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10 人気者はツライよ(遠い目)

 季節は移り変わり、冬まっさかりになった今日この頃。

 白い雪もちらほら降り始め、吐く息は白く、寒さに手をかじかませながら早歩きで道行く人は通り過ぎて行った。

 このメルダ王国にも前世で過ごした日本と同じく冬のビッグイベントがある。

 『精霊祭』といって、精霊は冬に生まれるという言い伝えからはじまった精霊の誕生を祝うお祭りだ。ざっくり言ってやることはクリスマスとなんら変わらず、精霊が宿るとされるメリーの木を飾り付けて、ケーキやご馳走を食べる日である。また恋人同士や片思い中の人にとっては特別な一日で、王都の中央広場にある巨大なメリーの木の前で告白やプロポーズをすると永遠に絆が結ばれると言われている。

 そう、精霊祭とはそんな甘くてキラキラした夢のような日なのである。



「そんな日の前々日であるイブイブにあなた方はいったい、なにをやっているのですか……」


 真っ白くふわふわのコートに桃色のマフラーを巻いて、お母様手編みの白い手袋をつけた防寒ばっちりの私は編集長と打ち合わせの為、街中にある書店を訪れていた。

 今日は珍しく、フェイラン様から『大事な、とても重要かつ人生最大の行事がある為、護衛ができません。すみません。代わりにアレク様にお願いしましたのでどうぞ扱き使ってください!』と手紙をいただいたので、渋々といった様子のアレク様を供にしている。

 そしてまたとても珍しく、ユーシス様からも『大事な、とても重要かつ人生最大の行事がある為、同行できないことを詫びる! 帰ったら、美味しいケーキを用意するから待っててほしい』と手紙が届いていた。

 ほんとなにがあったんだ君ら、と思いながらでかけたら。


 書店の前でばったりと、会ったのだ。

 ユーシス様とフェイラン様、あとメルローゼ様。


「僕もいるぞ、アルルーシャ嬢!」


 バン!

 と、視界を遮るようにして飛び出した男。眼鏡のイケメン――はて、どなた。


「ふふふ、その『あんた誰?』という顔も可愛らしい! 思い出していただけないようなので自ら名乗ろう! 僕の名はそう、トーンの魔術師レイベル・かー「おはよう、アルル嬢」「良いお天気ですね、アルルーシャ嬢」「ごきげんよう、アルルさん」


 眼鏡の青年、レイベル・かーを押しのけてユーシス様達が笑顔で私を出迎える。


「メルローゼ様、ごきげんよう」


 真っ先にメルローゼ様に挨拶してから隣の二人に視線を向けた。


「ユーシス様、フェイラン様、重要かつ人生最大のなんちゃらとか言ってましたけど、その用事はどうしたんです?」


 メルローゼ様はオタクだから本屋の前にいるのも分かるが、ユーシス様とフェイラン様は謎だ。二人とも本屋に寄ることはあるんだろうけど、いつも競うように私の護衛を譲らないのにただただ本屋に寄るだけの用事であるわけがない。

 三人は顔を見合わせると、こほんと咳払いをした。


「アルルさん、わたくし達は同じ目的の為に集っているのですわ」

「え? なにかあるんです?」


 オタクの祭典コ〇ケ的な話題は聞いたことがない。ましてやユーシス様やフェイラン様が同時に同じ興味を持つようなイベントの噂も耳に入っていないのだが、どこかでまことしやかに流れているのか私が聞き逃したのか。


「とても重要な行事だ、アルル嬢」

「アルルーシャ嬢との大切な護衛の時間を失ってなお、手に入れたいものがあるのです」


 二人がなんか燃えている……。

 なんだろう、どんなイベントが待ち受けているの?

 私はなぜ仲間はずれなの? 教えて、メルローゼお姉様!!

 縋るようにメルローゼ様を見ると、彼女は満面の笑みを浮かべた。


「わたくし達が熱く集うイベント、それはもう一つしかありません」

「コ〇ケですか!?」

「アルルさんの握手会です!!」


 どーん。


 ……………は?


