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無いに等しい選択肢

「——まずは、はじめましてなのだ。わたしの名は、リチャードという。百を超えたあたりで数え忘れたから、年はよく分からないのだ」

 そう言ってぺこりと頭を下げた子供を、レンは凝視した。

 せいぜいレンの胸当たりのまでしかない体躯は、古風な衣装に包まれている。

 濃い目の茶色の髪は、健康的な艶があり、ふっくらした頬はもち肌だ。

 袖から覗く両手も、つるりとしていて、皺ひとつ見当たらない。

 けれど。

 レンが子供から受ける印象は、ちぐはぐだ。

 ——見た目は幼いのに、老いている。

 雰囲気が、とか、態度が、とかではなく。

 何よりも、その瞳に湛えるモノは、幼子のものではあり得なかった。

 初めからそうであったのではなく、擦り減り、積み重ね、醸成された末にあるような異質。

 レンもよく知る、哀しいイキモノそのままのあり方だった。

 遠い背中が子供と重なり、レンは知らず両手を握りしめる。

 黒猫が、硬質な輝きを宿す双眸を細める。

「貴様は、『何』だ」

「むう」

 黒猫から発せられた問いに、子供は悩むように唸った。

「真竜と言っても、何でも知っている訳ではないのだな」

「何でばれとんねんっ?!」

「紅姫——この地の地神に聞いたのだ」

 驚いたようなハムスターもどきの突っ込みに、子供はあっさり返した。

 子供の後ろでは、男をど突いていた青年が、呆気にとられた顔で黒猫とハムスターもどきをガン見していた。

 気持ちは分かる。

 レンも、初めて彼等の存在を知ったときは、えーっ、と思ったものだ。

 嘆かわしいことに、世の人間が持つ真竜への夢を、ぶち壊すこと甚だしい存在なのだから。

 尤も、現実など得てしてそんなものばかりだろうが。

「——わたしに関して言えば、神器に魅入られた人間のなれの果て、とでもいうべきだろうか」

 頭を捻った末の、子供の答えに黒猫がピクリと反応する。

「……神器に、存在を乗っ取られたか……」

 黒猫の低い声に、子供は首を振る。

「それは、わたしではないのだ。わたしは、その状態と人間のちょうど中間ぐらいにいるから、少しだけ違うのだ」

 淡々とした子供の口調には、摩耗した感情の残りかすが沈殿していた。

 そのことにレンの胸が疼くのは、子供に別の人間を投影しているせいだ。

 同情や憐みを覚えるには、レンは余りにも子供のことを知らなさすぎる。

「儂等に、何の用がある」

 黒猫の言葉には、偽りを赦さぬ重みがあった。

 もしも子供が黒猫を欺こうとすれば、黒猫は容赦なく子供を叩き潰すだろう。

 そう言う意味では、彼等は鏡に似ている。

 誠意には誠意を。反対に、悪意には悪意を。

 相対する者の行動を、そのまま相手に返すので。

「別に真竜なんかに用はないのだ。生ける災厄にうろちょろされても平気なほど、わたしも紅姫も肝が太くないのだ」

 子供は、疲れた様に答えた。

 用があるどころか、むしろ、何で来たのかと声を大にして言いたい。子供や地神にとって、真竜なんぞ、うっかりつつけば大惨事になる爆弾と大差ない。正直、いつ爆発するかわからない爆弾が身近にいる波乱万丈すぎる人生は、御免こうむる。

 黒猫の尾が、苛立たしげに地面に打ち付けられた。

「ならば、行かせろ」

「——わたし達は真竜には用はないけれど、当代の王鞘が執着した女性に去られると困るのだ」

 憐みが籠った子供の目は、レンに向けられている。

 ——と言うか、執着?

「……王鞘は、神器に魅入られた人間を討つ為の存在だから、戦闘能力に特化しすぎて、他の部分に弊害が現れるのだ……」

 子供は、もじもじと両手をこねくり回しながら、あらぬ方向に目を向けた。

「……普通は、王鞘が主君以外の人間に関心を持つことはそんなにないのだ」

 子供は、苦虫を噛み潰したような顔で、続ける。

「ただ、一度執着し出すと、粘着力が物凄いのだ。——はっきり言わせてもらえば、これから貴女が何処か行こうとしても、そこの男は絶対に追いかけてくるのだ。だから、我らとしては、貴女がここにいてくれた方が、そこの男から貴女を保護するのに都合がいいのだ」

 赤銅色の男を指差しての子供の言葉は、まさかのストーカー宣言だった。

 国外へ行くとしても、この国に残るとしても、もれなく変な男がくっついて来る時点で違いが無いに等しい。

「……あの、そのうち飽きたりは……」

「そう簡単に飽きてくれたら、拉致監禁は発生しないのだ」

「それ、駄目やんっ?!!!! フツーにヤンデレやんけっ!!」

 真顔の子供に、イファルドが突っ込んだ。

 子供は、しまった、と言う顔をする。

「だ、大丈夫なのだ。拉致監禁はロイドじゃなくて親戚の人間の話だったし、未遂だったのだ。あの時はぼこぼこにすれば、矯正できたのだ。ロイドだって、思春期を拗らせているだけだから、せんの――教育次第で何とかなるかもしれないのだ」

 あまり大丈夫に聞こえない。

「この子、今洗脳って言いかけおった――――――――っ!!!」

 イファルドが悲鳴を上げた。レンだって悲鳴を上げたい。安心できる要素は一体どこだ。

「こ、こちらとしては、災害に遭ったと割り切って、前向きに検討してもらえると、有難いのだ」

 ヤンデレは災害扱いらしい。ただの災害のように、一過性でないのが泣けてくる。

「……ジルバに引き続きヤンデ、げふっ、……変なのキャッチなんて、レンちゃんの、レンちゃんの男運って……」

 そう言いながら、イファルドがどこからか取り出した白いハンカチに顔を埋めた。

 実際男運は悪いのだろうと、レンは思う。

 立て続けに(物理的に)自分を食おうとする男に引っかかってしまっては、彼女の男運が良いなんて口が裂けても言えないではないか。


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