3
燈色の泡が弾けるグラスの横に、もうひとつ汗をかいたグラスが置かれる。意識しないようにと考えれば考えるほど、意識してしまう。
あっという間に、満のグラスは半分空いてしまった。
視線が右頬に刺さる。
「初めまして。俺は佐藤陸」
別のとこに意識をやろうとするも、生憎、満は廊下側端に座っている。隣には佐藤が座っているし、向かいの女性は誰だか知らない。逃げ場などなかった。
「愛染満です……」
「そんなに、俺の隣はお気に召しませんか」
無意識のうちに、満の顔はしかめ面になっていた。それを指摘され、慌てて愛想笑いを浮かべる。
「そんなことはないですよ。さっきは道案内を有り難う御座いました」
「別に、案内してないけど。偶然一緒に来ただけでしょ」
何故、わざわざこの男は満がいらっとくる言葉を選ぶのだろうか。それに、触れたくないことなのに、わざわざ自分から来た時の話題を出してしまった。来たときの話はできれば忘れてしまいたい。
慌てて、満は話題を変えた。
「佐藤さん、自衛隊の方なんですね」
「一応」
「お仕事、大変そうですね」
「まぁ、ね」
満が一生懸命、話を振っているというのに、佐藤は愛想のない返事ばかりだった。自然、満の口元はいらだちで、ひくついてくる。
「今日は、お時間大丈夫なんですか? 外出時間とか」
「くっ……くくっ」
「え、な、何ですか?」
不意に、佐藤が口許を覆って肩を震わせ始めた。話題を振っても、話を膨らまそうとしないし、かといって他の人と話すでもなく満をじっと見てくるし、そんな態度なのに急に人を見て笑ってくる。我慢も限界だった。
「よっぽど、俺と話すのが嫌なんだね」
「そんなことないですよ」
そういった満の顔は、思い切りひきつっていた。
「顔に出てる」
「……すみません。嘘がつけないもので」
愛想を振り撒くのも、疲れた。満自身、そんなに我慢できていなかったことを自覚しているが、今日はスタートからついていないと思うことにした。開き直ってしまえば、楽なものだ。
「帰って欲しい顔まんまんで帰り時間聞いてくるし」
「別に、帰って欲しい、まで思ってませんけど」
「一生懸命、話題を探してるし」
「はぁ」
何だか、佐藤と話がしたくて話題を探していた、そんなニュアンスの言葉で嫌だったが、間違いではないので否定はしなかった。気まずさと、来るまでの道のりのことを話題に挙げてほしくないのとで、他の話題を探していたことは事実だ。
「あぁ、そっか」
わざとらしく、佐藤が手を打つ。
「来るとき、自分がナンパされているって、勘違いしたことが恥ずかしいんだ」
「っ!」
その瞬間、満は一気にグラスの残りを煽った。
勘違いではない。こいつはとてもいい性格をしている。間違いなく嫌なやつだ。
かっと、顔が暑くなったのは、酒のせいだけではないだろう。
「……あの、あまり話が盛り上がらないようでしたら、他の人と話して頂いても大丈夫ですよ」
「愛染さんと話したいんだけど」
「な、なん! ……そうですか」
人に好まれそうな笑みを佐藤が浮かべる。この顔を見ると、満は背中がそわそわして落ち着かなかった。きっとこういうことを言われていい答えを返せないことも、男慣れしてないからだろう。満の友人ならば、きっと気の利いた言葉でうまくかわして未設。
気を紛らわそうとして開いたメニューも、内容は頭に入ってこなかった。
「すみません」
佐藤が手をあげ、店員を呼ぶ。
「次、何飲む?」
「え? あ、この桃のやつを」
聞かれるがまま答えると、それを佐藤が店員に伝え、あっさりと注文はすんでしまった。やけに手慣れている感じだ。
「あの、気を使っていただかなくていいです。私は一人で食べときますから」
「何で?」
「何でって、せっかくの合コンですから気になる子に声をかけたら――」
「だから、愛染さんに声かけてんだけど」
また、あの笑顔。
皆に聞こえないようにとそっと囁かれた言葉は、満の耳に残った。
不覚にもドキドキしてしまったことは、内緒だ。