 メルローゼ様は一枚のチラシを見せてくれた。

『≪最強冒険者ランザの無双すぎる冒険譚≫の挿絵担当で人気の絵師アルルーシャ先生と会える! イラスト集発売記念、握手会開催決定! 精霊祭前日、ベイル書店一階奥でアルルーシャ先生の握手会が行われます。先生と会える機会です、ぜひ足をお運びください!(サインも受け付けるよ!)』


 …………Oh。


 編集長が握手会しようと言いだして、承知したのは事実だ。

 出版社がチラシを作ったのも知っている。

 誰か一人でもいいから来てくれないかなーと思っていたのも事実で、今日この書店に来たのも明日の握手会の打ち合わせの為でもある。

 でも待ってくれ。


「アルルさんと握手できて、イラスト集も手に入って、なによりもサインがいただけるのですよ! これを逃す手はありませんわっ」

「先生としてのアルル嬢と会えるなんて、今から緊張する。送る花はなにがいい? 薔薇一万本?」

「アルルーシャ嬢のサインをもらったら、家宝にします! 嗚呼、握手したらもう手が洗えないかもしれません……」


 それはオカシイ。

 君らのそのテンションはオカシイ!!

 とりあえず薔薇一万本もいらないし、フェイラン様は帰ったら手を洗え! 風邪ひくぞ。


「まさかメルローゼ様達は、握手会前日から待ち列を?」


 おそるおそる聞いてみたら、三人とも輝く笑顔を見せてくれた。


『もちろんです(だ)』


 誰かこの人達に突っ込みを入れて欲しい。

 期待して後ろに目をやったら、アレク様はガタガタと震えていた。


「なぜ、なぜだ……」

「そうですよね!? 疑問ですよね!? ほら、アレク様、みなさんに突っ込みを!」

「なぜ、俺にだけ情報がない!? 知っていたら俺だって並んだのに!!」


 …………。

 アレクさまー? おーい、アレクさまー。


「アルルーシャ嬢、悪いが護衛はここまでだ! 俺も並ぶっ」


 と言って、アレク様は離脱した。

 列の後ろに並び始めた。雪の中にひっくりかえて静かにしているレイベル・かーの後ろに。


 深刻な突っ込み不足に、人混みに向かって『お客様の中に突っ込み担当の方はいらっしゃいますか!』と叫びたくなった。

 もう頭を抱えて雪に埋まりたい。


「あのですね、みなさん。サインなんていつでもみなさんになら書きますし、握手なんてそれこそぱぱっとできますよ。そんなレアじゃないですよ……」

「なにを言っているのですアルルさん!」


 ばんっ! と扇子を力強く開いて、メルローゼ様が鼻息荒く力説した。


「≪友人≫としてのアルルさんではなく≪絵師先生≫のアルルさんと握手しサインをもらうことが重要なのです! それに友人だからといって特別扱いを求めるべきではありません。ファンとして平等にチケットを求め、列に並ぶのです! これぞ真のファンというもの」


 アルルーシャ・メルスはいつからトップアイドルになったのか。

 前世でもこんな熱いファンはなかなかいなかったよ。

 メルローゼ様の隣でユーシス様もフェイラン様も、そしてアレク様まで頷いていた。おかしいな、三人はともかくアレク様はいつの間にそこまで熱心になったの?


「あら、アルルさんは知らないのかしら? アレク、あなたからいただいた原画や落書きなんかも丁寧にファイリングして、さらに魔導士に頼んでそれらをコピー、観賞用と保存用となにかあったときのための保存用の三つに分けて持っているのですよ? 立派に熱いファンです」


 なんてこったい。真面目が違う方向に暴発している。

 そんな話題が出たからか、ユーシス様とフェイラン様がはいはい! と押し合うように手を上げた。


「それなら俺だってやってるぞ。もう一つ、アルル嬢とデザート食べる用もある!」

「私だってそれくらいやってますよ。追加でアルルーシャ嬢とダンスする用もあります!」


 張り合うな!!

 そして、なんだデザート食べる用とダンスする用って! いらんわ!!


「ふっ、実にけしからんやつらだ。アルルーシャ先生の崇高さを分かっていない!」


 ばーーん!!


