スライムに転生した魔王 ~スライムから始まる魔王への道のり~
大戦暦758年、人類と魔族はお互いに相手の種族を根絶やしにせんと熾烈な戦いを繰り広げていた。数は少ないが一人ひとりの実力が高い魔族側、一人ひとりの実力は低いが数が多い人間側。一兵卒の魔族一人殺すには同じく一兵卒の人間が十人必要である。そしてその差は実力が上がれば上がるほど広がる。最終的に魔王一人を殺すのには数百年に一人いるかどうかの英雄百人が必要だと言われている。
戦争が続けばそう時間を待たずして人間側が負けるのは目に見えていた。ただし人間が繁殖しなければの話だ。人間が数以外で魔族に勝っている点、それが繁殖力である。魔族は人間と比べて繁殖力が非常に低い。生涯に生む子供の人数は非常に多くて四人。平均して2.3人だ。親が産む子供の人数が平均して2.1人以上だとギリギリで人口は増え続ける。それを考えると魔族の繁殖力の低さがわかるだろう。
一方人間側は数の強みを生かすために多産を奨励していた。その結果平均8.6人と魔族と四倍近い差がある。しかしそれだけ増えていっても人間側はいつかは負けるだろう。それは百年後かもしれないし、もしかしたらもっと先のことかもしれない。しかしそれを時の為政者たちはよしとしなかった。各国の首脳陣は人類最後の希望を異世界からの勇者召喚にたくした。
―-勇者とは。人間にも関わらず非常に高い戦闘能力を持つと言われている伝説上の存在だ。遥か古代の時に一度召喚されたと記録が残っている。そしてその時の勇者はわずか数人で魔王を葬ったとされている。もしその話が本当ならば人間側が魔族に勝つことも可能かもしれない。そう考え勇者召喚の準備は成されそして……見事成功する。呼び出された勇者は四人。しかしその四人はまさに伝説と言える程の実力を身につけていた。その日を境に人間の反撃が始まり戦争はより苛烈さを増していく……
というのは遥か過去の話である。
現在は統一暦402年。魔族と人間の戦いは人間の勝利として終わりを告げた。勝因は勇者の存在だ。勇者は最終的に四人だけで魔王を打ち倒した。そうまさに伝説のように。魔王という旗印を失った魔族はいままでの強さが嘘だったかのように容易く人間に負けていった。そして大戦暦765年、とうとう魔族は人間に降伏した。かくして長く続いた大戦暦は幕を閉じ名実共に人間が世界の覇者として君臨する統一暦が始まった。
さて人間に降伏した魔族はどうなったのか?一人残らず殺された……わけではない。大戦が終わった当初は酷い扱いを受けていた。なんせ大戦に勝ったとはいえ一人ひとりの実力は人間と隔絶しているのだ。劣悪な環境の牢屋に閉じ込めギリギリ生きれる状態を保たれていた。しかしそれから数百年後には魔族はごく普通に街中を歩いている。魔族と人間が和解したからか。それは半分合っていて半分間違っている。
魔族を一まとめにして閉じ込めた人間たちが一番最初にやったことは魔族の体の研究である。何故あれほどまでに強いのか。どうすれば人間もあれだけの強さを手に入れることが出来るのか。何かの拍子に魔族が反乱を起こしたときに勇者が生きているとは限らない。またその時代の人々が勇者の召喚に成功する保障もないのだ。ならばどうするか。答えは簡単だ。勇者の助けなくして魔族を倒すことが出来るようになるのだ。そのため魔族にはありとあらゆる実験が行われた。その結果人間はある二つの成果を手に入れる。
そして統一暦402年。魔族は人間と同じ生活をすることが出来るようになった。……ただし力は精々人間の二倍と弱体化された上に人間に危害を加えることができないように改造された状態でだ。改造と言っても生まれた魔族の赤ん坊を改造するわけではない。生まれた瞬間から遺伝子に刻み込まれているのだ。これは病原菌などとは違うので世代を重ねるにつれ抗体が出来たりすることもない。もし人間が魔族に危害を加え続ければ遺伝子に変化が起き書き換えられるかもしれないが現在そこまで魔族は迫害されていない。そうなることを恐れた為政者たちが気をつけているからだ。今魔族は専ら肉体労働か愛玩動物として扱われている。
そういった様々な要因の上に成り立っている平和を人間は謳歌している。しかしその平和を乱す存在が産まれた。人間と争い最終的に勇者に倒された存在、魔王ルルノア・エルム・ウルフィーが現代に蘇ったのだ。……ただし愛玩動物のスライムとして。
◇◇◇
上流階級と言っていいソラド家は五人家族である。まず父親のジョセフ・ソラド。彼は所謂文官というもので国に直接勤めている。仕事では中間管理職をしており最近昇進の話も出てきている。次にその妻のリリス・ソラド。趣味で家庭菜園をやっていて彼女の庭で出来た野菜の味は主婦の間でも好評だ。そしてその二人の娘エリス・ソラド。歳は十歳。年齢の割りに聡明だと言われているがそれも年齢の割にはという程度の特に特筆すべき点のない少女。さらにその少女のペットの二匹のスライム。名前はノアとエル。愛玩動物のスライムであり元魔王とその元側近の今生での姿でもある。
