげで、安心して成仏できるっす」


「みゃー」


「サクラも事故には気をつけろって言ってるっす」


 莉乃と良平は顔を見合わせて笑った。


「あ、そうだ、莉乃さん。もっと、周りを頼っていいんすよ。結構みんな、助けてくれるもんっすよ。自分とサクラみたいに」


 莉乃は小さく頷いた。


「じゃあそろそろ……」


「みゃー」


 淡い光はやがて粒になって弾けて消えた。サクラの鳴き声だけがその場に残って、地面に溶けるみたいにゆっくりと聞こえなくなった。


◇◇◇


 帰り道、良平は、莉乃を家まで送っていた。


「莉乃の本が無かったら気づかなかったかもしれないな」


「これ、先輩も読んでみますか?」


 莉乃が鞄から取り出したのは一冊の本。


梶井基次郎《檸檬》


 檸檬は幾つかの短編からなる短編集で、その中の有名な作品に《櫻の木の下には》というのがある。その冒頭部分で「桜の木の下には屍体したいが埋まっている」という文がある。莉乃は、近所の子どもの話を聞きながら、この文を思い出していた。


 実際にサクラが埋められていたのも、桜の木だった。4月の下旬に咲く桜で、緑萼桜りょくがくざくら、別名ミドリザクラと呼ばれる種類の桜である。若草色の萼に、小さな白い花をつける。


「そういえばさ、淳さんから色々聞いちゃったんだけど……」


「先輩ならいいですよ別に」


「ならよかった。でさ、一個言っときたいことがある」


「はい?」


「お前、胸無くたって普通に可愛いと思うよ」


「え」


 ちょうど莉乃の家の前だった。


「じゃあな。また明日」


 莉乃は何を言われたのか飲み込めないまま良平を見送った。家の中に入ってから、ようやく全部飲み込んだようである。


「先輩のばかああぁぁぁっっ!!」


「ちょっと莉乃!うるさいわよ!」


 この後ちょっとだけ怒られた。


◇◇◇


 莉乃を家まで送り、ついでに家の中から聞こえる莉乃の咆哮を流した良平は、来た道を戻って公園まで戻ってきていた。昨日莉乃といたベンチには、灰色のパーカーを着たその人がいた。


「2ヶ月ぶりかな」


「昨日会ったはずです」


「あれは会ったとは言わないだろう?」


 良平は黙った。


「前回ちょっと喋りすぎて怒られてしまったからね」


「上下関係でもあるんですか」


「あるけど、まあ、前回は同僚にね」


「芹澤のこと、お礼を言いたかったんです」


「あれは僕の我が儘だ。君にお礼を言われるいわれはないよ」


 良平はそれでも頭を下げた。しかし顔をあげたときその人はもうどこにもいなかった。


 その時良平のスマホが軽く振動した。莉乃からの着信だった。


「もしもし……」


『先輩のばかああぁぁぁっっ!!』


 スマホをだいぶ耳から離して莉乃の絶叫と説教を聞いた。

 信頼してくれているという証だなと良平は勝手に思った。もし莉乃が自分を頼ってくるようなことがあれば、ちゃんと協力してあげたいと思うし、自分も何かあった時は莉乃を頼ろうと思う。

 それでも不安になるのなら、またここに来ればいい。


 猫は人ではなく家に懐くと聞くが、サクラは既に死んでいる自分を助ける為に命を落とした淳にお礼を言う為に、ここに留まったのだ。だとすればサクラはどの猫よりも義理堅い猫だったに違いない。

 何かあれば、サクラも猫の手を貸してくれるだろう。


 桜の木の下には頼れる猫が眠っている。


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