「どうしました……えーっと、レイベル・かーさん?」

「ノン! 違うぞアルルーシャ嬢! 僕の名はレイベル・カーシス! よし、邪魔されなかった! よくやった僕っ」


 本当はユーシス様とフェイラン様がいつでもゴーできる状態だったが、私が待てをした。一度会った人を綺麗さっぱり忘れているのは、マナーに反するし自己紹介は遮るもんじゃない。

 レイベル・カーシス、レイベル、レイベル……。

 ぼんやり思い出した。

 簀巻きの魔術師――じゃなかった、トーンの魔術師だ。トーン開発してくれた人だった。けっこう重要人物だったんじゃないか私。なんで忘れたんだっけ?


「僕はそんな欲望に満ちたファイリングの仕方はしない!! 観賞用、保存用、なにかあったときのための保存用、そして――――アルルーシャ先生という神に供える為の祭壇用だ!!」


 よし、忘れよう。

 今思い出したものすべて綺麗さっぱり忘れよう。

 ゴミ箱にボッシュートしていい記憶だ。


「眼鏡の方、はじめましてそしてさようなら」

「一気に忘却の彼方に投げられる僕! それでも僕は先生のファンを止めない!」


 勢い任せに間合いを詰められたので、引くと素早くユーシス様とフェイラン様によって眼鏡の方は簀巻きにされ、通りがかりの荷馬車に詰められ、走り去っていった。


「えー、みなさんこれ以上なにか言うのも無駄な気がするので止めますが、とりあえず風邪はお引きにならないよう気を付けてくださいね?」


 メルローゼ様は寒い中でもイベントの為に待った経験があるのか、色々準備して来ているようだったが他の三人、とくにアレク様は咄嗟に列に並んだので準備が乏しい。

 うーん、あとでなにか持ってきてあげようか。

 そう思いながら、私は一人で書店に入り担当者と打ち合わせをすることとなった。




 帰りはユーシス様から頼まれたエルド様が護衛についてくれた。ユーシス様自身の護衛はどうなってるのかと思ったが、考えてみたらフェイラン様がいるし、アレク様もいる。ユーシス様自らも強いらしいし、問題はなさそうだ。それと打ち合わせが終わって書店から出て驚いたが、アレク様の後ろにも人が並びだしていた。

 ユーシス様達のテンションは異常だが、こうして前々から並んでくれている人のことを見ると心配になる中でも嬉しく感じてしまう。

 うん、やっぱりなにか差し入れとか持って行こう。

 あったかい、飲み物とかいいかなー。


 エルド様と馬車に乗っていったん家に帰る。


「あら、お帰りなさいアルル」

「お帰り、アルル」


 メアリー姉様とベルンツ兄様は居間でそれぞれ作業をしていた。


「メアリー姉様? なにをしているの?」


 姉様は、なぜか黙々と暖炉になにかをくべているようだったので聞いてみると、なぜか真っ黒な笑顔が返ってきた。


「ふふふふふふふふふ」

「姉様、笑顔がおっかないよ……」

「これが笑わずにはいられないのよアルル。私の可愛いアルルに害虫どもがわらわらと、前からあったけど精霊祭に向けて、うぞうぞと活動し出して……。アルルの可愛い目が穢れる前に処分しちゃわないとね」


 意味が分からないと、ベルンツ兄様の方を見たがさっと反らされた。

 これは『深く聞いちゃいけない案件』ということでファイナルアンサーだろうか。


 そういえば、前にユーシス様もメルローゼ様も私がモテるとか縁談が山ほどーとか言ってたけど、実際に声をかけてきた人は少ないし、縁談もないような? 声をかけた人はもれなくフェイラン様に凄まれて逃げていったけど……。しばらく休学したわりにはあっさりとしていて、やっぱり二人の思い過ごしじゃない! と思った。もうフェイラン様もいらないんじゃないのかなぁ。いつまでも護衛してもらうのは悪いしね。


 そんなことをうっかり呟いたら。


「いいことアルル? 護衛はしっかりつけなさい。フェイラン様もがいちゅ――ごほん、まあマシですからいいでしょう。ユーシス様もとんだがいちゅ――ごほん、ああ本当にアレク様も最近油断ならないし私のアルルはまだ誰にもあげないんだから……」


