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8 ベタの貴公子

「ぴぎゃあああああああす!!!!」


 メルス男爵邸に私の奇声が響き渡る。


 時はそのちょっと前、兄様とアレク様の一騎打ちが終わり、敗北したアレク様を慰められたか分からなけど精一杯のことをして彼の涙が収まるのを待ち、動きの鈍いアレク様をこのまま一人でお返しするには心配だったのでアンナに侯爵家へ取り次ぎをお願いしてお迎えを寄越してもらうようにしてもらった。

 そのお迎えが来るまで私はアレク様をおもてなしして客間に通しお茶とお菓子を用意させた。沈んだ様子のアレク様になにか面白い話はないかなぁと私のちっちゃいころの失敗談、甘いお菓子に吊られてアレシス兄様の罠(落とし穴)にハマったり、美味しそうなお菓子に吊られてお母様の罠(ロシアンルーレット激辛)に引っかかったり、高級だよというお菓子に吊られて姉様の罠(お酒入り)で記憶を失ったり。

 あれ? なんか同じような罠だな。小さい頃の自分、引っかかりすぎて笑えない。今はもちろんそんな見え透いた罠には引っかからないよ? 引っかからないってば!

 で、そんな話しにはくすりともしないアレク様に私はとっておきのびっくりクラッカーでもご披露しようかと自室に戻ったわけです。

 そして奇声です。


 なんと私の部屋が荒らされてました!

 主に机。

 インクと紙を出しっぱなしにしてたのでインクがぶちまけられて散々な状態になっている。紙が、数十枚とある紙が真っ黒に……。


 あ、あはははは。

 あはははは。


 …………ヤバい! マズイ!

 あれは、あれはあぁぁぁぁ!!!!


「挿絵の清書がああぁぁぁぁ!!!!」


 ユーシス様のラノベにさしこまれる挿絵だったそれらは見るも無残な姿に。清書も終えて後はユーシス様にチェックをお願いして出版社に提出するだけだったのに!

 犯人は! 犯人は誰ぞ!

 ラノベの成功を妬んだ愚か者か!?

 それとも泥棒!? 愉快犯!?


 なにか痕跡は。


 ● ● ● ● ● ● ● =^_^=


 可愛らしい黒い肉球の跡。

 その先でぷらりぷらりと愉快そうに振られるしっぽ。黒いスマートな美人さんがこちらを爛々とした金の瞳で見つめていた。


「犯人は、お前だ!!」


 名推理ですね。私、探偵もいけるかもしれない。


「にゃあ」

「ねこちゃん、君は完全に包囲されている! 大人しく投降し、私と一緒に署まで来てもらおうか。なに、案ずるなカツ丼、いや猫缶は出る」


 じりじり。

 ねこちゃんににじり寄るが。


「にゃあ!」


 強烈な猫パンチを腹にくらい、立て続けに猫キックを顔面にもらった私は。


「ありがとうございます!!」


 若干の痛みと柔らかい肉球の感触ともふもふの温かさに思わずお礼を言ってしまった。


「……君は変態か」


 振り返ればそこに呆れ顔のアレク様。

 み ら れ た!!

 どこから!? ねえ、どのへんの茶番から!?


「にゃああ!!(いまのうちだ)」


 たぁんっとステップを踏むとねこちゃんはあっという間に窓から下へ飛び降り、軽やかに逃げ去ってしまった。犯人逃亡。


「あああああ」


 『あ』しか言えなくなった廃人みたいに、私は呻きながら膝をついてしまった。

 原稿、ああ原稿。締め切りまで後三日。余裕をかましていた私に天罰が下り申した。


「ずいぶんと荒らされたな」

「あああああ」

「紙にインクが零れたのか、もしかして挿絵の原稿だったのか?」

「あああああ」

「…………ここに、飴細工の名店サンクワールのレモン味の飴があるのだが」

「アレク様、ホシが逃走しました。でもご安心ください、このにゃんこ愛好家、にゃんこのしもべクラブ会長の私めが、かならずあのにゃんこを確保して、めっ! してごらんにいれます!(キリッ)」

