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ゴースト・バレンタイン  作者: サトウイツキ
最終章 12月の話
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11 彼女

 泣き崩れてしまった紗英を支え、かける言葉を探した。


 大丈夫か?


 全て話してくれ。


 俺はお前の味方だから。


 どれも違うような気がした。きっと、こんな風に考えている時点でそれは、本当の言葉ではないのだ。ただそれでも、言葉を探さなければいけないし、もし見つけられなくても、最適解でなくても、声に出さなければ、何も始まらないのだ。


「良平君は、優しいね」


 紗英は牡丹雪が降り出したように、ぽつりぽつりと話し始めた。


「お父さんがおかしくなり始めたのは、多分、お母さんが死んじゃってから。変な宗教にはまりだしたんだと思ってたんだけど、少し違くて、お父さん本人が教祖になってたの。もう、笑っちゃうよね」


 紗英の中に笑顔は無かった。


「お父さんが始めたのは、献身会っていう宗教。親戚は、そのうち収まるだろうって遠巻きに見てた。そうやって放っておいたら、どんどん信者が増えて……あの渡辺って人も、熱心な信者だったみたい」


 思い出そうとすると、酷い頭痛と、悪寒が体を走った。彼は、渡辺は、良平がその手で命を奪ったのだから。


「ごめん」


 咄嗟に出た言葉だった。紗英と渡辺が知り合いであったことは確かだろうし、なにより、人を殺してしまったことに対して、自分が耐えられなかった。誰に対しての謝罪だったかは、良平でさえも、よく分からなかった。


「良平君は謝ることないよ。きっと、それがあの人の望みだったんだろうから」


 紗英は続けた。


「献身会の基本理念は魂の解放。肉体という檻から、魂と解き放つ。お父さんは、何らかの技術でそれを実現できる状態にあるの。この間のトラック事故は、その予行練習。場所を指定したのは、私。お父さんに協力したいって言ったら、私の意見なんてすぐに通ったわ」


「どうしてあの場所にしたんだ?」


「簡単よ。あの子に死んで欲しかったから」


 紗英は、もう隠さなかった。

 それは、彼女なりの贖罪だったのかもしれない。たとえそれが、もう取り返しのつかないことだとしても。


「……莉乃のことか」


「そう。私は良平君達が休日に出掛けるのを知っていたから。確証はなかったけれど、私個人の計画は成功した」


 こみ上げる衝動を、拳の中と奥歯で殺した。


「彼女は意識不明の重体。事故の関係者も皆幽霊になって、計画は大成功。良平君が調べに来る事も分かってたよ。だって幽霊が視えるんだもの。誤算だったのは、良平君もこれを持っていたこと」


 手こそ伸ばさなかったが、紗英は自分の足下に転がる黒い拳銃を捉えていた。バレルには、良平が持っている白銀の拳銃と同じ装飾が施されていた。これが幽霊トリガーであることは、それを見ればすぐに分かった。


「それできっと、渡辺さんも、感化されちゃったんだと思う。こんな妙な事に、良平君を巻き込んだ。まあ、他の人達は良平君が巻き込んだんだけど」


 紗英は皮肉を込めてそう笑った。

 感情を支配する、人を殺す為だけの道具。正規品と呼ばれたそれは、もはやただの兵器に成り下がっていた。体から魂を追い出すだけの試作品と異なり、その弾丸で魂を破壊してしまう正規品。


「良平君は頭がいいから、こんなところすぐに分かっちゃうのにね。きっとこの後だって、どこに行けばいいか分かっているんでしょう?」


 紗英は笑みを浮かべたまま、良平の首に手をまわした。

 目の前にいるのは、ただ一人の少女で、まるで映画のワンシーンだった。


「一つだけ聞きたい。どうして、莉乃を……」


「ほんとう、そういうところばっかり鈍感なのね。簡単なことなのに」


 手を背中に延ばし、顔を近づけるように抱きしめた。まるで、これが最後と言わんばかりに。


「……貴方が、欲しいからよ」


 耳にかかる吐息が熱い。

 お互いの心臓の鼓動が、まるでシンクロしていくかのように早くなる。


 他人からの好意がこんなにも暖かいものだったかと、拳銃を握っていた手が冷える。

 熱い吐息も、高まる鼓動も、真っ直ぐな想いも、良平には、役不足だった。少なくとも良平だけは、そう思った。


「ごめん。紗英の気持ちは、受け取れない。それに、人を待たせている」


「うん。知ってる」


 紗英の頬を涙が伝った。


◇◇◇


「私は足を挫いちゃってるから。ここまででいいよ」


 紗英はそう言って、良平の肩から降りた。

 屋上につながる狭いスペースには、細かい鎖が散らばり、仄暗いばかりの空気が辺りを覆っていた。


「全部終わったら、また迎えに来るよ」


 良平は、まるで呟くようにそう言って階段を降りた。

 ただ一人残された紗英は、冷たい壁にもたれて、ありもしないどこかを眺めている。


「貴方は、私を死なせてもくれないのね」


 紗英の足下には、もう拳銃は転がっていなかった。


 良平は、冷たい廊下を歩いていく。

 鳥の声も、風の音も聞こえない。窓が震える音さえも、何かに抑えつけられているようだった。静かすぎる、なんて思ったのは、今に始まったことでは無かったが、良平の心を落ち着かせ、考えをまとめるのには、いささか出来過ぎているような気さえした。


 良平は、静寂を切り裂いて、空き教室の扉を開けた。


 月明かりに照らされる空き教室。

 しかし良平の知る空き教室はもうそこにはなかった。埃を被った机や椅子はどこかに片づけられ、筒状の黒い物体が、教室の大半を占めていた。黒い物体は、まるで機械という感じもなく、ただの巨大な岩か、それ以上のオーバーテクノロジーで作られているようにさえ思えた。


 そうして目に入ったのは、窓際に立ち、弱い月明かりを浴びる少女。


「こんばんは。先輩」


「こんばんは」


 少女は外を眺めたまま、良平に声をかける。


「やっと自分の身体に戻れたんですよ。これでまた先輩とデートができます」


 肩まで伸びた飴色を混ぜたような髪、背は小さいが、女性らしさを感じさせるフォルム。紛れもなくそれは、莉乃だった。


「久しぶりだね。そうだな、強歩大会以来かな」


「1週間前にも、会ったんだけどな。まあその時は、私が忘れさせちゃったんだけど」


 莉乃は小さく呟いた。

 良平はその笑みに見覚えがあった。というより、今まで考えていた事が、確信に変わっていく。


「こんばんは。芹沢」


「こんばんは。良平くん」


 彼女は、いたずらっぽく笑った。 

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