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週末は、どこも込み合っていた。まだ学生らしき若い子の姿や、部長クラスの年配者まで、どこの店に入ろうかと話をしている。
満が遥香から聞いている待ち合わせの店は、人で込み合う道筋から少し離れていた。本当は一緒に店に行く予定だったのだが、遥香に用事ができてしまい、別に行くことになったのだ。
あそこで待ち合わせをしている人は、もしかして今日、一緒に合コンをする人だろうか。あそこにある人こそもしかしたら――そんなことを考えながら、つい周りを見て歩いてしまう。しかし、いざ店が近くなると、足取りは重くなってしまった。
「別々でも、店に入る時間は一緒ぐらいになるって言っていたけど……」
店から少し離れた信号の前で、辺りを窺うが、遥香らしき人影はない。もう、先に入っているのか――そんな考えがよぎる。
あまり遅くに一人で入るのも緊張するし、早く行きすぎるのもなんだか恥ずかしい。
どうしようかと、三度目の青信号を見送ったときだった。
「迷子?」
「……へっ?」
思いがけず近くで聞こえた声に、周りを見回す。が、ここにいるのは満だけだった。
「俺に分かるとこなら、案内しようか?」
「あ、大丈夫です」
あからさまに、不審な声を出してしまった。慌てて、ひきつった笑みを満は顔に張り付ける。次、青になったら絶対に渡ろう。
しかし、そういうときにかぎって信号は長く感じられるものだ。
「こんな裏道、一人で歩くのは危ないよ」
「そうですね」
「もしかして、あそこの店?」
男が指したのは、まさにこれから満が行こうとしている店だった。
「……何故ですか」
「当たり?」
にこりと、人の好さそうな笑みを男が浮かべる。
「ずっとあの店を見ていたから。少し約束より早く来たから、ここで時間潰ししてるのかなぁと」
「まぁ……はい」
もしかすると、この人も――なんて考えが頭を過ぎるが、すぐにそんなわけがないと打ち消した。都合のいい話、それも運命的なものを満は信じていなかった。それにもし、この人が合コンメンバーだとしても、満の苦手なタイプだ。
ふと、気になったことを口にする。
「時間潰しかな、と思ったのに、道案内の声掛けをするんですね」
「ん、……ん~、まあね。せっかくだし、声をかけようかと」
ぴくりと、男の目元が動いた。
何がせっかくかは分からなかったが、信号は青に変わった。少し離れた道は明るく人で賑わっているが、ここには雰囲気のあるおしゃれな明かりと、満と男の二人しかいない。先ほどまでとは打って変わって、早く店に入りたかった。
しかし――
「誰と待ち合わせ?」
「友人です」
「もしかして、合コン?」
少し、馴れ馴れしい。しかし、そんな考えも、自意識過剰な気がするし、相手に失礼な気もする。そんなことを思いなが信号を渡ったわけだが、何故か、男は着いてきていた。店の扉に満が手をかけても着いてくる。これは、自意識過剰ではないのかもしれない。
「あの……」
「何? 入らないの?」
「入りますけど……あなたもですか?」
「元々、予約してるし」
「え、あ……」
思いがけない返答に、満は止まった。次第に、顔が熱くなってくる。
「何? もしかして、君を追っかけてると思った?」
図星だ。恥ずかしくて、火が出そうだ。ちらりと男を見ると、意地悪そうに笑っている。嫌なやつ。
「違います」
違わないけど違う。
「あ、そう。じゃ、席に行こうか」
「へ?」
不意に男が満の鞄を引いた。
「あ」
恥ずかしいやら腹が立つやらで混乱するなか、無理やり引かれているわけでもないのに、満の足は自然に着いていった。男の足は迷いなく、店の奥へと向かう。
男の手がすだれを避けた。
「あ、満!」
「遥香?」
その座席には、三人の男性と、遥香含む三人の女性がいた。飲み物の注文をしようと、ちょうどメニューを見ているところだった。
「よかった、道分かったみたいで」
「あ、うん」
「ここ、座りなよ」
遥香に進められ、ふかふかのソファーに腰かける。ちらりと向かいの席を見ると、男も座るところだった。
「おい、あんまり遅いからふけったかと思ったぞ」
「そのつもりだった」
「おい、おい、酷いな!」
はっと、男と目が合う。明るいところで見ると、人に好かれそうな顔立ちをしていることが分かる。にこりと笑いかけられ、慌てて満は目をそらした。
「そういえば、満。どうして佐藤と一緒に来たのよ」
彼は佐藤というのか――
「知らない」
何故、一緒に来るはめになったのか、何故、参加者だと分かったのか、満にも分かるわけがなかった。