だめんずきゃっちゃー
『愛してる』
それは、ありきたりな言葉だ。
時に泣きたくなる程優しく、時に残酷な程の虚構を孕む言葉でもある。
時にどうしようもないほど多様な意味を含む言葉であるから、伝えたい想いが伝わらないことがある。
『愛してる』
そう、男は言った。その銀色の目に、灼熱を宿して。
『愛してる』
そう、彼女も言った。その温もりに浸りながら。
男にとっては唯一で。
彼女にとっては大切で。
『愛してる』
同じ言葉でも、込められた想いが違うことに、気が付けなかった。
ようやく彼女が互いのすれ違いを理解したのは、男がまだ幼い異母弟に嫉妬した時。
自らの種族の禁忌を破ることも厭わない男の激情よりも、彼女はただ独り生き残った家族を優先した。
彼女に、裏切るつもりはなかった。
それでも、やはり男への裏切りだったのだろう。
——思えば、希望を持つことすら叶わない程の絶望を目にしたのは、その時が初めてだったかもしれない。
その前に彼女が目にした絶望は、望みを捨てきれない故のものだった。
それらはどちらも哀しい思いで、けれど、愛する者に牙を剥いたのは、男の絶望の方だったのだ。
そして、傷付け、傷付けられ、互いにぼろぼろになって。
——結局、彼等は離れるしかなかった。
それから、この一件で、彼女は異母弟からも離れざるを得なかった。
異母弟を受け入れる地において、彼女は異質でしかないことがはっきりしたので。
何より、彼女が異母弟の傍に居続けたなら、また異母弟が傷付けられかねなかった。
別れの時の、異母弟の言葉が忘れられない。
大きな目いっぱいに、涙を溜めた異母弟は彼女に声を張り上げた。
「ねえちゃん、だめんずうぉーかーになっちゃ、だめだからなっ」
別にレンは、駄目男を渡り歩くつもりも無かったし、渡り歩きたくも無かった。
……正直がっくりきたが、そもそも、異母弟が周囲に在る事無い事吹き込まれるのを阻止するのは、無理だったのである。
——異母弟よ、異母姉はだめんずに引っかかるつもりは、これっぽっちもありませんでした。けれど、だめんずはこちらにその気が無かろうと、向こうから引っかかりにやって来るモノだったようです……。
レンは、心の中で異母弟に語りかけながら遠い目をした。
「おれの」
レンが引っかけてしまっただめんずは、不機嫌そうに彼女に己の身体を擦り付けている。
もしかして、これがマーキングと言うものか。
ついでに彼女の腰に当たるモノは、努めて無視することにする。指摘して、藪蛇になっては叶わない。
不可視の壁によって、だめんずとレンは隔てられていた筈なのだが、男は穴掘りによってその壁を突破してしまった。
いきなり土砂が舞い上がったと思ったら、訳の分からぬうちに、レンは男に捕獲された。口を半開きにしている子供の後ろで、掘り返された土の直撃を受けた青年と男性が、苦しげに咳き込んでいた。叩いても引っ掻いても駄目なら、掘ってみた、ということだろうが、何故一瞬で成人男性が潜れるトンネルを掘れたのかが意味不明だ。
——諸々から察するに、今回引っかけたのは、常識と言うモノを色々放り投げているタイプのだめんずの様である。
「レンちゃんを放せやっ!!」
「しつこいっ!!!」
小動物(仮)に引っ張られたり引っ掻かれるものの、男は特に気にする様子もない。
「……あの、放して頂きたいのですが……」
「おれの」
駄々っ子のようにそう言うと、男はレンに密着してきた。
男の粘着力は周囲の予想を大きく上回り、結局、生理現象に屈したレンが根負けして叫ぶまで、彼女は男に抱きしめられ続けることになった。
「——分かったってば! 勝手に出ていかないから、いい加減にお手洗いに行かせてっ!」
*色々ピンチでした。
*「だめんず」*
・異界用語で駄目男のこと。具体的には甲斐性無しや、浮気性など、結婚相手や恋人として、避けた方が無難な男性を指す。この様な男性を渡り歩く、男の趣味が悪い、或いは男を見る目が無い女性を、異界用語では「だめんずうぉーかー」と言う。(フェルメリア異界用語辞典より)




