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5 ラノベの君

「ラノベ……怖いくらいに売れているらしいぞ」


 私とユーシス様が出版社を訪れてから二週間ほどが経過した日、学校があるというのに家の門で待ち伏せていたエルド様に拉致られて現在、ユーシス様の自室にいます。私が大人しくしているのは、おいしいお菓子と紅茶が出されたからじゃない。断じてないぞ。いつも以上に真剣な眼差しをするユーシス様の雰囲気にのまれただけだ。


 編集長からラノベ出版したぞーっと連絡を貰ったのが三日前。私とユーシス様は変装してこっそり本屋に行った。自分が携わった本が出る姿を見るのは何度だって嬉しいものだ。その時の売れ行きはそこそこ……といったような感じだった。そりゃあ、初のラノベという試みだし、絵も従来のものとは違うから戸惑うのも無理はない。良さを理解してもらうにはきっと時間がかかる……もしくは万人には受け入れられないかもしれないとその時は二人、そう思ったのだが。


「いったい、この三日で何があったんでしょうかね?」

「エルドに調べてもらったんだが、どうやらメルローゼ嬢が一枚かんでいるらしい」

「メルローゼ様が?」

「なんでも書店に寄った際に俺達の本を見つけてまだ名称が広がっていないにも関わらず『ラノベー!!』と叫んで狂喜乱舞し、即購入したらしい」


 ああ……メルローゼ様、前世の記憶をお持ちらしいから……。きっとオタクだったんだろうなぁ。


「その後、彼女は屋敷で知人や使用人などにラノベを布教しどんどんそれが広まったようだな」


 口コミか、なるほどな。メルローゼ様なら周りに与える影響力は大きいし、どうやら熱心にやっているようだから広がりも早かったんだろう。


「売れて良かったじゃないですか。深刻な顔をするのでなにかと思えば……」


 学校をさぼらせてまでする話じゃないような。と思っているとユーシス様は困ったような顔をして首を振った。


「売れたのは良いのだが、一つ問題がある」

「問題ですか?」

「アルル嬢、君は絵担当の名を本名で出したな」

「はい、そうです」


 王子様であるユーシス様と違って貧乏男爵家の娘の名なんて出てもあまり問題にならない、と思っていたので。ちなみにユーシス様はユーシス・ヴォルガという本名をバラバラにして並び替えさせたシーガル・ヴォユスというペンネームを使っていた。


「俺もラノベはそこそこ売れればいいなぁと思っていた程度だったから君が本名で出した時も何も言わなかったんだが。まさかここまで反響が出るとは思わなかった。アルル嬢、今学校へ行ったらどうなるか、想像できるか?」


 甘いモンブランを口に含みながらうーんと考えてみる。

 人気のラノベ、とくればその作者の人気はぐんぐん伸びて学生達の話題の種となるだろう。


 女学生A「いったい誰が書いているのかしら?」

 女学生B「きっととても素敵な人に違いないわ!」

 女学生C「ああ、一目お会いしたい!」


 妄想膨らみ、夢は広がる。けど、まあ偽名だからそれが誰かなんて当然分からない。妄想は妄想のまま。

 そしてそのラノベを担当する絵師の存在。


 女学生A「あのラノベの絵師、B組のアルルーシャさんなんですって!」

 男子学生A「ああ、あの貧乏男爵家のご令嬢か。地味でチビで目立たないが絵だけは上手かったな確かに」

 女学生B「せっかくだし、色紙にサインでもいただこうかしら?」

 女学生C「そしてラノベの方の情報を聞き出しますわ!!」

 女学生達『それな!!』


「ユーシス様が女学生達のラノベの君となり、私が質問責めにされる未来が見えます」

「は? いや、そうじゃなく。絵師の君の人気が上がって男子学生に迫られやしないかと……」


 うん? なんか私が想像していることと、ユーシス様が懸念していることが食い違っているような。


「アルル嬢は、通常でも可愛いというのにこれ以上人気が出たら俺は心配でたまらない」

「いや、人気とかもともとないんで。男子には地味チビで通ってますんで」


 恋愛対象にならないと真正面からからかわれたことすらあるのだ。ありえない。


「なにを言う。君は菓子の妖精かと思うほど愛らしいじゃないか。癒しオーラも出ているぞ」

「ユーシス様、寝言は寝て言って下さい。それと眼科にかかることをお勧めします」


 どうやらユーシス様には得体のしれないものが見えているようなので強くお勧めしておく。菓子の妖精ってたぶん私がいつもモリモリ菓子食べてるからだろうな。


「とにかくしばらく学校へは行くな。俺は学生じゃないからいざという時、アルル嬢を守れない」

「まあ、質問責めにされるのも怖いのでしばらくは止めておきますけど……」

「勉強の遅れは気にしなくていい、俺が行って教えてやろう」

「結構です」


 なんかそれっぽく眼鏡をかけてきたけど、お断りです。勉強とか言ってお菓子食べさせたり、食べさせたり、食べさせたりするんだから。

 ……それにしても眼鏡のユーシス様、いいな……。

 私、眼鏡萌えだったのか。と、私にお断りされてがっくりしている眼鏡ユーシス様をこっそり眺めてニヤニヤしながら、紅茶を飲んだのだった。





「アルルさーーーーん!!」


 バ――――ン!!