「急に復活したな……」


 そっと差し出された飴をありがたく頂戴して、もぐもぐしながら私は思い返したように涙を浮かべた。


「あとチェックを受けて提出するのみだった挿絵の原稿がすべて撃墜されました。どうしましょう……」

「締め切りは?」

「三日後です」

「それはやはりヤバいか」

「めっちゃヤバいです」


 一枚二枚なら問題ないのだが、数は数十枚に及ぶ。没になってもいいように多めにカットを描いていたのだ。私は速筆な方だから寝ずにやればやれないこともない。ないのだが。

 クオリティがどうしても落ちる。特にベタが。

 はみ出さずに塗るのって大変なんだよね。なにげに労力使うし。


「とりあえず事情を話してやれるところまでやってみます。アレク様はお気になさらず下でお茶を」


 と客間へ戻そうとしたがアレク様は神妙な顔つきで首を振った。


「いや、アルルーシャ嬢には迷惑をかけてしまったからな。詫びになにか手伝わせてくれ」

「ええ!?」

「挿絵を描く作業になんの手伝いができるかわからないが、何でも言ってくれ。やるぞ」


 そういえば彼、律儀な性格でもあったな。アニソンメドレーを鼻歌しただけとはいえかなり恩義を感じてくれているようだ。しかし困った、かりにも侯爵子息を挿絵作業のアシスタントにするなんて……アレク様にお茶持って来て! 肩もんで! インク買って来て! とか言える?


 い え る わ け ねぇ - だ ろ !!









 とか、思っていた時期が私にもありました。


 結局根負けしまして、アレク様が私の三日間アシスタントをしてくれたわけですよ。


「アレク様、そっちのペンとってください」

「ああ」

「アレク様、消しゴムでこの線消しといてください」

「ああ」

「アレク様、この皿さげておいてください」

「ああ」

「アレク様、このばってん印のところインクでベタ……黒塗りしておいてください」

「あ、ああ!」

「アレク様、おお! 上手ですね。ここまではみ出しの少ないベタをできる人は少ないですよ!」

「そうなのか?」

「アレク様、あなたをただ今よりベタ係に任命します。これすべてベタしてください」

「て、手が折れそうだ……」

「アレク様、砕け散るまでがんばってください」

「……腱鞘炎(けんしょうえん)まったなし」


 いやー、これがほんとマジでアレク様、ベタ上手いし! 私、ベタ面倒くさいから嫌いなんだよね。まさかの逸材登場にありがたくて拝み倒したいほどだよ。

 あまりにもお上手だったので無事原稿を終えた後に。


「アレク様に私からベタの貴公子の称号をあげます」

「いらん」


 すっごくいい人材だったんだけどさすがに侯爵子息様に私のアシスタントをずっとしろなんて言えるわけもないし、手放さなきゃいけないのが惜しいけど仕方がない。


 アレク様と地獄の三日間を過ごした後、無事原稿を上げチェックも通って出版と相成った。しかし仕事がこれで終わりというわけじゃなく、なんと私の絵も人気が高いということでイラスト本が出ることが決定したのである。

 嬉しいが、忙しくなる。

 やっぱりアシスタント欲しいなー。

 なんて思っていた学校帰りの夕刻。フェイラン様がご帰宅されたと同時にはかったかのように現れたのはアレク様だった。


「フェイランは……もういないな?」

「あ、フェイラン様にご用事でした? たった今帰られましたよ。急げば間に合うのでは」

「いや、用事があるのはアルルーシャ嬢にだ」


 はて、いったい何ようだ。

 地獄の三日間でのハイテンションだった私に対する文句ですか。受け付けますよ。気が狂いそうだったのは認めます。

 アレク様は持っていたカバンからごそごそとなにかを取り出すと私の前に掲げてみせた。


「ベタに使う筆はこれでいいだろうか?」


 …………はい?


「アルルーシャ嬢が持っていた筆を参考にして購入してきたのだが……不備があれば買い直そう」

「いえ、素晴らしい良い筆だと思いますが……」

「そうか。なら良かった。原稿はどこで描く? この間のように客間の一室で描くか? アルルーシャ嬢の部屋では差し障りがあるだろうしな」


 のしのしと勝手知ったる他人の家といった風にあがっていくアレク様に私の残念な脳みそが追いつかない。いったいどういうことなの!?


「あ、アレク様! どうしたんです!? なぜまたベタ用の筆を――」

「なぜ? そんなのは決まっている。


 ――俺が今日からアルルーシャ嬢のベタ専門アシスタントになるからだ」



 なんでええぇぇぇぇぇ!!!???


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