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ゴースト・バレンタイン  作者: サトウイツキ
最終章 12月の話
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7 対価

 良平はスマートフォンを取り出した。電話の相手は木村だ。


「もしもし。何も言わずに学校の校庭まで来てくれ。小瀧にもそう伝えてほしい」


 無機質な声で、良平は電話をかけた。


『どういうことだ?』


「もしかしたらお前たちに危険が及ぶかもしれないんだ。みんなで固まっていたほうがいい」


 通り過ぎるようにビルを抜ける。スマートフォンを右耳に当てたまま、人の多い道に出る。


『お前、何かしたのか』


 少し考えて、良平はふっと笑って足を止めた。

 立ち止まったのは、考え事をするためじゃない。目の前からやってきた、黒いスーツに身を包んだ2人組がこちらを見ていることに気がついたからだ。気のせいでも、勘違いでもない。献身会のメンバーだろう。こんな人の多いところで、と思ったのはほんの一瞬。目的とやらのために赤信号に特製のキラートラックを突っ込ませるような連中だ。何をしでかすか分かったものじゃない。

 電話の向こうでも同じ事が起こるのかもしれないと思うと、この選択はやはり間違っていたんじゃないかとも思うが、きっと、彼らなら、立ち向かえる。根拠の無い自信が良平の口角を上げた。

 スーツの男とすれ違う瞬間。良平は、鋭く研いだ言葉を、おどけたように放つ。


「まだ、何もしてない」


◇◇◇


「おい! どういうことだ!」


 木村はスマートホンに向かって叫ぶが、帰ってきたのは何発かの銃声と、恐怖に満ちた民衆の声だった。


『俺じゃなきゃ直接手を下すことはないと思うが、念のためだ。外を確認してから来た方がいい』


 困惑が臨界点を越えた。

 木村の場合、ここまでくると、なぜだかおもしろくなってきてしまう。

 思うに、良平はなにかをやらかしたのだ。銃を持った奴を敵に回すくらいの何かを。暴力団かもしれないし、マフィアかもしれない。今年に入ってからの良平は、なんだか生きる気力満ち溢れている。よくよく聞いてみれば、近所の子供たちと仲良くなったり、後輩の悪い友達を倒したりだとか、あちこちで色んな話を聞く。幽霊が見えるというのも聞いたが、あれは嘘じゃない。


「わあったよ。小瀧にもってことは、安達もか?」


 銃声はもう止んだ。コンクリートを蹴り走る足音と、ガサガサと風を切る音がする。


『物わかりがよくて助かる。安達にもよろしく伝えてくれ。どこまでが友達認定されてるのか分からないが、紗英と郁美には俺から連絡する。後は頼んだ』


 返事をする間もなく、通話は終了した。

 それとなしに、カーテンをずらして窓から外を見てみる。家の前の道に、見慣れない黒い車が止まっていた。誰の趣味か知らないが、外車であることは確かなようだ。


「あれが、良平の……敵?」


 さっさと別の窓から逃げようとしたがもう遅い。黒い車に乗っていたスーツの男と目があった。

 死にそうな蛙みたいな声がでた。


「やることが早いっつの!」


 急ぎ小瀧に電話をかけ、防寒着を羽織った木村は、反対側の窓から飛び出した。


「こりゃあ、忘れられない冬休みになるな」


 木村はいつも通り笑顔だった。


◇◇◇


 良平が学校についた頃には、もう日が暮れようかという時間帯になってしまっていた。冬休み真っ直中の、静まりかえった学校は、廃墟のようにも、モンスターのようにも見えた。

 校門脇の木の陰に、木村、小瀧、安達、郁美、紗英の5人がそっと潜むように立っていた。


「全員集合、というか、決戦前夜、って感じだな」


 良平は木村と軽くハイタッチして、5人の前に立った。まるで映画のワンシーンだ。


「あまり迷惑をかけたくないので、君たちには詳しいことは話さないことにする」


「ここまできてなんて事うんですか先輩。これからドラマの再放送だったのに、家に変な人は来るわ、先輩から集合かかるわ、もうひっちゃかめっちゃかですよ」


 郁美が皮肉たっぷりに言った。

 薄暗くなってきたグラウンドに、それを守るように等間隔で佇む木々。4隅に設置されたスタジアムライトは、その時をじっと待ったまま動かない。


「長谷川君、それは……」


 安達の視線の先にあるのは、良平がずっと握りしめたままの、白銀の拳銃だった。まさか本物だとは思っていないだろうし、これは安達の思う本物ではない。実弾は撃てない。


「これか。これは、人を殺す道具だ」


 乾いた言葉が辺りに冷気を放った。

 ぞっとした空気が、夜の帳よりもはやく辺りを包み込む。5人が、血の気の引いた顔でこちらを見ているのが、良平には、おかしくて仕方が無かった。


「安達、これ、持って見ろよ!」


 いつもの良平じゃない。誰が見たってそれは一目瞭然だった。悪魔のような笑み、飛び出しそうな目玉。

 銃口が安達にむいたままのそれに、良平が指をかけた時だった。


「良平! てめえ、正気に戻れ!」


 木村が良平の襟首を掴んだ。

 反動で、拳銃が地面に落ちる。カチャリと冷たい音がして、拳銃は少し砂を被った。


 良平はそのまま、気を失った。

 まるで人形のように、首から下がただ垂れ下がっている。そこに人間の意思など無く、ただの体が、そこにあった。


「良平! しっかりしろ! おい……」


 ただ魂はそこにあった。きちんと体の中に入っている。


 良平は、闇に飲まれていく。

 月も星もない真っ暗闇の空に吸い込まれるように、次第に方向感覚は無くなり、辺りは闇に包まれた。


 乾ききったグラウンドには、木村が叫ぶ声がただ響いていた。

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