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ゴースト・バレンタイン  作者: サトウイツキ
最終章 12月の話
42/43

12 芹沢果穂

 「君は、どこまで知ってるのかな? 良平くん」


 目の前にいる彼女は、良平の知る、相楽莉乃という少女ではなかった。見た目だけで、外観だけで判断するというのであればそれは紛れもなく莉乃だが、中身が違うようだ。莉乃の中に入っているのは、良平のよく知る人物、芹沢果穂だった。


 去年のバレンタインの数日前、幽霊である果穂と良平は出会った。もともとクラスメートではあったが、ほとんど面識の無かった2人が、バレンタインというイベントを通じて繋がった。


「さあ。でも、芹沢がここにいるってことは、黒幕はお前なんだろ」


 良平は答える。

 感動の再会、という訳にもいかなかった。彼女の身体は莉乃のものに間違い無いし、黒幕と呼ぶべき相手は、おそらく彼女なのだから。


「黒幕だなんて、やだなぁ。私はあの子に協力した、だけ」


 紗英の計画の中には、いくつもの不確定要素があったはずだ。それを確実にしたのが、果穂の存在なのだ。紗英に協力しただけというのが本当ならば、紗英の父親の計画を可能にしたのは、別の人物なのだろうが、今はそれは重要ではない。


「そうかい。もしよかったら俺の記憶を返してくれるかな」


「良平くんはそんな風に言う子じゃなかったのになぁ。でもいいよ。返してあげる」


 果穂はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

 瞬間、忘れる筈もない、たった数分間の記憶が良平の中に呼び起こされていく。


 タイヤの擦れる音、血に染まる視界。そして、自分のとも思えない悲鳴。


 軽い頭痛と共に意識は教室に戻っていく。


「どう? 思い出した?」


「ああ。これ以上無いほどはっきりな」


「えへへ。一回は成仏したと思ったんだけどね。気づいたらまたここにいた。そのうちに、色々できるようになったんだ。そうそうそれから……」


 人差し指を口元に当ててあれやこれやと語ろうとする果穂は、乾いた音を聞いてそれを止めた。


「なんのつもりかな。折角また会えたのに」


 良平の手には、白銀の拳銃が握られていた。不思議な模様の装飾が、妖しげに光る。


「できればこれは使いたくない。全て話してくれ」


「使わせないよ」


 声と共に、拳銃は四散した。

 まるで一瞬で全てのネジを抜かれ、内側からバネ仕掛けで破裂するように、拳銃はただのパーツになって床に落ちた。ガチャガチャとおもちゃのような音がする。


「なんだ。やっぱり時間稼ぎじゃないか」


 良平は一歩踏み出して、黒い物体に手を置いた。


「目的は3つ。莉乃の排除と、俺との再会。そして、方舟計画の遂行だ。はじめの2つはもうクリアした。芹沢がこれを破壊するのは、3つ目の目的を達成するためで、おそらくそれには時間がかかる。破壊したのは、時間稼ぎだ」


「分かってて、何もしないのね」


「莉乃を人質にとられている」


「まるで犯罪者じゃない」


 違う、という言葉は咄嗟に出なかった。噛み砕いて、一度闇に溶かしてしまっても、それは嘘のような気がした。ただの偽善ような気がした。

 果穂は一瞬悲しそうな顔を浮かべて、近くの机に置いてあった拳銃に手を伸ばした。


「これ、ただの武器だよ。人を殺す、武器」


 装飾は無かった。

 黒いスーツの男たちが持っていたものと同じだ。金属の弾丸を放つ、ただの武器だ。


「これを良平くんに向けても、私の頭に向けても、きっと結果は変わらない」


 果穂は、そう言いながら拳銃を良平に向けた。

 小一時間で、何度も銃口を向けられたのはもしかしたら生まれ変わってもこれが最後かもしれない。慣れてしまったと言えばそれは嘘だ。ただ、それは立ち止まる理由にはならない。


 良平は、果穂を視界に捉え、歩いていく。


 しかし、それはほんの一瞬だった。気がつけば拳銃は、良平の頭の後ろにあった。果穂は拳銃を握った腕を伸ばしたまま、良平に抱きしめられていた。


「撃てないこと、知ってた癖に……」


「ちゃんとお礼が言いたかった。チョコレート、ありがとうな」


 涙を堪える果穂は、いたずらっぽく笑った。


「今回は、それが聞きたかったんだと思う」


 良平は、右手に握った黒い拳銃で、果穂の身体を撃ち抜いた。


◇◇◇


「うぅっ、先輩……?」


 それから莉乃の意識が戻ったのは、そこまで時間はかからなかった。


「おはよう。莉乃」


「あの、状況は、大体分かってます。それから、あの黒いの、あと1時間しか、ないと思います」


 方舟計画の根幹となる機械があれならば、起動したとき、全人類は、死ぬ。


「あれを、どう壊せと……」


 黒い塊は、金属とも、岩ともつかない不思議な物体だった。触っただけの感触は、白銀の拳銃にも似ていた。

 どうしたものかと途方に暮れていると、反対側の扉がガラリと音をたてて開いた。


「私なら、できるけれど」


 挫いた足を庇うように壁にもたれていたのは、紗英だった。緩くウェーブのかかった髪が、月明かりに揺れる。


「ただし、条件がある」


 良平は莉乃を抱き留めたまま、紗英の言葉に耳を傾ける。


「どちらかっていうと、莉乃ちゃんに。少しだけ、貴女の王子様を貸して欲しい……」


 莉乃は弱々しく立ち上がると、良平と紗英の間に入るように立ちふさがった。


「何を、するつもりですか」


「別に何って訳じゃない。ほんの少しでいいの、だから、お願い」


 対等な交渉の筈が、もはや紗英たった一人の懇願のように思えた。良平は莉乃をおさえて前に出ると、紗英に近づいていった。


「……さようなら」


 しかし紗英は何をするという訳でもなく、すれ違いざまに良平にそう伝えると、黒い機械に向かった。機械に手を触れると、紗英は早く行けと言わんばかりに莉乃を追い払い、扉を閉めてしまった。


「後は任せよう」


「先輩が、そう言うなら……」


 良平は莉乃に肩を貸し、ゆっくりと階段を降りていく。


 グラウンドに出ると、木村や小瀧。安達と郁美も、まるで2人の帰りを待つように立ち尽くしていた。木村はいち早く2人に気づき、駆け寄っていく。


「おい、大丈夫か! ってその包帯、どうしたんだよ」


 木村は莉乃を見て驚愕しているようだった。莉乃の事故を知っていたのは、良平と紗英だけだった。


「葉山君は? どこに……」


 もう一人の人影を探す安達だったが、突如頭上で聞こえた爆音と爆風によってそれは中断された。


 空き教室だ。


 ついさっきまで、3人がいた教室だ。


 ガラスの弾ける音、コンクリートの砕ける音。熱風が、グラウンドに吹き付ける。目を覆う程の光と熱が、思考さえも奪っていった。 

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