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ゴースト・バレンタイン  作者: サトウイツキ
最終章 12月の話
35/43

5 証言

「おはようございます。先輩」


 家を出て、可能な限りの全速力で自転車をこいで病院にやってきた良平は、エントランスの前で莉乃に出くわした。

 事故に遭った時と同じ格好。赤いマフラーに白いコート。死んだときの格好で幽体化するのか、なんて考えた自分が、嫌になった。

 莉乃はまだ、死んじゃいない。


「今日、少し人が多い気がするな」


 莉乃にだけ聞こえるように、小声で呟きながらエントランスに入っていく。

 エントランスは、昨日に比べれば人が多いように感じた。ただそれは、良平がここき来るまでの間に考えた、良くない想像の予兆である。


「莉乃。ちょっと何か叫んでくれ」


「え?」


 莉乃は訳が分からないと言った風に首を傾げた。肩に掛かる髪が柔らかに揺れる。


「そうだな。わたしはここにいるー! とか」


 莉乃はいっそう怪訝な顔をした。やや不機嫌にさえ思われる。


「なんでそんなこと。なんか、悲しいじゃないですか」


「いいから」


 莉乃は小さくため息をついた。


「私は、ここにいますよー!」


 当然だが、大半は反応しなかった。患者も、医者も。ただ、何人かは、はっとしたように莉乃の方を向いた。


「あれ、見えてるんですか……?」


 莉乃を視界に捉えた数名は、周囲の人気にする事なく莉乃に歩み寄る。群衆を、文字通りすり抜けて。


「こっちの台詞だ、と言わんばかりだな」


 莉乃も、向こうも、困惑した表情を浮かべている。嫌な予感が的中したばかりの良平だけは、目線がタイル張りの床に突き刺さっていた。


◇◇◇


 人目をはばかって、莉乃の病室までやってきた。相変わらず、莉乃の体はそこで眠っている。事故に関係があった幽霊たちを、1人ずつ順番に病室に呼んで、話を聞いた。


「それでね、うわぁーって!」


「ええ、まあ、そういう感じです」


「元の体に戻りたいんだけど、何か知ってるなら早く教えて頂戴」


 思っているよりも、みんな冷静だった。1週間も経てばそんなものかもしれない。莉乃には記憶が無かったが、全員、事故に遭ってから今に到るまでの記憶があった。

 そしてその記憶に共通している点は、被害の大きさに関わらず、何らかの形でトラックに接触しているということだ。野次馬で、止まった状態のトラックに触れただけなのに、その場で幽体になり、ここにいる、という人もいた。


 ニュースで見た被害者数から考えるに、今日出会った幽霊は、事故の被害者のごく一部だ。だがそれでも、分かった事がある。


「莉乃。これから出かけるよ。莉乃はここで待っていてほしい」


「どこに行くんですか」


 莉乃は得体の知れない悪寒がして、良平の言葉を引き留めた。


「事故現場」


「私はここにいます。どこにも行かないで下さい」


 自分が言わせた台詞だった。


「また戻ってくる。何かあれば電話するよ」


 良平は莉乃を一瞥して、病室を出た。できるだけ、いつもと変わらないように。教室を少しだけ早く出るときと同じように。良平は簡単に手を振って。

 莉乃の潤んだ瞳なんて、見えないはずもなく。


 新しい絵の具で塗りたくったような、汚れ一つない病院を出る。エントランスで、振り返りそうになって自分を止めた。今すぐ戻って全てを話した方がいいのかもしれない。でも結局それも希望論に過ぎず、リスクを考えたらこうやって出てくる方が安全なはずだ。

その方が、楽だ。


 自転車を病院の駐輪場に置いたままにして、やってきたのは、あの信号だ。


 この寒い空の下、事故なんて、最初から無かったかのように人々が行き交っている。忙しそうに歩く人。手をつないで歩く人。貼り付けたような笑顔でティッシュを配る人。

 事故があったことを知っているのは、まるで自分だけかのようにさえ思える。唯一、それを否定するのが、信号の側に横たえるように置かれた花束の数々だった。お菓子や、小さな人形までもが、ビニール袋に入れられて、そこに供えられていた。


 死亡事故では、ない。


 まだ人は死んでいない。これから死ぬなんてことも、ありえない。あってはいけない。良平はぎゅっと奥歯を噛み締めた。


 ちょうどその時、そこに新しい花束が置かれた。白いカーネーションの花束だ。それを置いた人物は、まるで分かっていたかのように良平を見つけ微笑むと、小さく一礼してこちらにやってきた。

 黒いスーツに濃いベージュの中折れハット。日のある今なら分かる、白髪混じりの初老の男性。

 出会うのは2回目。思考するのは、3回目。


「おや。奇遇ですなぁ。長谷川様。どうしてこちらに?」


 握りつぶしたはずの名刺が、ポケットの中で息を吹き返したようだった。渡辺という男は、そのままの顔で、口元だけ薄く笑った。

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