3 誰の為
その日の芹澤とのチョコ作りに対して、良平はあまり乗り気でなかった。いやむしろ全く乗り気でなかった。
そもそもチョコから逃げる為に定期作業に参加したのに、その定期作業で疲れた体に鞭を打ってチョコを作らなければいけないというのは、おかしな話である。
しかし約束は約束。良平はチョコの材料を手に、夜の学校に向かった。
いつも通り玄関で待ち合わせをして、誰もいない学校に侵入する。最早慣れたものであるが、それが良いことなのか悪いことなのかは言うまでも無かった。
「さぁさ!今日もチョコを作りますよー!今日は何を持ってきてくれたのかな?」
バレンタイン当日が近いという事もあり、芹澤は今まで以上に張り切っている様子だった。しかしそれとは対照的に、良平の顔には影ができている。
「なあ、今日は疲れてるんだ。明日でも……」
「わあ!いちご入ってる!チョコフォンデュみたい!」
芹澤はレジ袋を覗き込んで、良平にしか聞こえない声をあげた。良平の声が届いていたかどうかはわからない。良平は、説得は不可能と考え、諦めて持ってきた材料でチョコを作ることにした。
良平の姉妹ほどではないものの、常識のあるレベルで様々なチョコを作った良平は、それを並べて眺めてみる事にした。
ここ数日で、お菓子作り、もといチョコレート作りのスキルは格段にあがっている。
溶かして固める、という方法以外に挑戦してはいないものの、見た目を工夫したり、中に入れる具材を微妙に加工したりしている。並べてみると、値の張るチョコレートの箱の中身のようである。
「何満足してるの?味見だよ、味見」
良平は、無言のままチョコレートを1つ掴んで、口に入れた。
「どう?」
「チョコの味がする」
芹澤はむくれて「そんなの当たり前じゃん」と言った。
良平は小さく溜め息をついて、窓際の出っ張った部分に腰をかけた。ふと空を見る。今まで気がつかなかったが、今日はどうやら満月らしい。窓から月光が差し込んで、やけに明るかった。
視線を落とすと、中庭が見えた。特に気にしたことは無かったが、ここからは中庭が見える。月明かりに照らされて、つぼみのままのフリージアが咲きたくてうずうずしているように見えた。
「ねえ、どうしたら良平君の満足のいくチョコが作れるの?」
「俺が貰う訳じゃないんだから俺が満足する必要ないだろ」
「それは、そうかもしれないけど……」
芹澤は目線を反らした。しかしすぐに向き直って、
「じゃあ、良平君の好きな食べ物って、なに?」
と、やや食い気味に言った。
「俺の好きなもの?……ラーメンかな」
「じゃあ、ラーメンチョコ作ってみよう!美味しいのかな?」
「ふざけんな!」
良平は叫んだ。芹澤は冗談のつもりで言ったのだが、良平はそう捉える事ができなかった。いつもなら、なんだよそれ、と笑って返す事ができたかもしれない。しかし今は、そうできなかった。朝からの定期作業で疲れが溜まっていたし、何よりも、嫌いなチョコを立て続けに作っていたことが、原因だった。
「ごめん、良平君……私、冗談のつもりで……」
「ああそうだろうな。けど俺は疲れた。帰る。後は好きにしろ」
良平はそれだけ言うと、完成したチョコ以外の道具や具材を無理やりレジ袋に詰め込んで、調理室を出た。走りはしないが、いつもより何倍もの速さで学校を出ると、隠してあった自転車を視界に捉える。
ポケットから鍵を取り出して鍵穴に差し込もうとするが、どうにもうまくいかない。
「クソっ!」
良平は鍵を地面に投げつけた。軽い音がして鍵は地面に叩きつけられる。
芹澤は追ってこない。そもそも学校から出られない芹澤には無理な話である。
鍵を拾おうと屈んだ瞬間、体温が一気に正常な範囲まで下がっていくのを感じた。気づけば息も上がっている。
芹澤がチョコを作ろうと言い出したとき、協力すると言ったのは誰だっただろうか。紛れもない自分だ。しかし最初から、協力してやる義理など無かったのだ。芹澤とは特別親密な間柄でも無かったし、そもそもなぜ自分にだけ見えるのかすら分からない。
別に幽霊なら幽霊のままさまよい続ければいいじゃないか。幽霊だから成仏しなくてはならないなんていう決まりは無い。
良平は、ひたすらそんな事を考えていた。まるで、それ以外の感情の侵入を拒むように。
「……最低だ」
良平は、自分にしか聞こえない声で叫んだ。
◇◇◇
月曜日、良平は何事もなく1日を過ごした。芹澤には会わなかった。
昨日の一件以降、もしかしたら芹澤の事が見えなくなっていたのかもしれない。芹澤が無意識のうちに自分を見える人を選んでいるのだとすれば、その可能性は高い。
昨晩調理室にチョコを置いてきた事を思い出して、朝のうちに調理室に出向いてみたものの、良平の作ったチョコは跡形も無くなっていた。自分で作ったものにしか触れられない芹澤ではどうする事もできなかったはずだから、早朝に誰か教員が見つけたのかもしれない。
良平には、それ以上の感情は湧かなかった。湧かないように押しとどめていた。自分にはもう、関係ないのだから、と。
その日の夜、良平は、姉と妹の作ったチョコを食べた。否、食べさせられた。
ある程度予想はしていたものの、帰宅と同時に口に突っ込まれるとは思ってもみなかった。
重要なチョコの味は覚えていない。ただ、サクサクとした食感の中にドロッとした何かが入っていたことは覚えている。味わう前に、良平の意識は飛んだ。
目を覚ました良平は、リビングのソファの上で寝かされていた。
スマホで時間を確認すると、12時30分だった。つまり、2月14日、バレンタインデーである。ソファに座り直し、なんとなくスマホを弄っていると、メッセージアプリに着信があった。
木村だよ 起きてるか
相手は同じクラスの木村という男子だった。
リョウヘイ 起きてる
木村だよ まあこれという用事は無いんだけどな
リョウヘイ じゃあ寝る
木村だよ 待て、今日はバレンタインだろ?
リョウヘイ そうだな
木村だよ チョコの数勝負しようぜ
リョウヘイ 今時ばかばかしい。断る
木村だよ お前鈍いから知らないと思うけど、お前結構人気あるんだぜ?
リョウヘイ 知らん
木村だよ 芹澤もお前のこと好きだったみたいだぞ
リョウヘイ 何をバカな
木村だよ マジだって。朝倉が噂してたの聞いたもん
良平は驚愕した。朝倉というのは、芹澤が生前特に仲のよかった女子生徒で、恋愛だとかそういった事情にとても詳しく、彼女に相談にする生徒は男女限らず後を絶たないらしい。
芹澤は、朝倉に相談していた?自分のことで?
その時、良平の脳裏にここ数日の芹澤との思い出がフラッシュバックした。
『好きな人に思いを伝えられなかったのが、未練なのかなあと思って』
『で、誰に渡すんだ?』
『えーっと、あー、ないしょ』
『ねえ、どうしたら良平君の満足のいくチョコが作れるの?』
今までの芹澤の言動が、線で繋がった。
「俺の満足するチョコを作りたがっていたのは、渡す相手が俺だったから……」




