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ゴースト・バレンタイン  作者: サトウイツキ
最終章 12月の話
31/43

1 慟哭の果て

 よくもこんな日に外に出ようかと思ってしまうような、12月のある日のことだった。例外なく、良平は外にいた。

 やや人通りの多い歓楽街。おしゃれな雑貨屋や、洋服店、まだ人の少ない飲み屋なんかが所狭しと並んでいる。12月の事を師走なんて言ったりもするが、行き交う車でさえも忙しそうに見えた。


 駅から歩いてほどない所にある時計台。この辺に集まろうと思えば、大体ここが集合場所になる。

 時計台の足下には若干雪が積もっていた。1週間ほど前に少し降ってからは、音沙汰なかったのだが、1日中日の当たらないこういう場所にはまだ雪が残っていた。


「あ、先輩! お待たせしました」


 やや小走りでやってきたのは莉乃だった。


「俺も今来たとこだよ。おはよ」


「はい。おはようございます」


 莉乃は赤いマフラーに白いコート。暖かそうなブーツに、タイツを履いているようだった。対する良平は、黒いジャンパーに、後は普段とそんなに変わらない格好だ。


「俺と莉乃、コーヒーとミルクみたいだな」


「カフェオレカップルコーデ、ですね」


「……」


「……」


 とっさに顔を逸らす2人。


 お互いが耳まで真っ赤になっていることを、お互いに知らないのだから、この2人はどうしようもない。


 合流した2人は、目的の場所に向かって歩き出した。


◇◇◇


 いつものお昼休み。いつもの空き教室。


「先輩、お買い物、生きましょう」


 カレーパンをくわえたまま、良平は顔だけ莉乃に向けた。


「買い物?」


「そうです。ほら、クリスマスですし、でも、その、クリスマスだから、みたいな?」


「なんだ、みたいなって」


 莉乃は箸を一旦置くと、行儀よく正座し直して言う。


「ほら、その、プレゼントとか、買いたい訳ですよ。でもクリスマスだから、買えないっていうか」


 莉乃はなんだかもじもじしている。


「ああ、周りがカップルだらけで、気まずいけど、紗英とかにはサプライズでプレゼントをあげたいからそれを買うのに付き合って欲しいってことだな」


「え、ああ、そういうこと……です」


 莉乃は少しがっかりしたように箸を取ると、卵焼きに手をつけた。良平はそんな様子に気づく事もなく、カレーパンをかじった。


 そんなやりとりがあって、今2人は冬の歓楽街を歩いていく。

 まずやってきたのは、木目調の内装に温かみを感じる、ぬいぐるみのお店だった。誰が買うんだというような巨大なクマから、キーホルダーのような小さなウサギまで幅広いラインナップがある。


「先輩、これ、可愛くないですか」


 手のひらサイズの、もふもふのクマだった。見た目の割に思い。


「これ、葉山先輩にどうでしょう」


「いいんじゃないか。紗英はこういうの好きそうだからな」


 莉乃は「じゃあこれにします」と言ってレジの方に向かった。良平は、その後ろ姿を見ながら、よもや自分がこんなイベントの主人公になるとは思っていなかったであろう過去の自分に、自慢したくなっていた。


 無気力。目立たないように。平均値。1年くらい前なら、そんな単語が、良平には似合っていたのかもしれない。


「次のお店、いきましょう」


 莉乃は小さな紙袋を持って良平に笑いかけた。頷いて、2人は外にでる。


 何事にも殆ど無関心だった良平が、これほどまでに変わったのが、前回のバレンタインに起こった、1人の少女との、たった1週間の出来事がきっかけだなんて、今となっては良平しか知らない事実なのかもしれない。


 人の多い交差点が、赤信号に変わった。


 良平そこで、妙な既視感を覚えた。

 どこかで見たことのある光景だった。


 否。良平も、ここには何度も訪れていた。娯楽とか、そんな類の理由ではなく、『彼女の供養』の為に、なんどもやってきていたはずだ。

 彼女の好きだった、黄色いフリージアの花束を持って、今いる場所とは反対の歩道に、よく行っていた。


 ある車が通り過ぎた直後だった。


「やあやあ」


 時間が止まった。


「久しぶりだね。良平君」


 交差点の真ん中には『彼女』が、芹澤果穂が立っていた。あのバレンタインと全く変わらない姿で、彼女はそこにいた。


「そんなに、驚かないでよ。だってここは、私の場所」


 芹澤はいたずらっぽい笑みを浮かべると、ゆっくりと良平の方に歩み寄っていった。


「芹澤……」


「先輩! 危ない!」


 もう時間は動き出していた。

 芹澤の姿はどこにもなく、耳に飛び込んできたのは、ついさっきまで一緒に買い物をしていた1人の少女の声。

 そしてたったその一瞬で、視界を赤く覆ったのは、マフラーでも何でもなく、その少女の、莉乃の身体からだだった。


 急ブレーキをかけて、トラックは急停止した。しかしそれはどう見たって手遅れで、周りの車は、信号機なんか関係なくずっと動かなくなっていた。


 良平はようやくそこで、何が起こったのかを理解しようと、足を動かした。まるで錆び付いたロボットみたいな足取りだった。


 冷たく凍りついたコンクリートに投げられた莉乃の身体に駆け寄った良平は、抱きかかえるように莉乃を揺する。


 しかし返事はない。

 それなのに、周りの音が、やけにうるさく聞こえる。群衆のざわめきも、調子に乗ったシャッター音も、怒りのようにさえ感じるクラクションも、何もかもが、騒音に聞こえた。

 その中で、1番最初から聞こえている誰かの慟哭が、自分の声だと気づくのには、良平はまだ幼く、未熟で、早すぎた。


 莉乃の頬に落ちた水滴が、雪なのか、涙なのかさえ、分からなかった。

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