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腹減り男を放牧

 と、言うことで、ゲオルクは、試しに臣下を放牧してみることにした。


「ロイド、銅貨と銭貨は持ったな?」

「持った」

「屋台で一度に買うのは、十個までだ。買い占めるなよ」

「……分かった」

「魔石は絶対食うな。——食ったら殺すぞ」

「……」

 ゲオルクのどすの利いた声に、ロイドはかなり嫌そうにだが、頷いた。

「問題は起こすなよ」

「ん」

「物も壊すなよ」

「壊さない。——我が君、要するに、嫁を捕獲すればいいだけだろう?」

「違うっ!」

 嫁は捕獲するものではない。

「嫁云々はあの女の推測だ。……まあ、お前の傍にいられる時点で、必然的に嫁候補になるのか……?」


 彼等が聞いた先見の内容はこうだ。


 ——晴れた日、城下の屋台街の石畳の上を、ロイドが歩いていた。

 ——何も食べようとしていないロイドの傍らに、黒髪の女性らしき人物がいた。

 ——その人物は、恐らくロイドに嫁いだのではないか。


 最後の情報に、ゲオルクは思わず、『ロイドの嫁(そんなもの)』なんて存在していたのか?!、と突っ込んでしまった。

 何度聞こうとも、どうにも曖昧(あいまい)な情報だったが、彼等主従は先が『見えにくい』と方々から言われるため、情報の不確かさは仕方がないと思うしかない。

 そして、ゲオルクには、先見とはいえ、ロイドが何も食べようとしない状況にある、という情報が非常に衝撃的だった。

 少なくとも、ゲオルクが知る限り、彼の臣下が腹を満たすべくあちらこちらに手を伸ばしていないことなど、無かったのだから。

 ちなみに、ロイドは、城下の屋台街については、野暮用のために夜に屋根を移動したことしか無いらしい。

 腹を満たすなら、屋台街で買い食いをするより、神域で魔物を狩った方が手っ取り早い、とは当人の証言である。

 ロイドの基準では、家畜より魔物の方が、腹もちが良いらしい。

 ちなみに、ロイドの食費は、主に魔石と魔獣の生体素材を用いた装備品の弁償金で構成されている。——そんなもん食うなっ、というゲオルクの魂の叫びは、ロイドの無駄に強靭(きょうじん)(あご)と歯の前に、連戦連敗状態なのだ。

 正直、このまま積み上がっていく負債に押しつぶされる位なら、不確定な情報に基づいて動く方がまだまし、というのがゲオルクの心境だった。


 ——後に、無自覚だったが自分は疲れていたのだな、とゲオルクは振り返る。

 これは、ゲオルクが正気だったら、絶対にしない行動だったのだ。

 そもそも、目を離せば何をやらかすか分からない男を放置する選択をした時点で、色々とつんでいた。


「では、我が君、行ってくる」

「おう、夕刻には帰って来いよ」

「仰せのままに」

 普段の黒衣とは異なる、平民の衣服に身を包んだロイドを、ゲオルクは見送った。

 そして、赤銅色の頭が人混みに消えて行ったのを見届けたゲオルクは、溜り気味の仕事を片付けようと歩き出す。——と、彼の背に酷く軽い圧力がかかった。

「ルクっ!」

「ああ、イリスか」

 ゲオルクの目に飛び込んで来たのは、虹色、としか表現できない独特の色彩だ。

 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。それぞれ色は鮮やかだが、相反することはなく、不思議と調和を保ってそこに在る。

 真っ直ぐな長い髪、ゲオルクの瞳とは構造の異なる複眼、その背にある蝶の翅に、世にも稀な色彩が宿っていた。

 (げん)(こう)(ちょう)、というのが、イリスという名の少女が属する種族だ。

 幻虹蝶は、この世界に数多ある種族のうち、蟲人(むしびと)という分類の中に括られていた。

 ——蛇足であるが、この世界で蟲人ほど、人によって扱いの分かれる種族は他にあるまい。

 その昆虫に近しい容貌は、気にしない者はとことん気にしないが、それを見る人間によっては生理的嫌悪しか湧かない代物だ。

 実際のところ、蟲人は、その血脈により特異な血統魔法を継承する魔族と同じように、他の種族から魔物扱いされることが多い。

 特にその躰が優れた生体素材になる種族ほど、生体素材を目的とした他の種族に狩られ易かった。

 幻虹蝶もまた、その背の翅が優れた魔法の触媒になる故に、凄まじい迫害を受けてきた一族だった。——殺されるだけならばまだ生易しいと言え、国によっては、翅を採取するための『繁殖』用として、家畜同様の生を押し付けられることもあったという。

 当の昔に住処を追われ、流転の果てに、異種族に寛容なこの国に辿り着くことができたのは、彼等にとって奇跡と言うほかない。

 ちなみに、多種族国家であるこの国では、生体素材目的の殺人や恐喝(きょうかつ)——人質をとっての自害の強要ということがあった——は国家反逆罪に匹敵する罪とされている。これは、生体素材が得られる種族が数多く存在する故に、それらの犯罪を厳しく取り締まらなければ、国が崩壊しかねないのである。……しかしながら、生体素材については、当人の意思に基づいての、献体としての提供は許されている。このあたり、目的のためなら使えるものは何でも使うという、この国のお国柄が現れていると言えなくもない。


「ルク、お嫁にしてっ!」

 このイリスという少女、常日頃から不必要な威圧感を纏っているゲオルクに、頻繁に求婚する、変わり者認定を受けている人間だった。

「成人してから出直してきてくれ」

 ゲオルクにとってのイリスは、好きか嫌いかといえば、好きの括りに入る。

 が、しかし、ゲオルクには、まだ子供を成す準備の整っていない相手に欲情する性癖はない。ちなみに、この国の成人の基準は、身体の成長具合に準ずる。要は、無事に我が子を育てられるまでに、肉体が成熟しているかどうか、だ。

「む~」

「人の背中で()ねるな」

 蟲人であるイリスの体温は、人族の特徴を持つゲオルクの体温より低い。

 自分と違う温度が、けれど、ゲオルクは嫌いではない。

 すれ違いざまにぎょっとしたようにイリスを見る役人を、ゲオルクは軽く(にら)む。

 如何に異質な見目であろうと、国に仕える人間が民を疎む素振りを見せたら、役人失格だ。

 流石に、いくらこの国が異種族を受け入れていようとも、個人個人の考えまでは縛れない。けれど、それでもこの国がこの国であるために、必要なルールというものがあるのだ。

 ——ゲオルクは、彼の、他者の容姿に対するあまりの許容範囲の広さを、しばしば他の人間から驚かれる。が、彼にとっては、種族を気にする方が無意味だった。元々、ゲオルクには、呆れるほどの数の異種族の血脈が混じりこんでいて、もし流れる血よって差別を受けるのなら、彼は真っ先に迫害の対象になる。

 ……それに、人族の形をしていても常に意志疎通を図れているのかが疑わしいロイドが傍にいると、姿形を気にしているのがアホらしくなってくるのだ。正直、自分の言葉が相手に通じて、相手の意図を自分が理解できるのであれば、それは本当に素晴らしい、とゲオルクは思う。だから、ゲオルクは、相手の見た目が己とどんなにかけ離れたものであっても心の底からどうでもいい。

 ゲオルクにとって重要なのは、意志疎通が可能かどうかだ。

「婚約は~?」

「しねぇよ」

 毎度のことながら、諦めの悪いイリスに呆れながら、ゲオルクは執務室に足を進めた。


ゲオルクさんはのーまるです。

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