3 のほほん家族会議&第一王子と打ち合わせ
ようやくユーシス様から解放され、エルド様に馬車で家まで送ってもらうと私は彼に頭を下げてお礼を言ってから、大事に大事に抱えたメルローゼ様からの高級ケーキとユーシス様からもらったメルゾーネのチーズタルトとチョコレートパン、フィゾの高級紅茶を落とさないようにわっせわっせと運んだ。
チョコレート色の扉を丁度外にいた使用人のアンナに開けてもらい、玄関ホールに入ると兄様であるベルンツが出迎えた。
「やあお帰りアルル、ずいぶんと遅かったんだな? そしてその大荷物はなんだ」
ベルンツ兄様とアンナに荷物をはぎ取られて身が軽くなると、私はにっこり彼らに微笑んだ。
「聞いて下さいベルンツ兄様! このお菓子、どれもお高い高級菓子なのです。紅茶付きです!」
「えぇ!? まさかお前、パーティーに出されていたものを持って帰ってきちゃったのか!?」
「まさか! いくら私でもそんな不作法な事しませんよ。これはメルローゼ様とユーシス様からいただいたのです。正当な報酬です」
ベルンツ兄様は、有名な公爵令嬢と第一王子の名前を聞いてふらりと立ち眩みを起こした。私がなにかしでかしたとでも思ったのだろうか。失礼な。
「と、とりあえず詳しい話を聞こうか。アンナ、皆を食堂に集めてくれないか?」
「かしこまりました」
ということで、緊急家族会議がはじまりました。
私の家族は全部で六人。
メルス男爵である父、オーレル・メルス。
メルス男爵夫人である母、ミリア・メルス。
長兄、ベルンツ・メルス。
次男、アレシス・メルス。
長女、メアリー・メルス。
そして次女である私、アルルーシャ・メルスである。私、末っ子なのです。
「あら、この紅茶すごくおいしいわね!」
そう感嘆の声をもらすのは母のミリア。そうでしょうそうでしょう、ユーシス様からいただいたフィゾの紅茶ですから!
「このシフォンケーキもありえないくらいふわふわしてておいしいわ!」
「チーズタルトも濃厚で絶品だな! こんなの食ったことない」
メルローゼ様からのケーキを食べて感動で涙を浮かべる姉、メアリーとユーシス様からのチーズタルトを貪り食う次兄、アレシス。
すべてが食べたことのない高級菓子ですから仕方がないね!
私もうまうまーっと幸せな心地でいただいてたんだけど、長兄のベルンツ兄様だけはしかめっ面でもそもそとチョコレートパンを食べていた。
「ベルンツ兄様、もしかしてお口にあいません?」
あまりにもむっすりしているので口に合わなかったのかと思ったが、ベルンツ兄様は私の言葉に首を振るとつぅーっと両目から涙を零した。
「兄様!?」
「いや、すまない……高級という言葉に惑わされてはいけない、いつも食べてる市井のパン屋オーレンのおっさんの手作りパンの方が美味いと言い聞かせていたんだが、くっ――これは本当に美味いな。すまないオーレンのおっさん……」
「兄さん、そこまであのおっさんのパンを愛さなくてもいいと思うぜ?」
「馬鹿を言うなアレシス! おっさんはな、貧乏なうちを慮っていつも割り引いてくれてるんだぞ!?」
そうそう、私と母が行くともっと安くしてくれる。気前のいいおっさんだ。あそこのパンにはいつも助かってるし、おいしいから好きなんだけどやっぱりこの菓子と比べてしまうとどうしても見劣りしてしまう。
ごめん、おっさん。
「それでアルル、あなたこれどうやって手に入れたの?」
母が、興味津々といった風に聞いて来て兄達も一斉にこちらを見た。
色々濃かった今日のパーティーの出来事とその後をかいつまんで話すと、皆それぞれの反応を見せた。母は、がんばったわねぇと私の頭をなでなでし、ベルンツ兄様は胃を抑えて蹲り、アレシス兄様はやるなーと感心し、メアリー姉様はユーシス様は素敵よね、弟と違ってと笑顔で辛辣なことを吐いた。
とりあえずのんきで図太い他の家族はともかく唯一とても繊細なベルンツ兄様の胃に穴が開かないかどうかだけが心配です。
「アルルは昔から絵が得意だったものねー。なにかの役にたてばいいと思ってたけどまさかユーシス殿下の専属絵師になるなんてお母様、鼻が高いわ」
「でもそうなると、他の令嬢達が煩いわね。なんとか牽制方法を考えなきゃ……」
「……メアリーが言うとなんか怖いな」
「アルル、いいかアルル。くれぐれも! くれぐれもユーシス殿下に失礼のないようになっ! なにか起きてもうちじゃあ賠償金も払えないぞ!?」
それぞれの反応を楽しく聞きながら適当に流して、紅茶をすする。
我が家は今日も平和なり。
ちなみに父は、最初からずっと座っていたが一言も言葉を発せずにこにこと家族の賑やかな声を聞いていた。影の薄い、穏やかな父なのでした。
次の日、ユーシス様と詳しい打ち合わせをする為に私は迎えに来てくれたエルド様と共に馬車に乗って家族に見送られながら王城へと向かった。
お城はとても広くて、造りが複雑なのでエルド様の案内がなかったらユーシス様の部屋には辿りつけないだろう。私の残念な頭じゃ、道を記憶するなんて無茶だしな。
昨日も入ったユーシス様の自室に行くのかと思ったら今日は執務室の方だった。どうやら彼は仕事中らしい。執務室へ通されれば、金髪に翡翠の瞳の輝く美貌の青年、ユーシス様がテンション高く出迎えてくれた。
「アルル嬢! 待っていたぞ。君が早く来ないかとずっと眠れず寝不足だ!」
「遠足待ちきれない子供ですか!?」
寝不足テンションなのか、それとも仕事疲れかハイになっているユーシス様は小柄な私に抱きつくと、長い黒髪に頬ずりしてきた。
うぎゃあ、なにしてくれとんじゃああ!!
