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ゴースト・バレンタイン  作者: サトウイツキ
最終章 12月の話
34/43

4 白銀の拳銃

 男は以前に、自分を死神だと名乗った。それ以上のことは知らないが、どうやら自分を試しているらしいということは、なんとなく気づいていた。


 仕向ける、というと聞こえは良くないが、良平が今まで出逢ってきた幽霊たちはおそらく、死神の意思によって、優先的に良平の元に来ているのではないか。そう考えると、色々納得の行くこともある。


「それで、頼みって」


 死神は座ったまま、良平に何かを差し出した。月の光が逆光になって、そのままではそれが何か分からない。


 良平は近づいてそれを受け取る。


 白銀のバレルに、手になじむグリップ。金属製であろうそれは、適度な重量感があり、握ると、それが、どうしようもなく、拳銃だということが分かる。


「なんですかこれは」


「特に名前は無いんだけどね。僕たちは幽霊トリガーって呼んでる。肉体と魂を切り離す、というか、肉体から魂を追い出す為の装置だ。ただの拳銃じゃない」


 月明かりに照らされた銃には、バレルの部分に蔦のような装飾がされており、総銀のそれをより神秘的に魅せた。


「これを受け取って欲しい。それが頼みだ。君の事だから、きっと今回起こっていることの異常性にはすぐに気づけるはずだ。これは、いざという時絶対に必要になる」


 今回起こっていること、と聞いて思い浮かんだのは、莉乃の姿だった。幽体離脱することは、きっと死神(彼ら)には珍しいことじゃない。だとすれば、それ以外の何かか、あるいは、幽体離脱の原因、事故に何か異常があるのか。


「それから、献身会とかいう連中には気をつけた方がいい。渡辺という男は特に」


 カラスのように黒いスーツに、中折れハット。中世の紳士のような姿の男だ。見れば、誰だって怪しいということくらい分かるが。


「今朝会いましたよ」


「遅かったか。まあ仕方ない。君のせいじゃないからね」


 死神は緊張感無く笑っていた。

 良平に|こんなもの(幽霊トリガー)を渡してくるくらいだから、相当な事件だと思ったが、そうでもないのかのしれない。張り詰めていた空気が少し落ち着いたようだった。


「ともかく、こちらで出来ることはする。ただ君は……」


「お断りします」


 なんでこんな事を言ったのか、自分でも不思議だった。

 死神は怪訝な表情を浮かべる。


「俺は今、それどころじゃないんです。莉乃のことをなんとかしなくちゃいけない。あなたにはそれができるのかもしれないけど、俺がやらなくちゃいけないんです」


「わかった。第1優先はそれでいい。……そうだな。僕は、君のもう一人の姉を知っている」


 心臓が跳ねる。もう一人の姉。

 良平が生まれる前に、その小さな命を落とした、千尋という少女。話でしか聞いたことの無い、血のつながった姉。


「卑怯ですね」


「ああ」


 死神は外を向いて、月を見た。薄い、線のような三日月だった。


「そんな卑怯者から最後に一つプレゼント。芹澤果穂はもう死んでいる。それは、覆りようのない事実だ」


 死神はそれだけ言うと、窓から飛び降りた。それからは、足音一つ聞こえず、死神はいなくなっていた。


「そんなこと、わかってますよ」


 誰にも聞こえないように、そうつぶやいた。


◇◇◇


 一晩考えたくらいじゃ答えなんて出る筈もなく、無慈悲にも、救いの朝はきてしまった。


 エプロンを着けて、朝食の準備にかかる。オーブントースターをセットして、一気に4枚のパンを焼く。姉が2枚で、良平と妹は1枚ずつ。目玉焼きを焼きながら、その隅でウィンナーを炒める。

 あとはテーブルにジャムとかマーガリンとか出しておけばいいだろう。小さめのボウルに適当にちぎったレタスとミニトマトを放り込む。

 平皿に焼けたものを全部載せてしまえば、完成だ。


「今日は兄者の日か。幸せだ」


 ちょうど妹が降りてきた。


 昨日の姉の料理をさりげなく小馬鹿にするから、後ろからやってきた姉に足を掴まれて回されている。なんといったか、そうだ。ジャイアントスイングだ。


 よろよろしながら、なんとなしにテレビをつけた妹が星座占いを見ている。


「兄者何座だっけ」


「天秤。あ、2位だね」


「くそぅ。負けた。忘れ物に気をつけて、だって」


 星座占いの後、いつものニュースコーナーに変わった。1週間前の、事故のニュースだった。

 莉乃のことは妹には話していない。


「リア充は皆四散しろって思ってたけど、なんか可哀想だよね。だって、重軽傷者、みんな昏睡状態なんでしょ」


 全員が昏睡状態?

 妙な単語が脳裏を跳ねる。

 眠ったままなのは、莉乃だけじゃないのか。


「それ、ほんとなのか」


「ネット情報だからなんとも。内部リークなら確実だと思うけどね」


 パンをかじりながら妹は言った。

 良平も少し心を落ち着けて、朝食の席に着く。せっかくの冬休みだ。今日の予定をしっかりたててから出かけよう。


 まず向かうべきなのは、病院だ。莉乃に話を聞く。それから、できれば他の被害者に会いたい。きっと目を覚ましてはいないだろうから、その幽霊に会えれば、可能性が広がる。もし莉乃と同じ状況になっているのなら、尚更だ。


「忘れ物に注意、ね」


 出かける前にしっかり確認しようと誓って、こんがり焼けたパンをかじった。

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