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ゴースト・バレンタイン  作者: サトウイツキ
最終章 12月の話
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8 深い闇の向こうの乾いた空気

 突如暗闇の中に放り込まれたように思われた良平だったが、ほどなく意識を取り戻した。


「りょうへいくん、大丈夫?」


 真っ先に飛び込んできたのは紗英の顔だった。

 緩いウェーブに長いまつげ。薄い唇が、すぐそこまで迫っていた。


「ごめん。俺あんまり、覚えてなくって……」


 起き上がり、周りを見渡す。グラウンドにきてからまだそこまで時間は経っていないようだった。安達と木村が怪訝な顔つきで学校の方を睨んでいる。


 軽い頭痛とともに起き上がる。

 小さくため息をついたが、それでつっかえていた感情が溢れ出した。


 憎悪、怒り、躊躇、悲哀、ありとあらゆる負の感情が、体からなだれでる。


「なんで、なんで今まで。感じなかったかったんだ……っ!」


 銃の引き金に指をかけてからの記憶が、徐々に蘇っていく。

 奪われた怒り、愚か者への憎悪、引き金を引くことへの躊躇、人を殺した、悲哀。しかしそれは、たった今になるまで、全く気がつかなかった感情だった。


 目線の先に、白銀の拳銃が映る。


「お前は、感情を食うのか?」


 紗英には聞こえない声で言った。

 ゆっくりと立ち上がり、それを拾う。


「またそれを使うのはお勧めしないなっ」


 紗英が袖を掴む。


「少し使い方を間違えた。次は気をつけるよ」


 無理やり笑みを貼り付けて、拳銃をポケットにしまった。先に目をそらしたのは良平だ。

 同じ方向を睨みつけている木村と安達は声をかける。


「なにかあったのか」


「ああ。さっきからグラウンドにトラックが入ってきて、何かを学校を運び込んでる」


 よく見れば、2台のトラックが入り口付近に雑に止められていた。荷台の扉が開いていて、中から巨大な機械を運び出している。


「なあ、あの人達と戦うんなら、突入するのは学校だよな」


 木村はやっぱり楽しそうだ。


「木村君、楽しいのかい?」


 安達の問いに、短く「ああ」と答え、木村はトラックを見ていた。


「けどな」


 木村はそのまま続ける。


「小瀧を巻き込むのは勘弁だ」


 郁美と肩を寄せていた小瀧が、はっとしたように木村を見据える。


「こういうの、楽しいよな。まるで漫画の世界だ。けどな、ヒーローってのは、ヒロインを戦場に連れてきたりしねえんだ。待ってろよ、って自分だけで危ねえことをしでかすのがヒーローだ。俺は適当なところで小瀧と降りるぜ」


 木村は小瀧に向かってグッドサインを出した。


「分かった。それで構わない。さっきまで俺はどうかしていたみたいだからな」


「おうよ」


 木村と良平はハイタッチと同じように、固く手を握った。


「2人とも、悪いんだけど、人が全員中に入ったみたいだ。突入するなら、今だ」


 走れるか、なんて聞くまでもなかった。走らなければ、いけないのだから。何をしでかすか分からない連中なのだから。姿を見られたら何をされるかわからない。


「行くぞ!」


 乾いた空気、凍り付きそうな空、無限に続く暗闇を追い越して、進め、進め。グラウンドの砂を蹴る音だけが辺りに響く。荒い呼吸さえも、闇に溶けて消えた。


 昇降口のガラス扉に飛び込むように、校舎のすぐ側まできた。壁に手を突いて、息を整える。


「見つからなかったみたいっすね……」


 ほとんど息切れを起こしていない辺りをみると、郁美はやはり、陸上部員なのだ。紗英や小瀧はその場にへたりこんでしまっている。短距離走に自信はない。

 郁美の言うとおり、まだ見つかってはいないようだ。見つかっていたとしても、少なくとも今は、敵はここにはいない。


 扉は開けっ放しになっていた。単に閉め忘れたのか、その必要があるのか、あるいは、学校に招き入れるために、意図的に開け放っているのか。どちらにしてもこれは好都合だった。この厚いガラスを割るには、少し骨が折れそうだ。

 木村は小瀧に手を貸して立ち上がらせ、紗英は良平が起こした。


「さすがに、遠くから狙撃、なんてことはないだろうけど、固まっていよう。あいつらはどこへ行ったかな」


 暗い校舎内を見渡す良平だったが、不幸なことに、すぐそこを曲がってきた黒いスーツの男と、目があってしまった。


「なっ!」


 誰がその言葉を発したかなんて、最早どうでもいいことで、誰かがアクションをとる隙もなく、黒いスーツの男は、素早く銃を構えた。おそらくそれは冗談なんかじゃなく本物で、きっと銃口からは鉛玉が飛び出す。ただの人を殺すための道具だ。

 男はそのまま、ゆっくりと近づいてくる。


「ガキを殺すのは趣味じゃない。さっさと投降しろ」


「なら、銃を向けないでくださいよ」


 精一杯の笑顔を作って、スーツの男と対峙する良平。口の中が乾いてベチャベチャだ。心臓が警告を発するように力強くバイブレーションする。


 しかしスーツの男は足を止めない。


「投降しろ」


「それは、できません」


 残念なのか、殺す、という意思表示なのか。スーツの男はフッと笑った。

 鈍く光る引き金に、指をかけたその瞬間。


「はぁっ!」


 良平は素早く屈む。

 まるで見えていたかのように、真後ろに立っていた木村の右足が大きく旋回して、拳銃を握った手を蹴り飛ばした。拳銃は宙に投げ飛ばされ、更に飛び出した小滝がそれをキャッチした。


「お前ら、調子に乗るなぁっ!」


 叫びながら殴りかかってくるスーツの男を木村は寸前でかわし、足をかけた。つまづいて体制を崩したところで、襟と腕をつかみ、豪快に床に叩きつけた。


「ガキがぁ……」


 低く鈍い音がして、男は戦意を失ったようだった。


「わりぃな。おっさん」


 スーツの男を押さえつけ、身動きをとれなくする木村。しかしその背後に影が忍び寄る。

 もう一人。もう一人いたのだ。黒いスーツを身につけた男が、そこに立っていた。懐から取り出した拳銃を、音もなく突きつける。


 良平が気づいたときにはもう遅い。


 乾いた音が辺りに響いた。

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