5話 紅茶の横で答えは嗤う
Twitter上の創作企画「空想の街」(企画設定のwiki→http://www4.atwiki.jp/fancytwon)に参加した作品を加筆修正したものです。
作中に企画の設定に準拠した表現があります。
一部、企画の他参加者さんとのコラボがあります。ご了承ください。
「ブックカフェ黒猫」肇(@likeanalleycat)さん
「デコ少年と平凡少女」さく(@miriasaku)さん
「空想の街」のまとめはこちら↓
ttp://togetter.com/id/keitoura1123
仕立屋の看板の傍で、少々手持無沙汰になりながらリュカを待つ。移動距離を考えてもリュカの方が先に着いているだろうと思ったのだが、彼女の姿はそこにはなかった。春風が頬を撫でる。今から数少ない僕とリュカの友人を訪ねるつもりだった。ちなみに付け加えると、少ないのは共通の友人ではなく、僕の友人の数である。
遠くに芽衣ちゃんの姿が見えて、私は走る速度を緩めた。走ったせいか少し喉が痛む。
可愛いデザインの看板の下でふわふわと風に髪をなびかせる芽衣ちゃんはとても綺麗で、それだけでなんだか気持ちが落ち着いてくるような。私って芽衣ちゃんのこと好きすぎるんじゃない?なんて言ってみたりして。切れる息を整えて口を開いた。
「芽衣ちゃん!」
俯いていた芽衣ちゃんが顔を上げる。
「そんなに急いでどうしたんだ」
面食らったように芽衣ちゃんは私を見た。
「別に、なんでも、ないよ」
「息が切れるまで走っておいて何でもない、かい?そんなに急がなくても北島ならどうせ工房にいるさ」
あそこから出るってことを知らないだから、と芽衣ちゃんが続けてぼやく。
「北島と遥は知り合いだったんだろ?」
「うん。男同士でなんか盛り上がってたなー」
「あんまり想像したくないがね」
歩きながら鼻に皺を寄せて芽衣ちゃんは呟いた。本当は仲が良い癖に、芽衣ちゃんは偶に北島くんを嫌がる素振りをする。素直じゃないなあ!なんて言ったら多分怒るけど。
中央区から今度は西区の方へ進む。さっきまで喫茶店や小物店ばかりだったのに、少し通りを入るだけで急に工房ばかりになるからこの街は本当に不思議だ。
高校を中退して細工師をしている北島くんの工房は、とにかくすごい。小さな家を改造したそこは一見普通の家に見えなくもないのに、玄関を一歩入ればその印象は一気に裏切られる。
軽くインタホンを鳴らすけど案の定返事はなくて、そのまま中へ入る。ごてごてした材料や加工機材や図面やら。まるで東欧の魔女の家みたいな。
「相変わらず汚いねぇ。掃除してるのかな」
「生活能力のある北島なんて北島じゃないさ」
ほら、また憎まれ口を言うんだから。
北島勇樹:二人の高校時代からの友人。教師である両親に反発し、高校を中退して細工師に弟子入りした。今は独り立ちして小物細工を作っている。灰色の長髪に長身。目つきが悪い。口も悪いし態度も悪い。もっとも身内に対しては意外と優しい。
「北島!いないのか!」
「北島くーん」
積み上げられたがらくたの中で声を張り上げると、一際大きい固まりの向こうから怒鳴り声が返ってきた。
「うるせーなあ!なんだよ!」
「こっちだな」
顔色一つ変えずに棚の間を進む芽衣ちゃんに続く。流石に4年も聞いていれば北島くんの怒鳴り声にも慣れてくる。結構素直だから、本気で怒ってるかどうかはすぐ分かるしね。
うず高く積まれた物達に埋もれるようにして、大きな作業台に北島くんは座っていた。
「やあ」
「やっほー」
「なんだよお前ら」
振り向いて北島くんはうんざりしたような表情になった・・・って!作業台の上!ひやりと何かが鳩尾を掠める。
「なんで私の時計弄ってるのよう!」
「ああ?」
慌てて駆け寄って台の上の時計をひったくった。高校の卒業(彼は中退だけど)祝いにと、私が初めて一人で一から作って友達に配った時計だ。そりゃ宝物みたいに扱われてるとは思っていなかったけれど、まさか細工をするつもりだったなんて!