「ぴやぁっ!?」

「ひぃっ!?」


 ユーシス様に自宅警備員を命じられた私は、学校へ行かず屋敷の中でちょっと暇をしていたベルンツ兄様とチェスをして遊んでいた。そんな時、我が家の立てつけの悪いチョコレート色の扉を誰かが思いっきり開け放ったのである。

 覚えのありすぎる声にベルンツ兄様は涙目で震えた。


「ああ、ここにいらっしゃいましたのねアルルさん! それに嗚呼! パン屋の君も一緒なんてわたくしはなんと運の良い事でしょう」

「いらっしゃいませ、メルローゼ様」

「……いらっしゃい、メル」


 ベルンツ兄様はメルローゼ様のことをメルと呼ぶ。最初はメルローゼ様とか嬢とかつけて呼んでたのだがここ一か月の彼女の猛アタックによって愛称呼びを強要されたらしい。

 メルローゼ様はつかつかとこちらへやってくると、美しくも気高い笑顔を見せた。


「アルルさんの絵はとても見事だと思っておりましたけど、まさか……あの絵が描けるなんて思いもしませんでしたわ」


 目が、あなたも転生者ね? と暗に言っている。

 ベルンツ兄様がいるので直接的なことは言えないが、社交辞令で微笑んでおく。それでだいたい理解できるだろう、賢い彼女なら。


「学園にはこなくて正解ですわね。今、学生達の間であなたとラノベの君の人気が急上昇ですもの」

「あ、やっぱり女学生達にラノベの君のこと質問責めにされますよね」

「そうですわね。わたくしはラノベの君のことは正体を暴かなくてもよいと思っておりますから、アルルさんには聞きませんが」

「それは助かります」

「それとアルルさん、一つ忠告をさせてもらいますわ。これからあなたへの縁談が山と来るでしょうけど、人選は誤らないように」

「…………はい?」


 メルローゼ様の言葉に私とベルンツ兄様は目が点になる。

 誰に、縁談が山のように来るって?

 私達の反応に、メルローゼ様が呆れたようにため息をついた。


「危機感がなさすぎですわね。アルルさんは本名で出しているのですからすでに正体はモロバレですわ。あなたに興味を持った殿方がわんさか湧いていますのよ? 縁談は増える一方でしょうね」


 まさかの……モテ期。

 ユーシス様の絵師を務めてまさかこんな事態になるとは思わなかった。ユーシス様の懸念も当たったという事なのだろうか。


「外へは一人でウロウロしない方がよろしいですわよ。どうぞ誰か護衛を雇って」

「でもうちにはそんな余裕ないですし」

「まあそういうと思いました。なのでわたくしの方で用意させてもらいましたわ」

「え? どなたですか?」


 メルローゼ様はふふんと笑って、扇を仰ぐ。なぜもったいつけるの。

 たっぷりと間を開けてから、涼やかな声音で彼女は言った。


「フェイランです」

「フェイラン様ですか!?」


 あのメルローゼ様の取り巻きの一人、宰相息子である。線は細く見えるが、自身は父親とは違う騎士を目指して特訓中らしく、乗馬と剣の腕はかなり高いらしい。彼は攻略対象の一人であるし、メルローゼ様がすでに攻略済み? な感じがあるので私の元へわざわざ来るとは思い難いのだが。


「フェイランは喜んで承諾してくれました」

「そうなんです?」

「ふふ、彼は前々から密かにあなたの絵のファンだったんですのよ。本人に逢えて、彼とても喜んでいたのですから」


 意外な展開だ。まさかフェイラン様が私の絵のファンだったなんて。


「明日からフェイランに来てもらいますけど、いいかしら?」

「あ、はい。そうですね……お願いします」


 外を出歩けなくなるのは困るし、かといってこういう状況だから一人も怖い。兄様達にもそれぞれ仕事があるしメルローゼ様のはからいはありがたかった。

 メルローゼ様は、私との話は終わったとくるりと踵を返してベルンツ兄様に突撃した。

 すったもんだしている兄達を横目に、私はちょっと大変なことになっちゃったなーとぼんやりと思いながらチェックメイトとした。

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