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ゴースト・バレンタイン  作者: サトウイツキ
8月の話 前編
13/43

1 事故物件

 一学期、というのは、誰にとっても大きな転換期、ターニングポイントであり、良平や莉乃に際してもそれは例外では無かった。クラスメートの死や、新しい自分との出逢い、古い友人とのわだかまりだとか、そんなものを乗り越えて、彼らは今、青く澄んだ水平線のこちら側、つまり地平線の側にいる。


「「海だー!!!」」


 そう、海である。


「先輩先輩!海ですよ!海!マジヤバい!…凄い、です」


「いくみちゃーん、まぁってぇっ」


 9人乗りのワゴン車を降りて、我先にと走り出した郁美と、追いかける紗英。紗英は柔道以外の運動能力は皆無で、もたもたしながら走っている。追いつく頃には日が沈むかもしれない。


「安達ぃ!お前ホントにいい奴だな!」


「調子の良いことばっかり言ってるといつかバチが当たるぞ」


 安達の肩をバシバシ叩く木村を、クーラーボックスを抱えた良平が諭した。


「クーラーボックスまだあるから、早く手伝え」


「へーい」


 そう言って、木村は車の中に戻っていく。


「安達、誘ってくれてありがとな。おかげでみんなテンション高めだ」


「うん。こちらこそありがとう。僕にとっても思い入れのある場所だから」


「そっか」


 運転席の方から、運転手である安達の父親が降りてきた。


「じゃあ、先に行ってるからね」


 安達は頷いて、父親に手を振った。元料理人だという安達の父親は、両脇にクーラーボックスを抱えて、今回泊まる宿の方に歩いていった。


「そういえば、相楽君たちはまだ寝てるんじゃないかな」


 莉乃と、木村の彼女の宮城小瀧みやしろ こたきは、ここに来る間に完全に眠ってしまっていた。起こそうと思い、車の中に戻ると、木村が、小瀧を起こそうとしているところだった。


「おーい。ハニー。早く起きないとキスしちゃうぞ」


「はっ!ダーリン!起こしてくれたのね!もうっ!大好き!」


 木村と小瀧はチューしてギューしてイチャイチャしている。


 良平が莉乃に声をかけようとしたとき、莉乃はぱちっと目を開けた。それから、猫みたいな伸びをして、小さな声で「おはようございます」と言った。なんとなく辺りに目をやって、木村と小瀧を視界に捉えてしまった。


「な、な、何やってるんですか!?」


「莉乃ちゃん。小瀧たちは愛を確かめあってるんだよ?」


 平然と答える小瀧を余所に、莉乃は顔を真っ赤にして車から降りていった。

 少し経って、自分の荷物を取りに戻ってきた。木村と小瀧はまだイチャイチャしていた。莉乃は、今度は良平の腕を掴んで外に出た。


「せ、先輩は、ああいうの、どう、なんですか」


「公衆の面前では控えるべきだな。爆発しろ」


「そう、ですか…」


 莉乃が恥ずかしくなって目線を反らした先にいたのは、海辺でキャッキャウフフしている郁美と紗英の姿だった。


「ちょっと遊んできます」


「お、おう。行ってらっしゃい」


 莉乃は海の方に走っていった。


 良平と安達は、残った荷物を持って宿の方に歩いていく。


 事の発端は、数日前に遡る。


 1学期の終業式を明日に控え、教室全体が若干浮き足立っているある日のことだった。朝のホームルームの後、普段あまり自ら動く事のない安達が席を立ち、良平の所にやってきた。


「もしよかったら、夏休み、海に来ないかい?」


「ほう。また急だな」


「海の近くにうちの親戚がやっていた民宿があるんだけど、去年閉めてしまってね。今年の秋頃に建物を壊してしまうから、もしよかったら、と思ったんだ。もちろん無料で招待するよ」


「それはいい。他にも誘うのか?」


「とりあえず、木村君は誘うつもりだけど、なにぶん僕は話すのがあまり得意ではないんだ」


 そういう訳で、良平は関わりのある生徒何人かに声をかけた。返事はおおよそYESで、最終的なメンバーは、長谷川良平はせがわ りょうへい安達光彦あだち みつひこ木村拓郎きむら たくろう葉山紗英はやま さえ相楽莉乃さがら りの筒井郁美つつい いくみ宮城小瀧みやしろ こたきの7人となった。それに加えて、運転手兼料理人兼お目付役として、光彦の父親の安達徹あだち とおるが今回の旅行に参加している。


 男子勢は女子の手荷物以外の荷物を全て持ち、車に鍵をかけると、女子勢に声をかけて、汗だくになりながらも民宿に到着した。宿である民宿までは、それほどかからなかった、というか、ほとんど海沿いにあるので、むしろ海側から行った方が近かったのかもしれない。


 民宿は、外から見たところ、少し大きいよくある古くからの日本の家、といったところだ。中は、和風の造りに、様々なところに装飾が施されていたり、高そうな壺が置いてあったりして、繁盛していた頃の面影が残っていた。もう誰もいないせいか、それとも綺麗に掃除されすぎているせいか、ひどく物悲しい感じがした。


 しかし海にテンションの上がっている郁美たちは、そんなもの気にする様子もなく辺りを見回している。少し落ち着いたところで、先に来ていた徹がやってきた。


「いやーこんなところ皆よく来てくれたね。貸切だし、どうせ壊しちゃうから、好きに使ってね」


「こんなところだなんて、いいところじゃないですか」


 莉乃が小さく深呼吸しながら言った。しかしそれを聞いた徹は、驚いたような顔をして光彦を見た。


「あれ、言ってない?」


「あれとは」


 徹は困った顔を浮かべて苦笑いした。それから、良平たちに向かって一言、


「ここ、事故物件なんだよね」


 衝撃の言葉を放ったのだった。

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