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幕間 紅き地神の人形達

*ちょっとホラーちっく

 数百年もの年月を生き続ける巨木により形成された神域を、月が照らしていた。

 神域の深奥、大小幾つもの泉が集まり形成された場所には、ほの白い光が差し込んでいる。湛えられていた水は透明度が高く、か細い光であっても、底まで見通せるほどだった。

 何処か儚く冷たい月光に彩られた闇に、歌声が響く。

 (ささや)くような、赤子に向けた子守唄にも似た歌い方で、愛する男へ捧げられた旋律は虚空に揺蕩(たゆた)う。

 美しい恋歌は、音程があっている筈なのに、致命的なズレを感じるものだった。

 と、(しじま)に沈む神域を撹拌するように、一陣の風が吹く。

 ざわりと、木々と共に動くものがあった。

 闇に溶けきれない赤銅色の髪を(なび)かせ、女は踊る。

 くるり、くるりと。

 届くことのない恋歌を口ずさみ、しゃれこうべを一つ、片腕に大事に抱きしめ。

 ゆらり、ゆらりと彷徨って。

 女が黒い衣装を身に纏っているせいで、女の体の大部分は闇に同化している。

 そのせいで、女の首と彼女が持ったしゃれこうべ、そして身の丈程の戦斧が、宙を漂っているようにも見えた。

 歌が途切れる一瞬、何かを呟く声が静寂を裂いた。

 よく見れば、この場にいたのは女だけではなかった。

 木々の枝葉の間から差し込む、(かそ)けし光に切り取られた場所。

 そこに、少女は居た。

 刺繍やレースで装飾を施された黒く膝丈のドレス。身に纏う衣装に不釣り合いな、両手の籠手。

 癖のある赤銅色の髪は両耳の上の方で括られ、毛先は地面に渦巻いていた。

 蕾が綻びだす直前の少女は、何故か、膝を抱えてうつむいている。


 一際強く吹いた風に乗って、少女の呟きが聞こえてきた。


「わがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいないわがきみがいない——」


 ぶつぶつぶつぶつ、延々と、少女は呟き続けている。


 ——幼子でなくても、泣きわめいていい状態だった。




 女と少女の有様を見ていたもの達がいた。

 その中の一匹、夜闇の中でさえ良く目立つ、赤斑のハムスターもどきはゆっくりと息を吸い込み。

「——ちぇ——————————————————————————————————————————―――――――――——————————んじっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 神域中に(とどろ)かんばかりの雄叫びをあげた。


「チェンジや、チェンジっ!! おかしいねんっっっ!!! なんでレンちゃんが部屋に籠って出てこれへん話でこんなの出てくるんや~~~~~~~~っ!!!」

 ハムスターもどきはそう喚きながら、地面をごろごろ転がり、短い手足をバタつかせている。

「折角妾が用意してやった護衛に、文句をつけるでないっ!」

「こんな護衛はいらんがなっ!」

 鮮やかな紅を身に纏う少女に、ハムスターもどきは突っ込んだ。

 歌う女も(うずくま)る少女も、護衛以前に寧ろ、傍に居るだけで精神値ががりがり削られていくではないか。

「もっと、もっとまいるどなのはおらんのかいっ!!」

「……もう少しましなものは、ロイドに対抗できないのじゃ……」

 苦悶の表情で、地神の化身は声を絞り出した。

「駄目やんけ」

 色々と振り切った暴食の権化に張り合うには、大事なナニカが代償となるようだ。

「こうなったらしょうがないねん」

 きょろきょろと周囲を見回していたハムスターもどきは、びしっとある一点を指差した。

「陰気の方がまだましやっ!」

 そこは、闇がより一層濃度を増しているように感じられた。

 三つ編みにされた長い赤銅色の髪は、女や少女と同じ色。身に纏う衣装もまた、同じ黒。しかしながら、その男にあるのは(うごめ)く狂気ではなく、停滞した陰鬱(いんうつ)さだ。

 闇夜でも分かるほどに青白い肌に浮かんだ、目の下の隈が、雰囲気の昏さに拍車をかけていた。

 ——極めて陰性の、陽気だとか前向きだとかいう概念と、対極のモノを垂れ流している男である。

「!! 駄目じゃっ! これらは、妾用じゃっ!」

 地神はそう叫び、陰気な男——ではなく、傍に居た眼鏡にローブを着用した男に抱き付いた。

 生温い笑みを浮かべ、地神の頭を撫でる男は、他の三名とは毛色が異なる。

 中途半端に伸ばされた髪は、濃い目の茶色。

 この国の王と、同じ色だ。

「二人セットで確保なんてずるいねんっ! まいるどよこせやっ!」

「断るっ!! 主君抜きの王鞘どもが横にいては、妾も気が休まらぬわっ!」

「おかしいねんそれっ?!」

 ギャーギャーと騒ぐ、地神とハムスターもどき。

 殆ど闇と同化していた黒猫は、不機嫌そうに尾を地面に打ち付けた。

「——大目に見てやってください」

 苦笑交じりに黒猫に言ったのは、地神に抱き付かれている男だった。

「……紅姫も苦労していますから」

「地神が何に苦労するんや」

 ハムスターもどきの言葉に、地神の目から光が消えた。

 ついでに、彼等がいる空間が不気味に凪ぐ。

「……貴様、ロイドに噛まれた如きで被害者面など片腹痛いっ!! ——実際に肉を食い千切られたり、目の前で重金剛(アダマンタイト)の大刀を振り回されたのでもあるまいにっ!!!!」

