9 仲間
放たれた金属の弾丸は、天井に当たって弾かれた。かちゃんと音がして、どこかに転がった。
「ダーリンは空手やめちゃったけど、小瀧は続けてたんだからっ!」
高く上げられた右足が、拳銃と腕を弾き上げ、弾丸の通り道を宙に反らしたのだ。
「良平! ともかくここから離れろ! ここは俺たちがくい止める!」
振り向きざまに木村が叫ぶ。
まるでマンガの世界だった。ここは任せろ、なんて台詞をこんな緊迫した状況で言うことになるとは、思ってもいなかった。
良平は、もはや戸惑わなかった。意識を拳銃がよって少し強引なものにされていたとはいえ、こんな訳の分からないことに引っ張り込んで、ここまでついてきてくれた仲間だ。
その思いを、無駄にはしない。
「分かった。事が終わったら外で集合だ」
「おうよ!」
腕をさすって痛みに耐えているスーツの男を後目に、木村は答えた。
良平は、木村と小瀧を除いた4人で、反対側へ走った。
目的地もわからず、ひたすら走った。木村と小瀧からできるだけ離れるように。微かな月明かりだけを頼りに、無限にも続くかとも思える暗闇の中を走った。
まっすぐ行くと階段がある。右へ曲がると、職員室と、その奥に保健室がある。途中にある職員玄関は、鍵がしまったままになっていた。
階段を2つ上がり、廊下を1つ走ったところで、歩調が弱まった。
紗英と安達がギブアップしたのだ。これ以上走るには、少し休憩しなければならないだろう。
「はぁっ……はぁっ、そろそろ、いいんじゃないか……」
その時だ。
すぐそばの教室の扉から、漆黒の腕が伸びてきて、紗英の首根っこを掴んで引きずり込んだ。
「きゃあっ!」
咄嗟に振り返ったがもう遅い。紗英の首にまわされた漆黒の腕、こめかみに突きつけられた鈍く光る拳銃。
「おっと。動くなよ」
どこかで待ち伏せされている事を考えなかった訳じゃない。しかしこれはあまりにも突然だった。
黒いスーツの男は、紗英は捕まえたまま、後ずさりしながらゆっくりと教室に戻って行く。
「良平君は、先に行ってて」
その言葉を最後に、紗英は闇に連れ去られた。下手に追いかければ紗英の命がどうなるか分からない。
「くそっ……」
誰かの感覚では、もう1時間以上経っていた。
そしてそれもまた唐突だった。
たった一発の銃声が、教室から聞こえた。それからパシャンという、薄いガラスの砕ける音もした。
咄嗟に教室に飛び込む。
拳銃を握ったまま立っている黒いスーツの男。弾丸によって砕かれたであろう窓ガラス。薄明かりが差し込み、冷たい風がカーテンを揺らしていた。
「てめえら!」
黒いスーツの男は激昂し、良平に向かって発砲した。しかしそれはドアの縁に当たってはじけた。
「長谷川君。葉山君はおそらくこの教室にはいない。ここは僕でなんとかするから、葉山君を探し出した方が……」
安達の肩に、郁美が手を置いた。
「もやし先輩じゃ無理です。私も行きます」
いつの間にそんな憎まれ口を叩くような間柄になったのかといえば、良平はそんなこと知る由もない。
「誰か出てこいよぉ!ぶち殺してやらぁ!」
怒号が聞こえる。人質に逃げられたことにそんなに怒っているのだろうか。
「君は早く行け。幸い、なんとかなりそうだ」
その自信も根拠も、良平には分かり得ない物語だったが、安達が言うのであれば、という妙な安心感があった。意味もなく信じられた。
良平は、音もなく走り出す。いつだったか、学校に侵入したときの事を思いながら。
あの時は、彼女の。芹沢果穂のチョコレートを作る為に、ここに忍び込んだのだ。
そう。芹沢果穂のために。




