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ゴースト・バレンタイン  作者: サトウイツキ
8月の話 中編
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5 肝試し

 人生ゲームが一周しきらないくらいのタイミングで、拓郎が言った。


「肝試しいこうぜ」


 霊感のある人が2人いるんですけど、なんて、言えるはずもなく、ノリノリの郁美を筆頭に、全員半ば強制参加する事になった。

 時刻は9時を回ったくらいだった。外で動きやすい服装に着替えて、虫除けスプレーをこれでもかと全身にスプレーし、外に出た。


 実際の温度、というよりも、夜の雰囲気とか、それこそ霊的なもののせいで、いやに涼しく感じる。良平と莉乃以外は、怖がってはいるけど実際そんなのいないと思っている口のようで、怖がりつつもほんの少し楽しみますにしているように思えた。


「なあ木村よ」


「なんだ良平」


「森ってのは、本当にまずいから。止めた方がいい」


「このタイミングで色々言うなんて珍しいな」


「まずいからな」


「まあ、出たら出たで、思い出になるっしょ」


 拓郎は手をひらひさせながらその辺をうろうろしている。


「りょうへい君ううぅぅぅ。お塩おおぉぉぉぅぅぅ」


「俺は塩じゃないから。あとちょっと離れて」


 紗英は相変わらず良平にベタベタしている。

 莉乃は紗英の反対側で良平の服の裾をギュッと掴んだまま動かない。

 ノリノリの郁美は小瀧と写真を採ったりしてキャーキャー言っている。


「長谷川君、女性陣を頼むよ。僕は木村君が暴走しないか見てるから」


 女性陣、なんて言われると緊張してしまう。少なくとも諸々が並み以上の女子高校生2人に挟まれているのだから。


 莉乃は、動かないのではなく、ある一点を見つめ続けていた。何かがあるわけではなく、ただ、漠然とした違和感だった。探し続ければ何か分かるかもしれないと、その一点を見続けているが、特に収穫はなかった。その見ていた場所がこれから向かう場所だったという事以外は。


 安達が言うには、肝試しをやるなら山に入って行く道がちょうどいいのだとか。山道ではあるものの、踏み固められていて歩きやすく、崖もないので比較的安全だそう。


「途中に別れ道があるから。そこまで行ったら引き返そう。」


◇◇◇


 最初に不調を訴えたのは、1番テンションの高かった郁美だ。森に入ってすぐ、気持ちが悪い、吐き気がすると言った。しかし好奇心が勝ったようで、足を止める事はなかった。


 耳をすませなくても聞こえてくる呻き声、嗤い声、叫び声。何人、いやもっとだ。何十人という人影が、良平たちの周りを囲んでいる。しかしそれは良平と莉乃にしか聞こえないし、見えなかった。

 幽霊が多くて危ないから引き返そう、と言えれば良かったのだが、体調が悪くなっているというのにどんどん奥にすすんでいく郁美や、それでもノリノリなバカップル達のせいで、言うに言えなくなってしまっていた。

 そもそも、幽霊が見える、なんてのをそう簡単に信じるとも思えない。


 しかししばらくしないうちに、郁美の体調が悪化した。その場にうずくまり、ガタガタと震えながら何かをぶつぶつと唱えている。


「郁美? 大丈夫か」


「……私は、……ない……私は……くない……」


「だめだ。皆、これ以上はよくない。引き返そう」


 良平が呼びかけると、全員声なく頷いた。ついさっきまでノリノリだった拓郎でさえ、小瀧の手を握ったまま何も言わなかった。

 夜の闇が、誰かの声が、良平たちを包み込む。

 森は異様なほど静かで、虫の声も、草木が擦れる音すらしない。郁美の、誰かに助けを求めるような、そんな声だけが辺りに響いていた。

 早く引き返さなくては。

 郁美のためだけでない。自分の為にも、早く宿に戻らなくては。次は自分が、郁美のようになってしまうのかもしれないのだから。郁美だけが狙われる理由なんて、考えても分からない。


 結果、最初にそ(・)れ(・)に気づいたのは、梨乃だった。違和感を良平に耳打ちする。


「先輩、足音が、一つ多いです」


「足音か」


 良平は耳をすませる。

 落ち葉を踏むくしゃっとした音を、一つずつ数えていく。1、2、3、4、5、6、7………8。

 足音は確かに8つある。徹は参加していないから、明らかにおかしい。遠くでクスクスと笑い声が聞こえる。

 他の皆には聞こえていない。

 早く、早くこの場を離れなくては。


 刹那。8つのうち1つの足音が急に歩調を上げた。走っている。そんなに時間のかからないうちに、おそらくすぐそばに来る。

 梨乃も気がついたようだ。良平の服の裾を握る手が強くなる。


「皆、走れ!!」


 良平が声を上げた。

 一瞬の戸惑いもなく、全員が走りだした。出口までそう遠く、ないはずだ。急げ。何かがこちらにくる前に。


 走れ、走れ。


 森の入り口についたのは、10時を少しまわったくらいの頃だった。

 肝試しを始めてからまだ30分程しか経っていないというのがにわかに信じられなかった。


「な、なんだい、長谷川君、急に、走れ、なんて…」


「ああ、ごめん。なんか、走ってくる足音が聞こえたからさ」


 一同は、良平の言葉に驚くよりも先に納得してしまった。

 とっさに今来た方を見る。聞こえる。こちらに向かって走ってくる、足音が。


 さっきみたいに、誰かが何か叫べば良かったのだが、今回は全員固まってしまって、それもできなかった。全員が、森の入り口の方を見たまま動かない。

 嫌な汗が首を伝う。


 足音がどんどん近づいて、すぐそこに迫ったとき、そこから声がした。


「み、みんな、急に走り出さないでくれよ……怖いじゃないか…」


 出てきたのは、徹だった。

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