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2 分岐点

 木陰になっている場所を抜けると、乾いた日差しが照りつける。この日の為に用意されたような、雲一つ無い快晴の空。降水確率はゼロパーセントで、洗濯日和だ。

 ジャージと肌の間を駆け抜ける風が妙に心地良いのは、良平がここまでほとんど全力で走ってきたからだろう。


 先輩は何人か追い抜いた。

 足を挫いているのか知らないが、シード権を決める為のランニングテストで、上位に名前があったような生徒も追い抜いた。

 これだけ走ると、自分がかなり早いような気持ちになるが、全体としてはまだ5分の1も走っていないのだから、このペースで行けば失速は必至だ。

 そうと分かっていても今全力で走っているのは、紛れもなく、木村に会うためだ。


 追いつこうなんていうのは、きっと良平が今から陸上部に入っても無理な話だ。そこで良平は、折り返しした後の分岐地点で木村引き止める作戦に出たのだ。


 第1チェックポイントを過ぎた辺りで、T字路にさしかかる。第1チェックポイントを過ぎた後は、そのまままっすぐ行き、第2チェックポイントで折り返す。そうして第1チェックポイントまで戻った所で、例のT字路を曲がるのだ。

 良平は、この地点で木村を待ち、できるだけ手短に、話を聞こうと考えた。木村がこの大会が本気で挑んでいる以上、長くは引き留められない。できるだけ手短に、だ。


 後ろから車が来たので、良平は道の脇に避けた。殆ど車道を走っているようなものなので、かすれて今にも消えそうな歩道の白線なんて宛にならない。


 車から良平の名を呼ぶ声が聞こえて、視界をそちらに向ける。


「良平君じゃない。どう? 順調?」


 沢園先生だ。うちのクラス英語科の教師で、声が大きいことで有名。莉乃のクラスの担任だったりもする。


「まあまあ、ですね」


 無駄な二酸化炭素が、気管を通って外に流れていく。

 声を発してみて、自分が思っているより息が上がっている事に気がついた。


「巡視ですか」


「そうなの。ショートカットとか、したらだめよ」


 沢園先生は良平と併走しながら会話している。もちろん、前後に制度がいないのを確認してからだ。後ろに生徒がいたのでは、完全に通行止め状態になる。

 沢園先生はダッシュボードにテープで貼り付けた地図を見ながら言った。


「第1チェックポイントまでもうちょっとだから、頑張ってね」


「はい」


 塩っぽい対応しかできなかったのは、疲れているからなのか、別の事で頭がいっぱいなのか、良平にも分からなかった。


 沢園先生は窓から手を振って、スピードを速めた。もちろんこの先にも生徒はいるから、安全運転でやや徐行する。


 秋晴れに映えるテールランプを見送りながら、良平も前に前に進んでいく。かなり大きくカーブを曲がると、第1チェックポイントが見えてきた。


 道の脇に長机と椅子を置いただけの簡単な作りで、公欠の生徒と先生が1人座っている。


「あ、りょうへいくーん」


 チェックポイントから勢い良く手を振っているのは紗英だ。なんでも柔道の大会で腰をやってしまったらしい。

 走るのはそこまで得意で無いにしろ、少し楽しみにしていたようで、チェックポイントの手伝いを真っ先に志願した。


「じゃあ、カード見せてっ」


 良平はポケットに入れてあったカードを取り出し、紗英に差し出す。白い画用紙に、第1関門、第2関門、第3、第4、そしてゴールの枠があり、紗英は第1関門のところにスタンプを押した。猫が両手を上げて笑っているスタンプだ。私物だろうか。


 良平が先生から水を貰って飲んでいると、紗英が椅子ごとずらして良平の方に寄っていく。


「ねえあのさ、木村くんのことなんだけど……」


「小瀧関連か」


「知ってたかぁ」


 紗英は珍しくなにか考え込むように頭を抱えた。


「昨日の夜ね、電話がかかってきたの。だいぶ落ち着いてるみたいだったんだけど、もしかして、りょうへい君、先に電話してたぁ?」


 何時かが正確に分からない以上何とも言えないが、良平に電話がかかってきた時、動揺して、電話をかけるのもやっとという状態だったから、そうなのかもしれない。


「多分そうだと思う。急に別れを告げられた以外のこと何か言ってなかったか?」


「うーん、私も眠かったからなぁ」


「眠かったんかい」


 良平は紗英の頭に軽くチョップした。


「えへへ。えーっとね、おじいちゃんがナントカって言ってた気がするんだぁ」


 何か関係があるとは思えない。おそらく紗英の聞き間違いだ。眠たい頭で聞いていたなら尚更そうだろう。


「木村がここに来たとき何か聞かなかったのか」


「木村君、水も飲まずにさっさと行っちゃったんだぁ。すっごい早かったよ。びゅーんって」


 安達の話によれば、木村はこの大会に本気で臨んでいるようだから、水を飲む暇さえ惜しんだのかもしれない。


「あっ、木村君!」


 紗英が指さす方には、見間違えるはずもなく、木村が走っている。分岐を曲がるところだ。


「木村ー!」


 呼んでみるが返事はなく、こちらに気づく様子もなく、木村は走っていく。聞こえていないのか、聞こえているが無視しているのか、どちらにしても、ここで話を聞くのは難しそうだった。


「木村君、体育委員会だからねぇ。頑張ってるなぁ」


「体育委員会っての、関係あるのか。とりあえず、俺も走るよ」


「うん。頑張ってねぇ」


 良平は紗英に手を振って走り出した。

 様々な言葉が良平の中を回って逃げていく。言葉達は、つながるようでつながらなくて、バラバラに良平を追い越していく。


「木村。お前は、なにを考えているんだ」

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