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ゴースト・バレンタイン  作者: サトウイツキ
8月の話 中編
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6 一難去ってまた一難

徹は首にかけたタオルで額の汗を拭いている。相当疲弊しているようだ。踏み固められていて歩きやすいとはいえ山道を全力疾走したのだから当然である。


「あれ、徹さん、なにしてるんですか?」


 安堵と驚愕がせめぎ合って上手く言葉の出ない一同を差し置いて最初に話しかけたのは、ついてさっきまで謎の言葉を延々と呟いていた郁美だった。


「あ、あんまり深い所までいくと危ないから、迎えに来たんだけど、驚かせてしまったね」


 徹は息も絶え絶えだ。両手を膝についたまま話している。


「え、うーん?」


 郁美はどこか納得いかない様子で、何かを考えている。


「どうかしたぁ? いくみちゃん」


「肝試し、まだですよね?」


 全員がまた固まった。


「お、覚えてないのかい」


「何がですか?」


 全員が、なんとなくそんな感じがするくらいには感じていたものが、それぞれの中で徐々に確信に変わっていった。


 郁美は、取り憑かれていた。


 郁美は何かを思い出そうと唸っているが、なかなかゴールに辿り着かない。


「……そろそろ」


 最初に切り出したのは莉乃だった。びくっとして莉乃の方を見る。


「そろそろ戻りませんか?」


◇◇◇


 嫌な汗をかいてしまったのでみんなでもう一度お風呂に入ろうという話になり、良平は、最初よりもゆっくりと湯船に浸かった。


「いや、焦ったわ」


 拓郎が露天風呂の湯船の壁にもたれかかり、ふうっとため息をついて言った。


『木村先輩ごめんなさーい』


 壁の向こうから郁美の声が聞こえる。

 帰ってきてから一通りの事情は説明したのだが、本人に一切の記憶がなく、覚えているのは肝試しをしようと玄関からでたところまでだという。


「でも良かったじゃないか。木村君の言っていた通り、いい思い出になったよ。けが人、というか死人も出なかったしね」


『やだぁ。怖いこと言わないでよぉぅ』


『ダーリンが、ずぅーっと小瀧の手を握っててくれたから、全然怖くなかったよ!もう、大好き!』


 拓郎は、はっはと偉そうに笑っていたが、良平たちの方に向き直って「俺の方が怖くては握ってたっての内緒な」と言ってきた。木村にも見栄をはりたい時があるのだと少し感心した。


『あれぇ、りのちゃんそっちで何してるのぉ?』


 紗英が莉乃を呼ぶ声がする。しかし莉乃の声は聞こえない。まだ屋内がいるのだろう。しかしそのうちに、無理やり露天風呂に連れてこられたようだ。莉乃の声も聞こえるようになった。


『その、恥ずかしいというか、えっと』


 莉乃はもじもじしながら湯船に浸かった。それから、ゆっくりと壁にもたれると、全身の力が抜けるような感覚になった。

 そのうちに小瀧が寄ってきて、隣にもたれた。


『恥ずかしいって、女の子しかいないじゃないの』


『だって、壁の向こう側にに、いる、じゃないですか』


 壁と湯にすっかり身を預けていた良平だったが、何か呼ばれたような気がして、体制を立て直した。


「呼んだかー?」


『よ、呼んでませんっ!』


 莉乃は鼻の下まで湯に浸かって、なにやらもぞもぞしている。顔が赤いのは、湯に浸かっているからだけではない。


『そっか、莉乃ちゃんは良平君に見色々られちゃったんだもんね、色々』


『い、色々…』


『そうだよぉ。こことかあぁっ!』


『紗英先輩、ダメですっ…あぅっ』


『半分くらい、小瀧に分けてくれてもいいのよ?』


『あっ、だめっ…先輩ぃ、助けてくらさいぃ…あぁっ!』


 男子諸君は「女子って大変だな」くらいの気持ちでそれを聞いていたのだが、このままではエスカレートしそうなので、一応釘を刺してくれと拓郎に頼んでみた。


「他人の揉んでも自分のは大きくならないぞー」


 拓郎が言い放った瞬間、水の音しか聞こえなくなった。それからしばらくして、壁を超えて桶が飛んできた。桶は、頭上に注意していなかった良平と拓郎の後頭部に直撃した。


「いってぇっ!」


『そんなこと、分かってるもーん!!』


 ほとんどど同時に小瀧と郁美の声がして、もう一つずつ桶が飛んできた。


「じゃあ、僕はそろそろあがるよ」


 腰にタオルを巻いた光彦が、何食わぬ顔で湯船を後にした。

 飛んできた桶を投げ返している拓郎は、良平ををちらちら見ながら何かを必死に伝えようとしている。


「せ、き、が、え?」


「手伝えって!」


「ああ、ごめん。熱いから上がるわ」


 良平も湯から上がり、脱衣所の方に歩いていった。

 それから、Lサイズの浴衣に着替えて、着ていた服を風呂用の小さい鞄に詰めて、廊下に出た。

 するとちょうど莉乃も女湯から出てきたところだった。耳まで真っ赤にして、胸を両手で押さえている。


「ううぅ…」


「なんか、色々すまん」


「色々とか言わないで下さい…恥ずかしいので…」


 良平は厨房の方まで行くと、コップを取り出して氷と水を入れない莉乃に差し出した。莉乃は両手でそれを受け取ると、ちびちびと飲みだした。


「ありがとう…ございます」


 良平は自分の分を飲み干すと、軽くゆすいでひっくり返して食器立てにたて掛けた。

 しばらくして、拓郎、小瀧、紗英、郁美が浴場から出てきた。

 どういう風の吹き回しか、さっきはあんなに怒っていた小瀧が、もう拓郎にべったりだった。拓郎は勝ち誇ったような顔をしている。


「今日はもう遅い。部屋に戻って寝よう」


 そうだねーとかそんなような返事があったりなかったりして、良平たちは部屋に戻っていった。

 食器立てに立てかけられたコップだけが、それを見送っていた。


 部屋に戻り、布団を敷き、電気を消して布団に入ったところで、拓郎が言った。


「こういうときはやっぱり、怪談だよな」

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