◇◇◇
「さて今日こそは大幅なレベルアップをして魔王時代の実力を少しでも取り戻さねば」
最近毎朝言われているセリフを聞いて私――魔王の元側近ノエル・グランネッシュはため息をついた。最もこの姿はスライムなので少し背が低くなったようにしか見えないだろうがそれもでため息をついたのだ。
「魔王様やっぱり無理ですよ。スライムの体から魔王の頃の実力を取り戻すなんて」
とこちらも最近毎朝言っているせりふを言う。こうは言ってはいるが私は魔王様が考えを翻すなどとは思ってはいない。しかしそれでも言わずには言えない所に自分の苦労性が窺えまたため息をつきたくなる。
「何を言うかノエルよ! 我は着々と実力を取り戻しているではないか」
確かに実力を取り戻してはいる。いるのだが、と私は結局ため息をついた。
「では昔魔王様が出来たことは?」
「まず体の硬度を好きに変えることが出来たな。柔らかくしたいと思ったらつきたての餅のように、硬くしたいと思ったらアダマンタイトより硬くすることが出来た。この能力のお陰で我は武器がなくても変わらず戦え、物理攻撃をある程度無効化することができたのだ」
「次に?」
「温度も自在に操ることが出来たな。我が右手で触れたものは伝説の氷竜のブレスだとしても一瞬で溶解し、逆に左手で触れたものは伝説の炎竜のブレスだとしても一瞬で凍りついた。この能力を使えば敵の武器や防具を破壊するなど造作もないこと」
「他には?」
「うむ。我に敵意を持つものを怯えさせる咆哮を放つことが出来たぞ。この咆哮を聞けばどんな勇猛果敢な戦士だとしてもまるで生まれたての小鹿の如く足を震えさせるわ。この咆哮があればこそ我を倒すには一億の凡人ではなく一人の天才だと言わしめたのだ」
「最後に?」
「体の性質を変えることが出来たな。雷になることも出来たし炎になることも出来た。この能力を使えば炎になっている間は水と氷の魔法しか効かず水になっている間は炎と電気の魔法しか効かなくなったな。相手にとって非常に厄介な能力だっただろう」
そこまで聞いて私は似ているが少し違う質問を投げかける。
「では今の魔王様が出来ることは?」
「体の硬度をある程度変えることができるな。柔らかくしたいと思ったら買って二年ほどのクッションと同じ位に、硬くしたいと思ったらゴムボール位にまで変えることが出来る。この能力を使えば攻撃を受けた後跳ね返って思わぬ角度から敵に反撃することができるだろう」
「次に?」
「体の温度をある程度変えることが出来るぞ。冷たくしようと思ったら、夏の水道の蛇口を捻って一分程した時の水の温度に、暖かくしようと思ったら厚い布に包まれた湯たんぽくらいの熱さまでに。この能力を使えば触った時の温度差で敵を驚かして隙を作ることが出来るだろう」
「他には?」
「うむ。威嚇の鳴き声をあげることができるな。この鳴き声を聞けばどんなものでも我が相手に敵意を持っていることが分かるだろう。鳴き声で相手の注意を引くことが出来るな」
「最後に?」
「体に三千ボルトの電気を纏うことが出来るぞ。もっとも生き物に触れられると一回でなくなってしまうがな。この能力を使っている時の我に触れればビリッとして確実に隙を見せるだろう。たとえ武器を持っていたとしてもこの能力は有効だ」
思わず怒鳴りそうになるのを深呼吸して抑える。きっと他の人の目にはスライムが大きく膨らんだあとにゆっくり萎んでいくように見えていることだろう。
深呼吸して落ち着いた後に魔王様に伝える。
「全部弱くなってるじゃないですか」
弱体化したなんてレベルじゃない。まったく別物の能力と言っていいだろう。
「いやいやそんなことはないぞ。強くなった能力もある」
「例えばどれですか?」
「右手と左手で温度を操る能力は全身で使えるようになったぞ」
「その代わり相手に害を与えられなくなりましたけどね!」
それでは意味がないだろう。魔王様の能力は決して湯たんぽの代わりにあるのではない。
「徐々に能力は強化されているのだぞ」
「本当ですか?」
失礼だと思ったが目が疑わしいものになるのはやめられなかった。目があれば、の話だが。
「ああ。こないだまでは発声器官がないせいで声をあげれなかったが強くなることで鳴き声をあげれるようになったではないか!!」
「……そういえばそうでしたね」
通常スライムは鳴き声をあげる事が出来ない。しかし私と魔王様はスライムなのに鳴くことが出来るのだ。スライムなのに!!
