腹減り男は食事中
腹が減った。
意識がある時に常に付き合うこととなる、不快感。
底なし沼のような深く深く深い飢えは、男にすら制御しかねる代物だ。
食べても食べても、無くなることのない渇望に苛立ちを感じるが、どうしようもない。
……しかしながら、腹が減った。
一瞬で消える儚い充足感を得るために、男は山盛りを通り越して特盛な大皿に手を伸ばす。
「……まだ食べる気か……」
そんな主君の呟きが聞こえたが、腹が減って仕方がないのだ。
つまんだ赤い実を口に放り込む。
舌の上に刺激が弾けたものの、空腹が和らぐ気配はなかった。
ああ、腹が減った。
***
相変わらずよく食べる。
呆れ顔の彼の目の前で、彼の臣下は、目を疑うような勢いで特盛だった大皿を征服しているところだった。
ちなみに、盛られていたのは、一つまみの十分の一の量ですら悶絶必至の赤い悪魔だ。そんなものを、男は顔色一つ変えずにもりもり食べている。
一応、彼の臣下の味覚はきちんと機能しているようだが、どうにも許容範囲が広すぎるらしい。
チラリと宴の主催者を横目で伺うと、顔面が蒼白になっていた。
それはそうだろう。
彼の臣下の食欲と悪食ぶりが、相手の予想を遥かに上回っていたのだから。このままの勢いで食べ続けたなら、男は旧特盛の大皿どころか、会場中の皿を空にする。
だから、今の相手の有様に納得はするが、特に同情はしない。
数回に渡る彼の警告を退けたのは、相手の方だ。
——今回もぼろ儲けだな。
元より八百長同然の賭け事に何食わぬ顔で参加し、掛け金をかっさらう気満々だった彼は、かなりいい性格をしている。
……蛇足であるが、その性格は、形成される過程で、彼の臣下が一役どころでなくかっていた。
「——貴殿らも変わらぬの、槍王よ」
若いようでも年経たようでもある女の声に、彼は目を向けた。
彼の視線の先に立っていたのは、一人の女。
艶やかな黒髪に、光加減で金にも見える琥珀の瞳。
ゆったりとした衣装から覗く肢体は、酷く扇情的だ。
彼が生まれる前から、年齢不詳の美貌を維持し続けている女は、高名な先見であった。
先見、というのは人が稀に持つ異能の一つだ。無数に分岐する可能性の片鱗を垣間見る能力である。神から下されるという予言とは異なり、垣間見た先が実現するかどうか不確定ではあるものの、人によっては遥かに細やかな情報を得られる。——故に、力のある先見は、未来を操り得る者として畏怖されることもある。
女もそれに該当するほどの力を有しており、常に危険にさらされていると言ってよい。
つい先日、彼ら主従は襲撃を受けていた女に遭遇し、曲者達を退けていた。
「金策が上手くいっているようで、重畳よな」
含みを持たせた笑みを向けられ、彼は女から目を逸らした。
——金が必要なのだ。切実に。
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