 姉様が、自分の世界にお入りになられた。しばらくはこちらの言葉も聞かないだろう。ベルンツ兄様も寒さのせいか震えてるし、ブランケットでもとってくるか。


 とりあえずアンナに頼んで温かい飲み物、ココアやコーヒー、紅茶などを淹れてもらい手分けして持って行くことになった。

 差し入れ協力者は、エルド様、姉様、ベルンツ兄様、アンナである。

 ちなみにアレシス兄様は、イブイブ祝日(王国ではイブイブ、イブ、精霊祭、後夜祭の四連休である)にも関わらず仕事だそうだ。ご苦労様である。アレシス兄様って家では適当なのにバリバリ仕事人間なんだよね、実は。ベルンツ兄様の方が家にいる頻度が高い気がするけど仕事がないわけじゃなくて、仕事が早いから時間を作りやすいらしい。ベルンツ兄様は見た目に寄らず隠れ有能なのである。


 書店前まで戻ると、列は更に増えていた。

 みんなが凍死しないか増々心配になってくる。


 私達が水筒を持って参上すると、真っ先に目ざとく見つけたメルローゼ様が突撃してきた。


「ベル様あぁぁぁぁ!!!!!」

「げふんっ!」


 愛のローリング頭突きがベルンツ兄様の腹を直撃。兄様悶絶。メルローゼ様、歓喜。結果、地獄絵図。

 私と姉様達は、それを見なかったことにした。


「みなさーん、あったかい飲み物持ってきましたよー。どうぞ、凍死しないようお気をつけて」


 ユーシス様達はありがたくいただいてくれて、後ろの見知らぬ人達も続けて受け取ってくれる。彼らはアルルーシャ先生の顔を知らないのか、握手を求める本人が目の前にいてものほほんとしていた。これなら騒ぎにならずに済むかな、なんて呑気な事を考えていた私が悪かった。


「アルルーシャ嬢! アルルーシャ嬢だ!」


 さらに後方からそんな騒ぎ声が聞こえた。

 驚いて見てみれば、見覚えのある面々がいた。学校の男子生徒だ。しかし騒がれるほど仲が良いわけでもないし、当人とは話した覚えもほぼないのだが……。

 困ったように首を傾げたが、彼らはそれでも親しげに声をかけてくる。


「アルルーシャ嬢! 明日をとても楽しみにしてるよ! それと良ければ俺と精霊祭デートを――」

「邪魔するなよ! アルルーシャ嬢と一緒に精霊祭に行くのは俺――」


 と思ったらなぜか勝手に喧嘩をはじめてしまった。

 どうしたもんかと困っていると、彼らより前にいる人達が私が先生当人であることに気が付いてしまったらしく、ざわつきが大きくなる。明日をまたず握手を求めてくる人も出てくる。

 ファンサービスをしてもいいのだが、せっかく並んでいるのだしあまり気軽にやりすぎてもいけないのかもと考えて笑顔で『明日また、お会いしましょう!』とすすーっと退散することにした。

 あとは姉様やアンナ達に任せよう。

 面倒なことになりかけている様子を見ていた姉様達は頷いて私を逃がしてくれる。エルド様はすっと定位置について護衛を続行してくれるようだ。

 戻る時、遠目にユーシス様とフェイラン様が見えたが、二人ともかなりすごい笑顔を浮かべていた。両手をパキパキさせていたのでなにか獲物でも見つけたんだろう。


 白い街並を眺めながら、行き交う仲睦まじい恋人達が視界に入る。

 『精霊祭デート』かぁ。一応乙女としては憧れではあるのだが、かれこれ十七年彼氏がいた試しがないので精霊祭どころかデートもしたことがない。


 今年も家族とパーティーかな。

 あ、でも今年はベルンツ兄様はメルローゼ様に捕まるだろうか。メアリー姉様も婚約者との約束があるかもしれない。アレシス兄様は……また仕事かも。父様と母様はデートにでかけそう。

 あれ、もしかして私、今年ひとりぼっちか!?


 絶望の精霊祭になりそうで、私は一人寂しさに打ちひしがれた。

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