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4 ゴーストバレンタイン

 良平はコートも着ずに家を飛び出した。相棒の自転車に乗り込むと、思いっきりペダルを踏んだ。向かう場所は、学校。焦ってペダルを踏むせいで、何度も倒れそうになるが、地面を蹴って体制を立て直し、ペダルをこぎ続ける。


 今までの何倍もの速さで学校に着いた良平は、自転車を投げ捨て、玄関に走った。

 鍵がかかっている、はずだった。しかしなぜか今日に限って鍵はかけられていなかった。それどころか、良平が扉に触れた瞬間、扉は勢い良く開いた。

 普段なら、驚愕して腰を抜かしていたかもしれない。しかし今は、扉が開けば、それで良かった。


 誰もいない校内を走り、調理室に向かう。


 扉は、ひとりでに開いた。


 しかしそこに芹澤の姿は無かった。良平は他のものには目もくれず、別の場所に走り出した。


 もしかしたら、今の自分に芹澤は見えていないのかもしれない。もしかしたら、さっき調理室にいたのかもしれない。それでも良平は、芹澤を探した。

 あの無邪気でいたずらっぽい、もう誰も見ることのできないあの笑顔を。


 中庭に着いたとき、良平は肩で息をしていた。


 つぼみのままのフリージアと、それを見つめる1人の少女。


「芹澤……!」


「良平君、きてくれたんだ……」


「芹澤、お前、俺のこと……」


 そこまで言った時、良平の口に芹澤の人差し指が当てられた。良平は思わず口を噤む。


「待って」


 良平は小さく頷いた。

 芹澤はそれを見てふふっと笑顔を見せた。


「私ね、今なら魔法が使えるの。見てて!」


 芹澤は屈むと、つぼみのフリージアに手を触れた。すると、固いつぼみだったフリージアが、丸みのある可愛らしい花びらを開き、開花し始める。まるで、タイムラプス動画を見ているかのようだった。

 芹澤は、間隔を空けてつぼみに触れていく。触れられたつぼみから、水の波紋が広がるように次々と開花し、ほんの一瞬の間に、すべてのフリージアが開花した。

 辺りにフリージアの甘い香りが漂い始める


「えへへ、すごいでしょ」


 良平は見とれていて、何も言えなかった。次々と開花するフリージアにではない。その花の中にいる、1人の少女に見とれていた。


 芹澤は軽いステップを踏んで良平の前まで来ると、くるりと一回転した。


 刹那、辺りが黄色いフリージアの花畑に変わる。


 辺り一面どこを見渡しても、そこにはどこまでも続く黄色いフリージアが咲き誇っていて、空は金色に輝いていた。


「ねぇ良平君。前に、なんでフリージアが好きか、って聞いてきたよね」


「ああ」


「フリージアはね?寒いのがあんまり得意じゃないの。でもね、その寒さに耐えて、今くらい時期になると、こうして綺麗な花を咲かせるの。まぁ、今回は私が無理やり咲かせちゃったんだけど」


 芹澤は続けた。


「私さ、あんまり頭良くないから、この学校入るのにすごい苦労したの。頑張って、勉強して、やっとこの学校に入れて、友達もたくさんできて、好きな人もできた……だから私とこの子は似たもの同士。それで、フリージアが好きなの」


 芹澤が言い終わるのを待っていたかのように、芹澤の足元から、光の粒が漂い始める。その光の粒は、確かに芹澤の体から発せられていて、光が出る度、芹澤の姿が薄れていく。


「そろそろ時間切れみたい……」


 芹澤は自分の体を見て言った。


「待ってくれ!芹澤!俺はまだお前のチョコ食べてない!」


 良平は手を伸ばす。しかし消えゆく芹澤の姿に触れることは叶わない。


「それに関してはホントにごめんね。良平君、チョコ嫌いだったんでしょ?」


「違う!それは、変なチョコが嫌いなだけだ!」


「良平君は優しいね。でも、ちゃんと受け取らなきゃダメだよ?贈った人の気持ちがこもってるんだから」


 芹澤は笑った。

 良平の頬を涙が伝う。気づけば、花畑全体から光の粒がでている。このままでは、花畑ごと、芹澤も消えてしまう。


「芹澤っ!俺は!」


「……」


 良平の言葉を遮るように、芹澤が言葉を発した。時間が止まればいいと思った。この瞬間を、ずっと留めておきたかった。


◇◇◇


 良平は、地面に崩れるようにして泣いていた。


 満開になった花はやがて枯れ、その花を落とす。しかしそれは、その花の死ではない。次の世代に種を残し、また新たな美しい花を咲かせるための通過点に過ぎない。


 良平はゆっくりと立ち上がり、帰路に着いた。


 途中、廊下での天井に、センサーがついているのを発見した。何か反応があれば、警備会社に連絡が行くようになっているはずだ。良く見れば、それはいたるところに設置されていた。なぜ今まで気がつかなかったのか、そして今も尚反応が無いのはなぜか。これが芹澤の言っていた魔法なのだろうかと良平は思った。


 何の用があるわけでもなく、良平は調理室に立ち寄った。最初来たときには気がつかなかったが、窓が開いていて、夜の涼しい風が入ってきていた。


 テーブルの上に何かが置かれている。良平はそれを拾い上げた。それは、芹澤が手作りしたという《ラリックマ》のキーホルダーだった。


「世話になったな」


 良平が語りかけるのを待って、窓側から声がした。


「ラリックマ、どこが可愛いんだろうね」


 良平はハッとして振り向くと、窓の枠に腰掛けるようにして1人の男性が座っていた。黒っぽいコートに皮の手袋をしていた。外を向いているので、顔は分からないが、声を聞く限り、男性である。


「僕の妹がね、大好きなんだよ、それ」


「そうなんですか」


 良平は、この人が普通の人間でない事に薄々気づいていた。不法侵入者である良平に対して咎めるような態度を見せなかったし、さっきまでこんな人いなかったはずだ。


「何者ですか」


「核心をついた質問をするね。僕は死神。仕事でここに来た、と言えばわかるかな?」


「芹澤のことですか」


「そう」


 死神は淡々と答えた。


「本当はダメなんだけどね。知り合いに似てたから……」


「芹澤をこの世につなぎ止めてたのはあなたってことですか」


 死神は頷いた。

 センサーが反応しなかったのも、扉が勝手に開いたのも、この死神の仕業だった。


「ともかく、これは彼女からのバレンタインデープレゼントだ」


 そう言って死神は、良平に紙袋を渡してきた。

 開けてみると、中には一昨日自分が作ったチョコが入っていた。良平は自然と笑みがこぼれた。礼を言おうと顔を上げた時、そこに死神の姿は無かった。


 良平は、さっきまで死神のいた場所に腰掛けると、チョコを口に入れた。チョコは、甘くて、苦くて、ほんの少し知らない味がした。


 良平は忘れないだろう。幽霊の芹澤果穂と過ごした、この数日間ゴースト・バレンタインを。

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