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ゴースト・バレンタイン  作者: サトウイツキ
8月の話 中編
19/43

7 夜は続く

「それでさぁ、そんとき突然…ドンドンドンッ!! …ってさ」


 拓郎が突然床を叩くものだから、良平も光彦も震え上がってしまった。


「やめてくれよ… 驚いたじゃないか… それに隣はもう寝てるだろうし」


 拓郎は笑顔で首を横に振った。どういう意思表示なんだろうか。

 拓郎が続きを話そうと口を開いたが、どういう訳だか続きが思い出せなかった。拓郎はしばらく唸って思い出そうとしていたが、そうそうに諦めてしまった。良平も光彦も、怪談話のストックがそこまであるわけでもないので、布団に入ったまま、なにをするわけでも無く天井を見ていたのだが、何かに気づいた拓郎が、ばっと起きあがった。


「なあ、なんか聞こえないか?」


 やめてくれよ、と言わんばかりに起き上がる残りの2人。しかし拓郎に促されるまま耳を澄ましていると、たしかに、聞こえた。どこか遠く、かすかに声が聞こえてしまったのだ。それは少女の声のようでもあったが、また違うようにも聞こえ、重なり合ういくつもの声がはしゃいでいた。


「……あははっ……」


「…ふふっ………」


 声は大きくなったり小さくなったりしながら、確実に3人の側で笑っていた。時々床や壁を叩くような音もする。


「や、やべーって。お、俺は先に寝るわ。おやすみ」


 拓郎は、そう言って布団に潜り込んでしまった。もともと眠かったのか、単純に寝付きが良い方なのか、羊を数えていたら片手が埋まらないくらいの早さで眠りこけてしまった。

 しかし良平も光彦も、途中で声の招待に気がついていた。

 拓郎を起こそうかとも思ったが、若干トラブルメーカーの拓郎は、寝かせておいた方が良いという結論になった。2人は目配せでそれを伝えてしまうと、布団を被った。

 辺りはすっかり闇に包まれてしまっていて、畳と、ほんの少し潮の香りがした。

 静かに笑い声がきこえる。彼女たちの、声が。


◇◇◇


「それでね、そのときダーリンがね、助けに来てくれたの!」


 小瀧は、うつ伏せで上体を起こすような姿勢になって、やや興奮気味に話をしている。紗英、莉乃、郁美は、同じような姿勢で興味深そうにそれを聞いている。


「そこでね、小瀧的に、きゅーんと来ちゃって、猛アタックしたの」


 わー、きゃー、と歓声があがる。こういう声が隣の部屋まで聞こえて、当のダーリンである木村拓郎を震え上がらせていることなど、知る由もないのでる。

 小瀧は、私の話はここでおしまい、と話を切り上げてしまうと、残る3人の方をじっと見つめている。次はあなた達の番よ、と。

 やがて、空気を察した郁美がもじもじしながら話しはじめた。


「私は、その、憧れの先輩がいるんです。中3の時に見かけて、一目惚れっていうか」


 郁美の古い友達との一件の時に聞いた話だった。


「まだちょっとギャルギャルしてた時なんですけど、夜中1時くらいだったかな。バレンタインの日。友達の家に行く途中だったんですけど、後ろから自転車の音がしたんです」


 郁美は、顔を赤らめて話を続ける。その瞳は、バレンタインのある夜の、少女の瞳そのものだった。


「振り返るのと同時くらいに私の横を走り抜けていったんです。その時の、真剣な顔というか、何かの為に頑張ってる姿みたいなのが、すごくかっこよくて、近くの高校なんだろうなって思って調べて、ここに来たんです…」


 小瀧が郁美以上に目を輝かせて郁美を見ている。


「その先輩とは、もう話せてるの?」


 郁美は恥ずかしがりながら、小さく頷いた。すっかり暗闇に馴れた小瀧の目はそれを捉えると郁美の方に寄っていった。


「郁美ちゃんは可愛いなぁもぅ」


 紗英もにこにこしながらその様子を見ている。


「でもそれって、本人からしたら、えってなりませんかね」


 莉乃がややあって言うと、郁美も枕になだれ込むように伏せってしまった。


「問題はそこなんだよおおぉぉ」


 紗英が郁美の頭を撫でている。それから、ふと起き上がった郁美と莉乃を見て、自分の口に人差し指を当てた。何かと思い紗英の指した方を見ると、小瀧が猫みたいに丸まって寝ていた。

 紗英は柔らかく微笑んで「私たちも寝よぉ?」と言って布団に入った。


 莉乃は布団に入ってから、充電している自分のスマホの、通知が来たことを知らせるランプが光っているのに気がついた。光があまり漏れないように、少し隠してスマホを開く。

 メッセージだった。


リョウヘイ おやすみ。できれば明日話したいことがある。皆が起きる前に食堂に来て欲しい。


 話したいことがある、そんな風に言われると、期待してしまう。鼓動が早くなるのを感じる。


莉乃 みんな寝ちゃったので、今でも大丈夫ですよ。


リョウヘイ 了解


 莉乃は、ゆっくりと布団から起き上がると、音をたてないようにドアをあけ、部屋から出ると、同じようにゆっくりとドアを閉めた。


「郁美ちゃんまで、全然気がつかなかったよ… あーあ。またライバルが増えちゃった」


 部屋の中で誰かが1人ごちた。しかしだれもそれには気づかない。寝ているか、部屋にいないか、どちらにしても、誰にも聞かれていないから今言ったのだ。


 夜の闇は、すべてを包んで離さない。


 次の朝日が昇るまで。

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