「わかったか! 我は徐々にだが魔王の時の実力に近づいているのだ。このまま強くなり続ければ完全に実力が戻る日も近いぞ」
前半はまだいいとして後半は首を傾げてしまう。今のペースで行ったら先に寿命が尽きるのではないか? 最もスライムに寿命というものがあるのか分からないしそれが魔王様に適用されるかもわからないのだ。もしかしたら本当に魔王の頃の実力を取り戻すかもしれない。
「分かったら今日も我の糧を探しに行くぞ! ついてこい!!」
昨日と同じように魔王様はズリズリと玄関まで這って行ってしまった。魔王様が言う糧、というのは専ら小さな虫のことだ。この家の当主の妻が作っている家庭菜園に野菜目当てに集まる虫を捕食しているのだ。魔王様はしらないことだが当主の妻が作る野菜が美味いのは魔王様が人知れず害虫駆除を行っているお陰だ。普通農薬などを使わなかったらもっと虫がついているだろう。
「はあ」
今度は意識してため息をつく。こんなことは思うのは不敬以外の何物でもないのだが思わずにはいられない。――魔王様は変わってしまったと。現役時代の魔王様はそれはそれは素晴らしい御方だった。そこに立つだけで兵士の士気が上がる。オーラが違うのだ。あれこそ覇者というものだ。側近時代には何度もこんな偉大な方の側近をやっていることに感謝したがこの体になってからは自分がどれだけ幸運だったのかわかる。
スライムになってからの魔王様はあのころの魔王様ではない。さっきの発言から分かるとおりあれだけ聡明で発言全てが我々の考えの及びもつかなかった魔王様はもういない。部下思いで偉大で叡智に優れ全ての魔族の憧れで何より……強かった魔王様はもういないのだ。いい加減私はそのことを認めねばならないだろう。
「おっと早く魔王様を追わねば」
しかしそれでもあの御方は魔王様だ。
「今日もこの場には多くの糧が放ってあるな」
「……そうですね」
魔王様はこの家庭菜園を魔王様のための食堂かなにかと思っている。虫が一杯いるのは人間たちが自分に糧を捧げているものだと勘違いしているのだ。やはり魔王様は変わってしまった。もしかしたらボケておられるのかもしれない。普通は気付くだろう。もし捧げ物だというのならば何故もっと大きな捧げ物がない?例え犬やなにかだとしても足を折ったりしておけばゆっくりとだが魔王様は捕食することが出来るだろう。何故魔王様はそこに気付かないのだ?
もしかしたら勇者に負けたショックで病んでおられるのかもしれない。しかしそうだとしても私にはどうすることもできない。願わくば時が魔王様を癒すように。
そうしてしばらくの間魔王様にとっては捧げられた糧の捕食、一般的には害虫退治が続く。魔王様が取りこぼした虫は私が捕食していく。こういった行動を部下に許す寛大さに現役の頃の魔王様を思い出し、それがまた……つらい。
「グルルゥ」
あらかた虫を捕食した時なにかの唸り声が聞こえた。ここら辺ではあまり聞く事がないこの唸り声は犬のものだろう。しかし何故犬の鳴き声がここで聞こえるのだ?この家は犬を飼っていないしこの近所を散歩する犬もいない。それになにより先ほどの唸り声には敵意が混じっていた。
「む? 一体何事だ。行くぞ」
魔王様も気付いたのか唸り声がしたほうに這っていく。
そうして見えたのはどこからか入り込んだのか唸り声を上げる大きな犬とその犬の前でへたり込む私と魔王様の主人ということになっている少女エリスだ。犬のほうはどこかの家から逃げ出してきたのか首輪をしている。しかし躾けがしっかりと出来ていないのか、それとも、もともとそういった目的で飼われているのか今にもエリスに飛び掛りそうだ。
「ママ……パパ……」
エリスはいつ恐怖で泣き出してしまっておかしくなさそうに見えた。もしエリスが大声で泣き出せばそれを引き金にして犬は少女に襲いかかるだろう。あの大きさの犬に襲われたらエリスがどうなるかなど火を見るより明らかだった。
「不味いな。このままではエリスが襲われてしまう。なんとかせねば」
「え?」
魔王様のその言葉を聞き思わず声をあげてしまう。エリスは当然だが人間だ。そして人間は我々魔族の敵だ。魔王様だって最後は人間に殺されたのだ。その人間を助けようとしているのだ、驚くのは当たり前だろう。
「ですが魔王様。エリスは人間ですよ」