「良い匂いだな。甘い菓子の匂いだ。さすがアルル嬢」
なにがさすがなのか!!
乙女の匂いを至近距離で嗅ぐとはなにごとだあ!!
思わず右腕が唸りそうになったが、その前にエルド様がべりっと私からユーシス様をはがしてくれた。良かった、数秒遅れてたら私、傷害罪で牢獄行きだったかもしれない。でも乙女としての尊厳は最低限守って欲しいのですが、ユーシス様。
「……ああ、すまない。アルル嬢、あまりにも嬉し過ぎて過剰になっていたな。君の昨日描いてくれた絵が物語を膨らませてどんどん書きたくなる。君の絵が私の物語を彩ってくれるのだと考えただけで心が燃え上がるみたいなんだ。これは恋か?」
「錯覚です」
「――冗談だ」
やっぱり今日のユーシス様は変なテンションにおかされている。どんな冗談だよ、熱く語りながら言う冗談じゃないよまったく。これが殿下に恋する乙女だったら真に受けちゃってるぞ。
「出版社の方には今朝、アルル嬢を専属絵師にする旨伝えておいた」
「出版社の方はなんと?」
「殿下のお好きなように、と」
「ああ、出版社の方は書いているのがユーシス様だと知っているのですね」
「新人賞を受賞した時にな。俺は王子だし仕方がないが、色々便宜を図ってもらって助かっているのは事実だ」
なんだか不満そうなユーシス様に私は素直に言っておいた。
「ユーシス様の小説、すごく面白いですよ」
なんか、小説を書かせてもらっているのは王子という権力があるからみたいに考えているような気がしたので。
その言葉にユーシス様は朗らかに笑って、低い位置にある私の黒髪の頭を撫でた。
「ありがとう、アルル嬢。そうだ、一緒にイチゴのケーキを食べよう。メルゾーネの新作なんだ」
エルド様がさっと切り分けたイチゴのケーキを出して来た。今日もユーシス様は自分で紅茶を淹れるらしい。紅茶を淹れてる姿も様になる優雅な仕草についつい見惚れてしまう。令嬢達にモテるのも分かるなぁ。これからその矢面に立たされそうで怖いが、こんな贅沢を味わえるならと思うと悪い気はしない。
「今日の紅茶は我が国のものだが、けっこうおいしいぞ?」
「ではまず一杯」
勧められて飲んでみるとフィゾの紅茶よりは劣るけど十分においしい紅茶だった。香りもすごく良くて、気持ちが落ち着く。ほわわーんと幸せな顔でいると、ユーシス様は微笑みながらなぜか向かいではなくて私の隣に腰を降ろした。
「このケーキと相性がいいそうなんだ。ほら、アルル嬢――」
呼ばれてユーシス様の方を見ると、彼はケーキのイチゴを刺したフォークを私に向けていた。
え? このポーズはまさかの?
「どうした? ほら、口を開けろ」
まさかのあーんですか!? 待って、ちょっと待って、いきなりは難易度高いですけど!?
隣に座ったと思ったら、これがやりたかったのか!
あーんとか、家族にしかやってもらったことない。他人のしかも麗しき美貌の第一王子様にそれやられるのは意味がぜんぜん変わってくる。
「……殿下、私は十七の乙女です」
「うん? そうだな、弟と同い年だな」
「チビでも、レディです」
「レディであるのに背丈は関係ないからな」
ユーシス様は私を子供と思ってこうしているわけではないようだ。ますます解せぬ。
真っ赤になって、どうやって切り抜けようか考えているとイチゴが唇に当たった。
「食べてくれたら今日のお土産は、メルゾーネの新作モンブランだ」
もぐ。
むしゃむしゃ、ごくん。
羞恥心よ、さらば。
ユーシス様は嬉しそうに笑うと、丁寧にケーキを切り分けて次々と私の口に放り込んだ。もういいや、親鳥に餌貰う雛鳥の心境で食べよう。
そうやって切り分けられたケーキを一つ食べ終わると、ユーシス様はやっと手を止めた。
「俺の癒し度は現在満タンだ。感謝するぞ、アルル嬢」
「意味が分かりませんが、満足そうでなによりです」
私の乙女としてのなにかが失われたような気がするが、気にするまい。
さあ、次はお仕事のお話かなと画用紙帳を広げようとすると、ユーシス様がごろんと横になって来た。金色の輝く御髪が私の――――膝の上に!?
「癒されて眠気が押し寄せてきた……寝る」
「寝ないで!? 打ち合わせしましょうよ! ってか人の膝の上に頭乗せないで下さいよっ」
「アルル嬢……甘い……菓子……すぅ」
寝るの早っ!!
そこからどう揺すっても起きないので、諦めてこてんとソファーの背もたれに体重を乗せた。そしてうららかな午後の日差しに負けて私もすぐに眠ってしまったのだった。
次に目を覚ました時、私とユーシス様に布がかけられていた。
そういやエルド様……ずっといたんだった……。