ぐ、と睨む私の腕の中を芽衣ちゃんが横から覗き込む。
「リュカの時計じゃないか。これに細工するつもりだったのかい?」
「ひどいひどいひどい!職人なら自分の作品への思い入れ分かるでしょ!」
「ああくそ、見つからないようにやるつもりだったのに」
私の声に北島くんは手を当ててうめいてみせた。確信犯じゃない。くそう。こっちは未だに胸がどきどきしてるのに。半分以上本気で彼を睨んだ。
「止めてよね」
「バレたからもうやんねーよ」
がしがし、と頭を掻いて北島くんは私の手から時計を取り上げた。棚の上へ戻す。
「細工しようと思ったわけじゃねえ。秒針が煩いんだよ」
「私普通に作ったよ。北島くんが気にし過ぎなだけ」
「僕ももらったがもう慣れたぜ。見かけによらず繊細なんだな」
「うるっせえな!もういいだろ、悪かったって」
で?何の用なんだ、と口をへの字にして、北島くんはどかりと腰を下ろした。
「そうだね、本題に入ろう」
芽衣ちゃんがふ、と真剣な表情になる。私も置かれた荷物を避けて適当な椅子に座る。
「遥という人物のことを覚えているかい」
芽衣ちゃん、直球でいくなあ。でも確かに、大事なことだとは思う。もし北島くんも遥のことを覚えていたら。
北島くんは私たちの真剣な様子に一瞬呆気にとられて、でもちゃんと答えてくれた。
「いや、知らねえ」
「何も?」
「おう」
「ふむ。じゃあ1か月前の記憶はどうだい?曖昧や空白があったりしないか」
「はああ?」
不可解と書かれたような顔で、それでもきちんと考えてくれる北島くんは、いつもながら見た目にそぐわずいいやつ。
「・・・ねえな。ちゃんと毎日起きてから寝るまで、何の作業して何の仕事したか思い出せるぜ」
「そっかー」
知らず知らずのうちに乗り出していた体を戻して、息を吐いた。残念というか、なんだか複雑な気分。
「一体なんだってんだ」
「何でもないさ」
顔を顰めた北島くんにひょいと芽衣ちゃんが肩をすくめたので、私は慌てて袖を引っ張った。
(芽衣ちゃん、北島くんに事情言わないの?)
(言ってどうするんだい。確かに手伝ってはくれるだろうが、話しは絶対大きくなるぜ。彼は物事を大きくする天才だからな)
うーん。それは確かに否定してあげられないんだけど。
「あんだよこそこそしやがって」
「なんでもないさ」
芽衣ちゃんは澄まして答えて、私はそれに少し膨れて芽衣ちゃんを見る。
「また何かあれば来るかもしれないからよろしく頼むぜ」
「頼むな。仕事中に来んな」
「じゃあ北島くんまたね」
「来んなっつってるだろ」
面倒くさそうに言う北島くんに手を振って、作業部屋を出る。
「おい」
背を向けかけて、なんだか唸るように不機嫌な北島くんの声に振り向いた。
「なんかあったら言えよ」
「相変わらずお優しいことで」
「芽衣ちゃん!」
憎まれ口を言う頭をぺし、とはたくと恨めしそうな目で見られた。なによう。悪いのは芽衣ちゃんだからね。
「お前はもう少し素直になれ馬鹿女」
「それこそ余計な世話というものだろう」
全く仲がいいんだからなあ。最後まで嫌味を言っていた二人に、ばたん、と閉じた扉と肩をすくめた。
今日はもう出来ることもないだろうということで、そのまま家へ帰ることにした。春の日差しの中、だらだらと帰り道を辿って喋るのは少し楽しい。
「そういえば昨日、オダの時計が壊れたから修理に来て欲しいと言っていたよ。君は知り合い全員に手作り時計を進呈したのか」
「せっかくの卒業記念だもん。みんなにあげたかったんだ。いいじゃない、オーダーメイド」
「リュカの知り合いなら相当な人数いたんじゃないのか。全くよくやるよ」
やれやれとか言う癖に、芽衣ちゃんの顔は笑っている。
「じゃあね」
「うん」
手を振るリュカの表情が待ち合わせの時より元気そうで、少し安心する。そのまま僕も家へと踵を返した。記憶がないという自覚の薄い僕よりも、記憶が曖昧なのを実感しているリュカの方がストレスが多くて当然だ。なんだかんだ言って僕は遥という人物がいたことを未だ思い出せないのだから。
なんとなくそのまま帰る気にはなれずに黒猫に寄ることにする。石畳を歩けば、フレアスカートが風にふわりと閃く。ここ数日はずっと晴天続きだ。晴れは好きだがずっと続くというのも頂けないな。りん、とベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」
ご主人に会釈をしていつもの席へ座った。
カモミールの注文を済ませて、壁一面に備え付けられた本棚を見るともなしに眺める。普段なら胸が躍る瞬間も、胸に残る不安のせいかいまいち楽しめない。
ふと、赤い古びた背表紙が目に止まった。
「藍童話、か」
滑らかな布製の本を本棚から抜き取る。昨日リュカに見せられた、遥の作った冊子を思い出してページをめくった。この童話研究書によると、どうやらこの童話は街の歴史をもとにしたものらしい。
あまり読まないジャンルだが、中々に面白くてつい読みふけってしまった。
時計姫の元になったのは、旅人に時計塔を壊された時の事件が元であるらしい。史実では過失であったとされているが、童話では魔女の呪いを解くために時計を壊して針を止めた、という脚色がされている。
