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その頃彼等は

遭遇前の彼等。

「ヘイ、カモ~ンっ! おいし~、おいし~、トン汁やで~っ!」

 甲高い声が、あたりに響く。

 数多くの店舗が軒を連ね、常に人で賑わう屋台街。

 その一角に、なぜか、妙な空白ができていた。

 その中心にいるのは、実に珍妙な生き物だ。

 パッと見には、体長60センチほどの白地に斑が入ったハムスターである。ただし、その斑の色が変わっていて、恐ろしく鮮やかな、最上級の紅玉にも勝るとも劣らぬ赤であった。硬質な輝きをも宿すその色彩は、その生き物が生まれながらに有しているにしては、酷く不自然に見える。——はっきり言ってしまえば、激しく浮いていた。

 やや肥満気味に見えるハムスター(?)は、短い四肢をせっせと動かし、その存在を大いに主張している。

 周囲の、何だこれ、という視線に、ハムスター(仮)が気付いた様子はない。

「……イファ、張り切りすぎ……」

 横のイキモノに通行人の視線を奪われた女店主は、何かを諦めたように溜息を吐いた。

 顔かたちは可もなく不可も無くといったところだが、背中で括った艶やかな黒髪と夜のような黒瞳が、不思議と印象に残る女だ。ただし、すぐ近くの目立つ存在のおかげで、今は空気と化している。

 そして、女の足元では、近くの騒ぎなど我関せずといった風情の黒猫が、丸まっていた。その黒猫は相当に老いた猫であるらしく、被毛の色は艶のない、どこか深淵を思わせる黒だった。

「ヘイ、ヘ~イっ!」

 ノリノリで踊っている生き物を横目に、女は遠い目をした。

 この何かと空気が読めない存在に、女が客に引かれているのに気づけと言っても、理解してもらえないに違いない。

 ひょんなことから、屋台街での販売許可証を得たのだが、人生そううまい話は転がっていないようだ。

「……今日は赤字ね……」

 きっとこの調子では、女の目の前の大鍋の中身は、全て彼女達の夕飯になるだろう。

 路銀が底を尽きる前に、もっと確実に稼ぐ方法を考えた方が良さそうであった。


 ◆◆◆


 腹が減った。

 この国の首都でも有数の食事処として知られる屋台街で、ロイドの頭の中を占めるのは、それだった。

 別に金を使い果たしたり()られたりして、無一文になったわけではない。

 ただ単純に、屋台街で販売されている飲食物が、ロイドの腹に溜まらないのである。

 腹が減った。

 そう思いながら、ロイドは、先程購入した串焼きを串ごと飲み下した。その串焼きに使用されている串は木製のため、ロイドが食すことに問題はない。

 生物に分類されて、彼を害する毒がなければ、ロイドは何でも(・・・)食べるのだ。

 主君の厳命通り、一つの屋台につき十個の商品の購入し、そのまま食しながらロイドは屋台街を徘徊していた。

 暫く前から妙に視線を感じるが、害意がないため放っておいた。主君の不在時において、ロイドにとって、飢餓感の解消に勝るものはない。

 腹が減った。

 屋台街には、あちこちから何ともそそられる匂いが漂ってくるのだが、匂いだけでは腹が膨れるはずもなかった。

 この日のうちに屋台街の飲食店を制覇する勢いで屋台巡りをしていたロイドは、ふと足を止めた。

 屋台街に満ちる雑多な臭いの中に、その香りが混じっていた。

 欠落をどこか満たすような。

 飢えを深めるような。

 気付いた以上は、どうしようもなく確かめずにはいられない。

 そんな、香り。

 急に周囲から人々の気配が遠のいたが、ロイドは気にしなかった。

 彼は気付いていない。

 自分が浮かべていた表情に。

 それは、——彼の主君が見たら即ロイドに殴りかかって、行動停止状態にしようとするであろう――、久方振りの餌を目の前にした、餓えきった獣の笑みだった。


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