6 ユーシス王子vsフェイラン様
どうしてこうなった!?
「アルル嬢、はいあーん」
「アルルーシャさん、こっちの方がおいしいですよ、はいあーん」
「…………」
物がごちゃごちゃと置いてあるユーシス様の自室。そこのソファーに腰掛けて私はユーシス様とフェイラン様に挟まれていた。どちらも笑顔で私にフォークにささったケーキを差し出してくるが、その背にどす黒いオーラが背負われていることに私は気づいている。
ことの起こりは半日前、メルローゼ様の紹介で屋敷にフェイラン様がやって来た。
「憧れのアルルーシャさんの護衛が出来るなんて光栄ですよ、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしくお願いします!」
背のすらりと高いフェイラン様は赤紫色の髪に赤い瞳と甘い色気を持つ美少年だ。宰相である父とは違い、騎士の道を志し武道に励んでいるからかその麗しい容貌と反して肢体にはきっちりと筋肉がほどよくついており乗馬も剣の腕も高いと評判である。
半日過ごしただけだが、フェイラン様はとても優しかった。そして紳士的である。転びそうなところを颯爽と助け、道を歩いて男性に声をかけられそうになれば牽制し、人混みが多い所では私の身を庇い、そっと誘導してくれる。
うん、すごくいい人だ。
ゲーム中でも癖の強い攻略対象の中で一番まともで素直な人だった印象がある。初心者はまず彼を攻略することでゲームの世界観を知ると言われていたくらい初心者向けな人だ。
だから一緒にいて嫌ってことは全然ないのだが、困ったことにもなった。
彼は律儀にもずっと四六時中護衛してくれる。外出するのはもちろん、屋敷の中までもだ。騎士団の方はどうしたのと聞けば、しばらくお休みをもらっているらしい。鍛錬は隙間時間にやっているからと笑顔で言った。
そうすると、必然的に私が打ち合わせの為に訪れるユーシス様の部屋にも連れて行かなくてはいけないことになり……ユーシス様がラノベの君であることを打ち明ける必要があるのだ。
エルド様だけでいいと言っているのに勝手に迎えにやってくるユーシス様とはじめてフェイラン様が鉢合わせた午前十時。ユーシス様は変装しているのでフェイラン様は最初、誰だか分からなかったようだ。その隙にこっそりとユーシス様に話を通す。
「すみませんあの、かくかくしかじかでフェイラン様が私の護衛を務めることになりユーシス様の秘密にも迫ってしまうと……」
「……確かに今のアルル嬢には護衛が必要だと思うが。それにしては過保護すぎやしないか? 馬車移動でもダメなのか?」
こくこくと頷く。フェイラン様は安全と思われる方法をとっても『心配だから』と付いて来てしまうのだ。このままユーシス様と一緒に行こうとしても付いてくるだろう。ユーシス様は少し考えてから、頷いた。
「フェイランは騎士道精神溢れる男。秘密は守ってくれるだろう……」
ということでフェイラン様にはユーシス様がラノベの君であることを打ち明けた。するとかなり好感触な反応が返ってきた。
「まさかあのラノベの著者がユーシス殿下とは! 活字に弱い私でも楽しく読めました、続き楽しみにしています」
「ああ、ありがとう」
がっしりと握手を交わした二人を見て、私はこれで問題なし! とその時は安心したのだが。いつものようにユーシス様の自室に入り、ユーシス様がおいしいお菓子と紅茶を用意してさっそく拷問にも等しい、あーんの刑に処されるとフェイラン様はさすがに驚いた顔をした。
「殿下!? 淑女になにをしているのです!」
「なにって、あーん」
「見ればわかります! 恋人同士でもあるまいし、仕事仲間にやることじゃないですよ!」
その言葉にぴたりとユーシス様は動きを止めた。どうしたんだろうとユーシス様の顔を見れば、彼はどこか悩むような難しい表情を作り、フェイラン様に顔を向ける。
「……そんなことを言っても、可愛いのだから仕方がない」
「え?」
「可愛いんだ。とっても、フェイランしょうがないから君にも見せてあげよう。エルドの隣においで」
怪訝な表情でフェイラン様がエルド様の隣につまり私達の姿がよく見える場所に行くと、ユーシス様は再びあーんと言ってきた。ユーシス様のあーんは強制なので抗う事は無謀である。フェイラン様にも見られているという羞恥心がやばかったが、無心で頬張るとさきほどの羞恥心が嘘なほど顔が緩んだ。今日のお菓子も最高においしい。
「…………」
「どうだ可愛いだろう? 犯罪的だろう? 抗えるわけがないんだ」
頬を仄かに赤く染めてどこか恍惚とした表情を浮かべるユーシス様に引きつつもフェイラン様を見れば、彼はどうしてかしかめっ面をしていた。まあ、はたから見たらバカップルに見えなくもない。リア充爆発しろとでも思ったのか。でもフェイラン様も結構リア充ですからね? あまたの女性に声をかけられてるの知ってるよ。
嫌な思いをさせてしまっただろうと謝罪を口にしようとした時、フェイラン様がにっこりと笑顔を浮かべた。
「そうですね、とても可愛らしかったです」
「そうだろう、そうだろう。じゃあもう邪魔をしないでくれ――」
「私もやりたいです」
『は?』
私とユーシス様の言葉がハモッた。
唖然とする私達を他所にフェイラン様がユーシス様とは反対の私の左側に座って、ケーキを切り分けフォークに刺した。
「はい、アルルーシャさん、あーんして?」
「ええぇぇっ!?」
戸惑う私にフェイラン様はぐっとケーキを私の唇につけた。
「ほら、これであなたが食べざるをえませんよ。それともこのあなたが口づけたケーキを私が食べましょうか?」
「ひいぃっ、食べますぅっ!」
それはかなりこっぱずかしいので一思いに自分で食べることにした。
もぐもぐ、ごくん。
やっぱり、おいしい……。
「……なるほど、確かにこれは抗いがたい」
じぃーっと見詰めてくる綺麗なフェイラン様の顔が間近に迫って、顔が熱くなる。どうしよう、ユーシス様お助け! とちらりと背後を振り返れば。
「…………」
すごく笑顔の怖いユーシス様がおりました。
背筋が凍りつくほど冷たいのですが、なぜですか!!
「フェイラン、誰がアルル嬢にあーんしていいと言った?」
「あれ、なんでユーシス殿下の許可が必要なんですか? これはアルルーシャさんの同意が得られればいいと思いますけど」
バチバチッ!!
私の挟んで黒い火花が飛び散った――ように見えた。
そして冒頭のはじまりである。ほんとうもうどうしてこうなったの!?
「俺のケーキが食べられないのかアルル嬢?」
「アルルーシャさんを脅さないで下さいよ殿下、ほら私の方がおいしいですよ」
一見穏やかに見えそうなそんな風景。だが間に挟まれた私の間にはブリザートが吹きすさぶ。
タオル……白いタオルを投げて降参したーい。
最後の頼みの綱であるエルド様に視線を送ったが……。彼は沈黙したまま、両目を手で覆って見えないようにしていた。彼は彼なりに気を使っていたらしい。でも今は理不尽だろうがこう叫ばせてもらおう、エルド様の役立たずーー!!