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トン汁は食べ物です

ガチで喰われる〇秒前。

「お客が来ないねん……」

「……きっと初日だから、仕方がないんじゃない?」

 数時間に渡り踊り続けていた赤斑のハムスター(仮)は、自分の行動の効果の無さに(しお)れて、石畳の上に転がっていた。

 女はハムスター(?)に対する慰めを口にしたが、きっと明日以降も閑古鳥が鳴いているだろうという予測は黙っていた。

 ハムスター(?)に妙な方向のやる気を出されては、たまらない。

「こうなったら、客寄せのためにもっと派手に――」

「別に、イファがお客の呼び込みをしなくてもいいったら」

 確実に、嫌な方面で目立ってしまうだろう。

 女は、犯罪者として国から叩き出されるのも、国家権力に追われるのも、もう勘弁してほしかった。


 ——客足が皆無な中、だらだらと会話を交わしていた時だった。

 唐突に、女の足元で丸くなっていた黒猫が、跳ね起きた。

「——?!」

「?????」

 困惑したように毛を逆立てる黒猫の横で、ハムスター(仮)がむっくりと起き上がる。

 そして、短い前脚でしきりと体を擦るハムスター(仮)であったが、どうしてもそのような行動をとるのか、自分でも理由が把握できていない様だった。

「おじいちゃんもイファも、ど——」

「めし」

「はいっ?!」

 奇声を上げた彼女を、誰も笑えまい。

 連れ二匹に気を取られたほんの一瞬のうちに、正面、しかも吐息が触れ合いそうな至近距離に、見知らぬ男が現れたのだから。そんな事態に直面して、驚かない人間は少数派だろう。

「めし」

「……い、一杯、銅貨5枚です……」

 なんだかよくわからない男に、女は何とか引き攣った笑顔を返した。

 接客の基本である笑顔は無料だ。

 と、何故か、男が首を傾げている。

 女は、自分の中で無音の警鐘が鳴るのを感じていた。

 何故かは知らない。ただ、女にとって赤銅色の髪の男は、少なくとも幸運を運んでくるものではなさそうだった。

 女の目の前にいるのは、鋭い爪も牙も毛皮も有していない、人族そのもののように見える男だ。けれども、女は、男の仕草に妙にヒトというよりも獣に近い印象を受けたのである。

「安すぎる」

「え、別に安い訳ではありませんよ? 他の屋台の料理に比べると少し高めの料金だと——え?」

 いきなり男に押し付けられた白金の輝きに、女は硬直した。

 この大陸および交流のある隣の大陸に流通している貨幣は、下から銭貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、宝貨、竜貨である。ちなみに、一般庶民が用いるのはせいぜい金貨までである。そして、白金貨以上の貨幣が用いられるのは、それなりの規模の組織間での取引や、上質な魔法具や対魔物用の武器・防具である魔道器、それらを作るための素材の売買時が多い。

「あんちゃん、屋台料理に白金貨は多すぎやん」

 ハムスター(仮)の突っ込みを聞いた様子も無く、男は女がかき混ぜていた大鍋を持ち上げた。


 ずずーっと、音を響かせて、みるみるうちに鍋の中身が男の口に吸い込まれていく。

 少なくとも女だけでは持ち上げられない重量の大鍋は、男の両腕の支えのみで空中に静止していた。

 行儀が良いというべきなのか、男が鍋の中身を溢す様子はない。


「……」

「……」

「……う、ウチの晩御飯がぁ~っ!!!」

「……イファ、売れ残ること前提にしてたんだ……」

 ハムスター(仮)の悲痛な叫びに、女が突っ込んだ。

 その前に、熱々の鉄鍋に素手で触れた上に、そのまま口をつけた男が、少しも熱さを感じていない様なのが恐ろしい。

 普通の人族ならば火傷確実な行動をとっているこの男は、ナニカの生き物の仮の姿なのだろうか。


 男が満足気にゲップをした。


「はやっ!」

 大鍋の中身は、男によって瞬く間に空になっていた。

 お玉を使用しないにも拘らず、具まで綺麗に食べきったのは、器用と評するべきところなのか。

 そして、数秒後——。


 割と盛大な腹の虫の声が屋台街に響き渡った。

 発生源は、なんと大鍋一つを空にしたばかりの、男の腹だ。


「腹減った」

「——そんだけ食って、足りてなかったんかいっ!!」

 大鍋完食後十秒もたたずに空腹を主張した男に、ハムスター(仮)が突っ込んだ。

「めし」

 そう言いながら、男はハムスター(仮)をじーっと見ている。

 それを目にした女は、猛烈に嫌な予感がした。

 ……いや、まさか。

「そんなに見ちゃイヤン」

 わざとらしく前脚を頬にあて、身体をくねらせるハムスター(仮)は、特に身の危険を感じていないようだった。

 多分、きっと、気のせいだとは思う。

「……この子は、売り物ではありませんからね」

 ——そう思ったが、女は男とハムスター(仮)の間に割り込みつつ、しっかりと男に釘を刺した。

「うっふん。ウチの価格はプライスレスやで~」

「ただなのか」

 金では買えないという意味の異界言葉を、男は妙な方向に解釈していた。

「え」

 止める間もなく、男はある意味期待通りの行動に出た。

「え」

 気が付けば、ハムスター(仮)は男の腕の中であり。

「ええっ」

 男の歯が、ハムスター(仮)の頭部に食い込んでいた。

 見事に丸かじりである。




「——あ、あんぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ———————————————っ!!!!!!!!!」




 屋台街の隅々まで轟いた悲鳴の後、屋台街の一画で巨大な炎柱が立ち上がった。天を突かんとするそれは、屋台街から距離が離れた王城でも、見ることができたという。



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