「人間だからなんだと言うのだ。エリスには我々は貸しがあるはずだ。我々が今この家にいるのはエリスが我々を買ったからだ。そして我とお前がまた再び出会えたのも当然エリスのお陰だ」
「しかし魔王様を殺したのは人間……」
言葉の途中で魔王様に遮られる。
「それは違うぞ」
「え?」
「我は人間に殺されたのではない。勇者シンヤ・ココノエ、マコト・カンダ、サツキ・ヤマダ、ナナミ・スギヤマという個人に殺されたのだ。その四人を恨みをしても人間という種族を憎むのは間違っている」
私は魔王様が勇者全員の名前を覚えていることに驚いた。勇者のリーダーだったシンヤ・ココノエだけならともかく全員を覚えているとは。
「エリスにはなんの恨みもない。それは他の人間も例外ではない」
「……本当にですか?」
「ああ。だから我はエリスを助けるぞ」
魔王様が嘘を言っているようには見えない。自分を殺した個人だけを恨み他の人間は恨まない……言うほど簡単なことじゃないことが私にはわかる。特に種族わかれて戦った先の大戦においては特に。
「では何故魔王様は人間と戦ったのですか?」
私の質問に対して魔王様は何を当然のことをといった声でなんでもないかのように答えた。
「我が同胞を守るためだ。決して人間が憎かったからではない」
この会話をしながらも魔王様はエリスを救う方法を考えていた。――器が違う。先ほどの魔王様の答えを聞いてそう痛感した。魔王様はなにも変わっていない。魔王として君臨していた時はその時の方法で、スライムとなってからはスライムの方法で我ら魔族を守ろうとしてくださっているのだ。曇っているのは私の目だった。魔王様の強さの本質は身体的な強さではないのだ。魔族を想って行動するその精神にこそあったのだ。
「よし! おいお前はこの木の間を自分の体で繋げろ」
私が感動している間に魔王様はエリスを助ける作戦を考え付いたのか私に指示を出してきた。そう魔王の時のように。
「はい! わかりました」
魔王様に言われたとおり木と木の間に体を張る。
「よし耐えろよ」
魔王様はそう言うと勢いをつけて私に向かって突進してきた。そこまできて私はやっと魔王様が何をしようとしているのかわかった。ようはパチンコだ。自らを弾に見立ててあの犬にぶつかろうというのだろう。そしてその作戦が成功するかどうかは私にかかっている。私がしっかりとゴムの役目を果たせば魔王様は十分な勢いを持って犬にぶつかることができる。しかし私がその役目を果たせなかったら勢い足らず犬を撃退することは無理だろう。そんな大事な役目を一切の説明せずに押し付けるとは……まったく相変わらず、
「部下使いが荒い人だ!」
魔王様が勢いよく飛び込んでくる。私はそれをもっとも強く犬に向かった飛ぶように調整した体に向かえた。そして魔王様を受け止めた私の体が大きく後ろに伸び……魔王様が犬に向かって飛んでいく。
「キャイン!」
結果見事犬の鼻っ面に魔王様はあたる。さらにその瞬間バチッという音がした。静電気を使いダメ押しの一撃をしたのだと音がした後に気付く。流石魔王様あの短時間でここまで考えるとは。犬は鳴きながらどこかに逃げていった。
「ありがとうノア!!」
エリスは魔王様に抱きつくとその体に頬ずりをした。私はずりずりとその近くに這って行く。
「エルもありがとうね!」
エリスは私も抱きかかえると同じように頬ずりをしてきた。ふむ、こうされてみると案外、
「人間も悪いやつではないだろう?」
魔王様の私の心を読んだかのような発言に私は言い返す術を持っていなかった。
「見ろノエルよ。今日の一件で人間がまた一段と我の偉大さを認識したようだぞ。夕餉が昨日よりも豪華になっている! これは力がつきそうだ。このまま行けば我々がかつての力を取り戻す日も近いかもしれないな」
「はい!そうですね魔王様」
魔王様の力を取り戻す道のりはまだ始まったばかりだ。しかし私は一生魔王様について行くだろう。たとえ力を取り戻すのにどれだけかかっても。何故ならそれが側近の役目なのだから。
スライムやゴブリンなどの他作品では魔物と呼ばれている存在はすべて魔族です。魔力を持っている人間以外の存在が魔族です。因みに愛玩動物扱いのスライムは勿論人に危害を加えられないように改造されています。
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