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それはありません(6)

 ぶらんぶらんと揺れている子供と、子供が掲げている本を凝視している男。

 対峙した両者の間に流れる緊張感は、男が動いたことにより霧散した。

 男は、神妙な態度で子供から本を受け取り、そのままレンの方へ体を向けて。

「いきなりお触りは、厳禁なのだ……」

 再び、見えない何かにぶつかった。

「おれの」

「まずは現実の距離じゃなくて、心の距離を縮めるのが第一なのだ!」

 これでは、男に恋愛指南書を手渡した意味が無い。

 男は、子供の突っ込みを受けても、諦める様子もなく、己とレンを隔てる不可視の壁を引っ掻く。

「前途多難なのだ……」

 子供は、聞き分けのない男を見ながら溜息を吐いた。その背には、幼さに似合わない哀愁が漂っている。

 と。


 槍の石突が男の頭部にのめり込む、鈍い音がした。

「ロイド……」

 男の主君の低い声が、不気味に響く。

「???? 我が君、俺はなにも壊していないぞ?」

 そう何度も頭をど突かれては、いくら頭部が硬い頭蓋骨に覆われていても、最悪生命に係わる。しかしながら、男はけろりとして、獣の様に首を傾げるばかりだ。

 徐に青年王は臣下の胸倉を掴むと、力いっぱい揺さぶり出した。

「——ついに食あたりしたか、馬鹿野郎っ! おかしなものばかり食べるからだ! ぺっしろっ! ぺっ!!!!」

「……別に、変なものを食べて、変になった訳ではないのだ……」

 ——しいて言うなら、極振りの反動だろうか?

 不審物を口にした飼い犬に物を吐き出させる飼い主のような、主君の行動。子供はそれを見て、実に微妙な顔をしながら、ぶらんぶらんと揺れている。筋力と戦闘技能の高さが底辺を彷徨(さまよ)う子供は、力ずくの仲裁は向いていなかったのだ。

「——レンちゃーんっ! だいじぶべっ」

 男とは別方向から突進してきたハムスターもどきが、不可視の壁に激突した。子供の展開した壁に見事に張り付いたハムスターもどきは、立派な変顔を晒している。

「……悪かったのだ……」

 口ではそう言いながら、子供は、ハムスターもどきに残念なものを見る目を向けた。

 不意にハムスターもどきを支えていた見えない壁が消え、ハムスターもどきはそのままぱったりと倒れてしまった。

「……イファ、大丈夫?」

 レンは、恐る恐る地面に転がるイファルドをつついた。

「レンちゃん、ウチ、ここの人達と相性悪いねん……」

 そう言うと、イファルドは、肥満気味の体型に似合わぬ素早さで動き、レンに抱き付く。強烈な気配の方向を見れば、レンの目の前の男が、獲物を見る目でイファルドを凝視していた。

「めし」

「ウチ、赤銅色のひと苦手やっ!」

「だからって、私の服の下に隠れようとするのはやめてっ!!」

 男の目から逃れようと服の下に潜り込むイファルドに、レンは抗議の声を上げる。この前に、男に身体をまさぐられたせいもあり、今現在のレンの状態は中々際どいことになっている。

 この場にいる雄の人族四名のうち、三名はさり気なくレンから目を逸らしたが、残り一名は邪魔な壁をひたすら引っ掻いていた。

「あばんっ」

 突然、普通の生き物なら致命的であろう音と共に、丸みを帯びた体躯がレンの衣服の下から叩き出される。

「……お、おじいちゃん、あり、がと……」

 荒い息を整えながら、レンはいつの間にか傍にいた黒猫に礼を言った。毛艶のない黒猫の尾が、パタリと地面を叩く。レンの体から伸びる影が膨れ上がった、と思うと、次の瞬間、レンの体には彼女の外套が掛けられていた。

 顔を真っ赤にするレンと、気まずげに明後日の方を見る三名。

 ……イファルドは地面に転がったままであり、男は少々不満げにレンを見ている。

 黒猫の、黒曜石に似た硬質な輝きを宿す瞳が、子供に向けられる。

「なぜ儂の邪魔をする」

 齢を重ねた老人のような、しわがれた低い声が、黒猫から発せられた。

「邪魔をしたのは悪かったのだ。でも、わたし達はあなた方に逃げられると困るのだ」

 そう言った子供は、自分の首根っこを掴んでいる男性に目配せをした。男性が手を放すと、子供は勢い余ってべちょりと地面に倒れ込む。

「むぶ」

「大丈夫?」

 レンが、起き上がろうとする子供に手を貸すと、男が壁を引っ掻く速度が増した。

「ありがとうなのだ」

 立ち上がった子供は、レンにぺこりと頭を下げる。

 レンの表情が微かに和らいだのは、子供の仕草に異母弟を思い出したせいだ。

 彼女は異母弟とは年が離れていたので、虚弱体質の異母弟の面倒をよく見ていた。

 鈍い打撃音。

 音がした方を見ると、男の頭に再び主君の槍の石突が突き刺さっていた。

 ——赤銅色の髪の人は、実は、定期的に頭をど突かないと本格的にオカシクなるのだろうか?

 そんなアホな考えが、レンの頭に過る。

「——まずは、はじめましてなのだ。わたしの名は、リチャードという。百を超えたあたりで数え忘れたから、年はよく分からないのだ」

 そう言って、どう見ても十歳前後程にしか見えない子供は、お辞儀をした。


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