「「おそっちもか(いな)っっっ!!!」」

 涙ながらに大喝する地神に、ハムスターもどきと黒猫は声をはもらせた。


 ちなみに、地神の本性は紅の地竜だ。故あって神域の中心から動くことが出来ないが、強靭な鱗に覆われた地神が痛みや恐怖に見舞われることは、あり得ない筈だった。彼女の本体が初めて被害に遭ったのは、ロイド十才の時。成長と共に悪化していったロイドの暴食と悪食ぶりは、地神さえも対象となっていた。流石のロイドも、地神を殺めるつもりは無かった様だが、それは彼女の幸いにならなかった。

 ——一日一口。

 それがロイドの自制の結果だが、される方は堪ったものではない。ロイドの場合、肉と一緒に大量の魔力まで持っていかれるので。確かに地神は巨躯であるが、それでも、確実に己が削られる感覚と、その際生じる痛みを許容できるはずもないのだ。

 性質の悪いことに、主君に怒られても、ロイドは飢餓感にかられると、地神を喰いにやってきた。

 ……そのような有様であっても、地神がロイドを排除しなかったのは、約定のせいだ。


 主君が狂ったら、王鞘が主君を止めること。王鞘が狂ったら、主君が王鞘を止めること。


 地神が彼等を排除できるのは、主君と王鞘のどちらか一方に乞われた時か、どちらも狂った時だけなのだ。

 ——それでも、嫌なものは嫌なので、地神は作り溜めていた人形達を使って、徹底的にロイドを追い払いまくった。地神の人形は、歴代の中でも能力が高かった王鞘や王を素体にしているので、ロイドが少々暴れた程度ではびくともしない。ただ、いつか来るかもしれない神殺し用に作成していた人形が思わぬところで役立ってしまい、地神はビミョウな気分になったが。

 ……そして、嘗ての王鞘との戦闘が、ロイドの厄介さを増強する結果になったと気付いた時、地神は泣くに泣けなかった。盛大に敵を鍛えるなど、馬鹿がすることだ。

 だから今回の騒動で、己以上にロイドが食欲を向ける相手が出来たことだけは、地神は心底安堵しているのだ。

 ……以前、目の前で重金剛(アダマンタイト)の大刀を振り回された時には、地神は割と本気で死を覚悟したのである。その時、地神が大霊廟主を味方につけて籠城しなければ、今頃神域は主を失い崩壊していたかもしれない……。

 人の身には余るほどの巨大な身体を有する魔物。それを狩ることを想定して造られた重金剛(アダマンタイト)の大刀は、ロイドの身の丈を超えるどころか、彼の背丈の五倍はある。ロイド的にはもっと長くしたかったようだが、重金剛という素材ではそれが限界だった。——主に重量的な意味で。至高金属(オリハルコン)に匹敵する耐久性を有し、至高金属(オリハルコン)より遥かに手に入りやすい重金剛(アダマンタイト)は、とにかく重い。それこそ、利点を全て覆して有り余る欠点が、その比重の高さである。徒人ならば、拳大の大きさの鉱石であっても、大の大人が持ち上げられない程なのだ。

 重金剛製(アダマンタイトせい)の非常識な長さの大刀は、魔族や巨人族といった神域の民の中でも、指折りの匠を総結集したからこそ造り得た代物である。

 それを。

 ——目を閉じれば今でも聞こえるし、たまに悪夢にも出てくる。

 武器を通り越して、兵器と言っても過言ではない大刀が、空気を切り裂く音。

 紅姫の前で黙々と大刀を素振りするロイドの目には、期待があった。


 早く襲わないかな。そうすれば、返り討ちにして食べるのに。


 あまり口を開くことがない分、その瞳は雄弁だった。

 重症なのだ、と乾いた声で大霊廟は呟いていた。

 一体どうしてこうなった。


 ——力が欲しいと、迷い子は言った。あいつが、あいつのままでいられるように、と。

 だから、彼女は迷い子に力を与えた。彼が彼のままでいることは、彼女の願いでもあったから。


 真っ直ぐだった願いは、しかし、代償と共に歪み、捻じれてしまった。

 唯一人と一緒に歩くために得た力は、その一族から、それ以外の道を奪い取ったのだ。

 ヒトの身を過ぎた力は、精神に歪を形成させる。

 偏りは、何処かで均されるのだ。


 ロイドの戦闘能力は、歴代の王鞘の中でも一、二を争うほど高い。それこそ、件の大刀を使用すれば、独りで砦を崩せるだろう。

 だからこそ、ロイドの欠落は深かった。——食べても食べても、満たされない飢餓。そこから端を発する、倫理の欠如。他者との隔絶。

 王鞘は主君のために在る存在だったから、ロイドの主君にも、ロイドを救うことはできなかった。

 ずっとずっと独りのままなら、孤独を自覚することも無かったのに、ロイドは欠落を埋めるものを知ってしまったのだ。

 ——知ったからにはもう、手放せまい。

 レンとかいう女は、すでにロイドの世界を構成する部品と化してしまった。

 大事な部品が少ししかない世界は、とてもとても強固で、脆い。


「……う、ウチらが悪かったねん。……だから、戻ってきてや~っ!!!」

「……すまなかった……」

 自分の人形に抱き付いたまま、心の暗黒地帯に旅立った地神に、ハムスターもどきと黒猫は土下座した。



「――分かった、分かったから、力を押さえるのじゃ、痴れ者どもがっ!!!」

 ——その後、ハムスターもどきと黒猫は、地神から人形達を借り受ける権利を得た。

 だが、それでは問題が全く解決していないことに彼等が気付いたのは、城に戻ってからであった。


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