三姉妹の魔法に関しては森の人、という解釈がされているとか。森の人が魔女だと恐れられていた伝承は、確かに街の住人には有名だろう。僕はオダから聞いたが、歴史の授業でも習うことだ。昔、心理学や催眠、暗示の方面の学問が確立される前は、森の人は魔女として、住人に畏怖されていた。森の人が心理学に明るい、というのはオダが言っていたことだし、「気分」「悪夢」「視界」を操る魔法が催眠であるというのも筋の通った仮説なのではないだろうか。
と、頭の片隅に何かがひっかかった。
時計塔で住民に魔法をかける魔女。魔女というは森の人の比喩で、森の人の使う魔法は。
次の瞬間、やっと来た紅茶の横をすり抜けて、机にお代を置いたまま僕は黒猫を走り出た。背後で狂ったような鈴の音が聞こえ、すぐに遠ざかって行く。
こんなに急いだことは今までの人生で一度もなかっただろう。マルケーの速度を呪い、必死に走り、ようやく僕は南区へたどり着いた。
話に聞いていた家へと辿り着く。表札は合っているし恐らくこの家で間違いないだろう。
昼間のリュカ同様、それ以上に息を切らしながら僕はインターホンを鳴らした。
「はい」
カメラに向かって微笑もうとしたものの、喉にからまった息で上手く顔を作れなかった。
「リュカの、友人、の、飯島芽衣、といい、ます」
ぴんぽーん。少女の家のチャイムが鳴る。
「誰だろう」
インターホンの画面には、女の人。どこかで見たことあるような。
「はい」
「リュカの、友人、の、飯島芽衣、といい、ます」
「あ、はい。……………って、ええ!?」
随分息が切れてるとか、リュカさんは一緒ではないとか、そんなことより。ばたばたと駆けて勢いよく玄関を開けた。
「飯島芽衣さんって、あの、あの、いやえっと、こんに、ちは!」
頭を下げて気付く。左右で違う靴を履いている。
ぱたた、と慌てて出て来たこの少女が”しぃちゃん”だろう。さら、としたショートカットと落ち着いたワンピース、気遣わしげな表情。なんとなく、人の好さそうなタイプに見えた。
「急におしかけて、申し訳ない。リュカから、いつも話は聞かせてもらってる。僕はリュカの友人の、飯島芽衣だ」
ぽかんとした彼女に息を整えながらなんとか笑みを浮かべてみせた。
「あの、えっと、飯島センパイ?さん?芽衣さん、て、はい、どうなさったんでしょうか…!」
(高校の入学説明会でお話なさってて、先生もよく話してる有名な…)
少女は何が何やら、といった様子でわたわたしていた。
「突然悪かったね。僕もしぃちゃんと呼んでしまっていいのかな、リュカから話を聞いているから初めて会った気がいないんだ。不快にさせたらごめんよ。ところで大事な話があって来たんだ、」
途切れかけた言葉を、無理やり繫げる。
「1か月前、休暇中のリュカを見たそうだね。リュカを見かけた場所を、覚えていないだろうか」
「いっいえ、あの、むしろ嬉しいで、す。憧れの方にそう呼んでいただけるなんて…」
ほんのり紅く、少女の頬が染まる。
「あ、リュカさんのことですよね!一ヶ月前……確か、この近所だったと思い、ます!」
頬を染めた少女に少し面食らう。・・・確か初対面だったと思うのだが。
「ありがとう」
苦笑して
「近所、か」
呟く。落ちる、呟きを目で追って。
「地下の階段に近い場所、かい?」
説明会の時、壇上で話している姿を思い出して、今目の前にいるのが夢のようだ、とぼんやりしそうになるのを首を振って食い止める。
「地下の階段…ですか?えと、それって…」
何処のことだろう。少女は首を捻った。
「いや知らないならいいんだ」
首を緩くふった。先ほどまでの焦燥感は既に霧散していた。代わりに押し寄せる疲労感。思わず膝をついてしまいそうな程のそれを無視して、困ったような表情の彼女に笑いかける。
「ぜひこのままお喋りに興じたいところだが、残念なことに大事な用事があるんだ。今度暇がある時に、しぃちゃん」
「あっ、はい、いつでもお待ちしていますです!!えと、お気をつけて!」
少女は勢いよく頭を下げる。………しまった。靴間違えたまんまだ。
「そうかしこまらないでくれよ。僕は君と”友人”になりたいんだ」
浮かぶ再びの苦笑は、ほとんど反射のようなもので。
「また今度よろしく」
動揺してるらしい少女を安心させたくて、最後にもう一度笑いかけて踵を返した。
憧れや尊敬は理解から一番遠い感情だ。きらきらした瞳、称賛の声。誰かの中で偶像化された“飯島芽衣”は、理解されないまま光り輝いている。
僕は幼い頃から周囲の尊敬を当たり前のような顔で受け取ってきた。そして同時に当たり前のように理解と共感を失ってきた。すごい、という声に、僕と周囲の世界はいつも阻まれていた。
僕と世界を引きあわせたのは、遠い世界に理解のとっかかりを作ってくれるのは、いつだって明るい目をしたリュカだった。
だから、だから。僕は。
名探偵に衝撃走る。本格風に言うならば「必要な材料はすべて揃っています」でしょうか。加筆・修正で意識して分かりやすくしたので、少しヒント出しすぎな気もします。